第2話

 現場に到着すると手袋をはめて暗闇の中、死体を探す。

 血まみれのそれを見つけると、人気がないことを確認し、カナとリョウは死体を運んだ。

 男の顔は血で赤く染まり、額には小さな穴が開いている。銃で撃たれたようだ。動かなくなった死体は重く、二人で運ぶのも一苦労である。


「いつか絶対、幽霊に怯えて暮らす日がくると思うんです」

「何故です?」

「だって死体を運んでるんですよ。絶対恨まれてますよ」

「殺したのは我々ではありません。恨まれる筋合いはないでしょう」

「だってこの死体、土に埋めるわけでもないし、組織のために使われて終わりですよ。そんなことをするために私たちは運んでるわけですから、恨まれて当然です」

「僕たちのような下っ端には、死体がどう使われるかなんて分からないわけですから、恨まれることはありませんよ」


 どう使われるか分からない、と言うがリョウは知っているのではとカナはこっそり思っている。本人は自らを下っ端と言っているが、どこからどう見てもリョウはできる男だ。出世街道をすたすた歩いているような感じがある。回収班の出世と言っても、幹部になるくらいだが、回収班の幹部は一人。何人もなれるわけではない。

 この職は出世がない。昇進もない。あるとすれば幹部の席一つのみだがその席は今埋まっている。幹部以外は全員平社員であり、平等だ。先輩後輩はあれど、幹部を除くと上司部下の関係にない。カナがこの職を「死ぬ程嫌だ」と思わない理由の一つがこれだ。ハングリー精神の欠片もないカナはずっと平社員でいられるので、毛嫌いしていない。

 袋に詰めた死体はトランクに乗せ、合わせて二つの死体と一緒にラボを目指した。

 手際の良いリョウは運転も上手く、カナは安心して全身を預けられる。


「そういえば、先輩はどうしてこの職に就いたんですか?」


 組織の人間であれば、誰もが気になることだと思う。

 何故その職に就いたのか。犯罪組織で働く理由に興味がある。


「特別な理由はありません」

「本当ですかー?」

「一般企業が向いていなかった、とも言えます」

「えっ、先輩が?」

「なんですか、その意外そうな顔は」

「だってー、意外ですよ!先輩、仕事めっちゃできるじゃないですか。どこの会社でも絶対出世できますよ!」


 本音だった。

 若くして良い役職に就きそうだと思う。

 話し方や雰囲気、仕事ぶり、どれをとっても優秀な人間のそれだ。

 きっと学生時代は学年で一番頭が良かったに違いない。模試も全国一位とか、そんなところだろう。


「簡単な仕事をしたかったんです」

「簡単な?」

「はい。うちの募集要項は御覧になりましたか?」

「もちろんです。ゴミ収集って書いてあったのに、騙されましたよ」

「ゴミ収集って、簡単そうでしょう。何も考えずにできそうだと思って受けました」


 意外だった。

 頭の良さそうなリョウが、何も考えなくていいから就職したと。

 しかも、ゴミ収集だと分かっていて選んだ。他に輝ける場所があるはずなのに、何故そんな選択をしたのか。それが表情に出ていたのか、リョウは続ける。


「僕だって人間なので、楽をしたいんです。難しいことを考えたり、他人に合わせたりするのは苦手なので」

「へえ、先輩ってコミュ障だったんですか?」

「コミュ…そういうわけではないですが、好きではないですね」


 リョウのコミュニケーション能力は低いわけではないので、好きではないというのが本音なのだろう。

 確かに、潔癖だなと思うことがないわけではない。人と関わることが好きではないのは、なんとなく分かる。

 美形なのに勿体ないなと思う反面、人と関わることが好きなら色んな女からアプローチされるので今のままでいいなとも思う。

 ライバルが減るのはいいことだ。

 回収班は男女比のバランスがとれている。リョウを見る女たちの顔は、恋する乙女だ。初めて他の回収係と仕事をしたその一回だけで理解した。あ、やっぱり狙われているんだ、と。その視線からリョウを守るように壁になった自分の判断は正しかった。


「はぁ、先輩は罪な男ですよね」

「なんですか、急に」

「その美貌で今まで何人もの女性を落としてきたんですか?」

「僕はどう返したらいいんですか」

「本当のことを言ってください!実は今まで、かなりモテてきたでしょう!?」


 女は色恋が好きだな、とカナの顔を見て思う。

 ここで謙虚に「そんなことありませんよ」と言ってもいいが、その場合はカナの中での自分の好感度が上がりそうだ。これ以上好感度を上げる必要はない。


「そうですね、何せこの顔ですから」

「でしょうね!っていうかそのナルシスト発言ぐっときました!良い!」


 きゃあきゃあ騒ぐカナの反応を見て、失敗したなと溜息を吐く。

 こんなに煩い新人と二人三脚でこれからも仕事をしなければならない。

 初日こそ死体を触ることに躊躇し、犯罪組織で働くことに罪悪感を抱えていたように見えたが、一か月経つとこうも適応するものなのか。自分の時はどうだったかと思い返し、人の事は言えないなと失笑する。

 犯罪組織で働いている自覚がないのか、まるで女子高生のようにはしゃぎながら助手席でくねくねと身体を動かす新人を視界に入れ、これと今後も一緒にいるのかと思い気が遠くなった。


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