職業は、死体の回収係です
円寺える
第1話
カナが転職をして、一か月が経過した。
転職理由はただ一つ。デスクワークが苦手だったから。何の資格も持っていないカナは高校を卒業後、小さな会社の事務職に応募した。だが、いざやってみると座ってばかりのデスクワークが苦手であることに気付いた。学生時代のアルバイトは立ち仕事であったため、座ったままの時間が長い事務仕事はカナにとって苦でしかなかった。
転職を考えていたところ、偶然見かけた求人広告。
仕事内容はゴミ収集とあった。デスクワークと同じように、座る時間の方が長いのではと思いながら読み進めるとどうやら肉体労働らしいことが分かった。少なくとも今よりは座っている時間が少なそうだ。給料は今よりも少し高い。すぐに応募し、採用された。
そう、ゴミ収集と書いてあったから応募したのだ。
住宅地の傍にあるゴミ捨て場からゴミの袋を掴んでゴミ収集車に放り投げる。そして、ゴミ処理場に行き、ゴミを降ろす。こういう流れを想像していた。
「カナさん、足をしっかり持ってください」
「はーい」
「死体を傷つけないよう、注意してください」
「はい!」
ゴミ収集ではなく、死体収集の仕事であった。
あの募集内容が「死体」を「ゴミ」に変換されたものだと気づいたのは、就職して初日に「あなたの仕事は、死体を回収することです」と人事に言われたことにより発覚した。
この世に生を受けて二十三年が経過したが、人生最大の過ちだと言える。
胡散臭い笑みを浮かべて言い放った人事の者に、勇気を出して「募集内容にゴミ収集とありましたが…?」と訊ねてみたところ「あれは嘘です」と笑顔で言われ、絶望した。そして驚くことに、その死体は転職先の人間が殺したものだった。
なんと就職先は、犯罪組織であった。
そして今、現場で先輩にあたる男と必死に死体を袋に詰めて、車に乗せている。
真夜中の出来事である。
「一体を一人で運ぶには力が足りませんから、必ず二人以上で運びます。これは規則ですので、守ってください」
「はーい」
先輩のリョウが運転をし、カナは助手席に座って教えを受けていた。
本日、一人でも運べるのではと過信し、実行してみたところ失敗に終わった。その様子を目敏く気付いたリョウが、カナにぐちぐちと規則を教え込む。
死体の回収は二人一組になって行う。カナのパートナーはリョウだった。
「死体に傷はつけず、ラボに持ち帰らなければならないからです」
「はい」
何度も聞いたので、回収の流れは理解している。
主に暗殺班の者が殺した人間を、回収班であるカナたちが回収し、ラボに持ち帰って死体の情報を入力、保管する。
死体を回収する理由として、臓器で何かをつくったり、組織が飼っている獰猛な生物の餌にしたり、様々である。と、噂で聞いた。保管までがカナの仕事なので、その先のことは知らない。
そんな恐ろしい組織に就職してしまい、どうなることかと思ったが、一か月で適応してしまった。
自分で自分が恐ろしくなる。なんという適応力。
「それにしても、一か月でここまで慣れるとは予想外です」
「そ、そうですか!?いやー、先輩に褒められると嬉しいです」
でへへ、と照れてしまう。
「今日は次の一件が終われば帰りましょう」
「はーい。じゃあ、今日のデートはあと少しってことですね」
「仕事です」
「ずっと二人きりなんですからデートですよ。デート」
「仕事です」
照れちゃって、とにんまり笑うカナを白い目で見ながらリョウはため息を吐いた。
その吐いた息を吸い込もうと、カナは大きく深呼吸する。
カナはリョウを一目見た瞬間、恋に落ちた。何せ、超が付く程の美形だったのだ。吊り上がった切れ長の目が印象的で、その瞳がカナを映した時、脳内で大きな鐘の音がした。二人が結婚式を挙げる姿を、会って一分もしない内に想像してしまい鼻血を出したのは記憶に新しい。
助手席からじっとリョウの横顔を見つめる。整った顔はどこから見ても綺麗で、カナは一生でも見ていられると感嘆する。
「なんですか?」
「今日も美しいです、先輩」
「それはどうも」
「顎のラインが素晴らしいです。しゅっとなっているそのライン、最高です。鼻も高くて綺麗で、睫毛は長いしぱっちり二重も素敵」
「視線が鬱陶しいので、前を向いてください」
「私から先輩を取り上げるんですか!?」
「前を向いてください」
「そんなに照れなくてもいいのに」
「カナさん」
「呼び捨てでいいですよ、先輩」
「前を向けと言っています」
「荒っぽい先輩も素敵です!」
何を言っても跳ねのけるカナに、もう話しかけまいと決め、リョウは次の現場まで一言も発しなかった。
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