第49話 合宿最終日

2日目の朝

8時の朝食の後、選手達は軽いジョギングに出かけた。

その間にマネージャー達は洗濯物を取り込む。

書いてある名前を頼りに、学年別に選別して洗濯カゴに入れ、廊下に放置した。

各々ピックアップして部屋に持って入ってくれるらしい。


それが済むとマネージャーは体育館に向かい、練習の準備をする。

今日明日の二日間、大邱テグ市の体大バスケ部が練習試合に来るそうだ。

二日とも、朝から夕方まで試合の繰り返しらしい。

私にとっても、良い練習の場になるだろう。





大邱市の学生達は雰囲気が明るく、溌剌はつらつとしている。

ソウル体育大学の選手達とは顔見知りの様で、再会を喜び合う姿が見られた。

ユンも和かに、選手達と挨拶をしている。


再会を喜ぶのも束の間、選手達はチームに分かれて試合の準備に入った。

私もいつもの様にビデオカメラを取り出し準備をした。



試合はソウル体育大学が優勢で、余裕すら見えた。

そのおかげか、選手の動きも激しくなく画面の中に選手を収める事が出来た。

私は全ての試合をカメラに納め、コツが掴めてきた様な手応えを感じる事が出来た。



今日は走ったりしながら、選手たちを夢中で追いかけ撮影をしたせいか、お腹が凄く空いている。

銭湯でお風呂に入っている時も、お腹がグーグーと鳴っていた。

3人の女子マネージャーも、選手達のお世話をする為に走り回っていて、お腹が空いている様だ。

4人でお腹を鳴らしながら笑った。

私にとってこの瞬間も、愛おしい程に幸せな時間だった。

きっと、一生忘れられない思い出になるだろう。



食堂に向かうと選手達の夕食が始まっていて、女子4人は慌ててボランティアのお母さん達に駆け寄った。



「ご飯!残ってますか!?」


チェリンが尋ねると、目の前にいた3人のボランティアさん方が大きく笑った。



「大丈夫よぉ(笑)あなた達の分は確保してあるから(笑)」


『良かったぁ〜!』



4人の声がハモる。

その姿を見てまた、ボランティアさん達が笑ってくれた。



「あなた達だってお腹が空くわよねぇ。わかってるってぇ!(笑)」


「ありがとうございます!」



おかずやご飯を取り分けて貰いながら、チェリンが話を続けた。


「そう言えば、みなさんのお子さんはユン選手のファンでしたよね?」


「そう!さっき子ども達が来て、サイン貰っちゃったわよ(笑)」


「ユン選手が結婚したの知ってますか?」


「知ってるに決まってるじゃないの!(笑)だけど流石よねぇ。やっぱり普通じゃ無いわよ。学生結婚しちゃうなんてさぁ。他の選手とは違うなって思ってたもんね!」



うんうん、そうそう!

と、3人のお母さん達は、ユンに感心していた。



「結婚相手、この子なんですよ(笑)」


チェリンに不意に右肩に手を置かれて、紹介されてしまった。

リアクションに困り、引きつった笑顔で会釈をするしかなかった。



「えっ!?あなただったの!?カメラマンでしょ!?」


「はい。あの…、大学は違うんですけど、カメラマンとして同行してます。」


「へぇ。そうなんだ。可愛いしお二人お似合いだわ(笑)」


「うぇあ?(焦)ははっ。ありがとうございます(苦笑)」


「ユン選手は、結婚して雰囲気が変わったわね。お嫁さんが同行しているせいもあるのかしら(笑)」


「やっぱり!去年までとは全然雰囲気違いますよね!?(笑)」


チェリンが興奮気味に声を上げた。



「全然違うわよ。去年まではどこか、なんて言うの?影があるって言うか…暗いって言うのとはちょっと違うけど、まぁ、良く言えば落ち着いてるって感じ?それが今年はさぁ!華やかさみたいな物が出た気がするわ。彼は絶対プロになるわよ(笑)」


「え!?ホントですか!?」


思わず前のめりで聞いた。



「私、子どもが4人居てね。いま、4人目がこのミニバスケのチームに入ってるんだけど、このボランティアも15年目でね。分かるのよ。プロになるかならないか。ユン選手は、プロになるわよ。」


「ソウ体大だけじゃなくて違うチームも知ってるけど、だんだん分かる様になるわよね?」


「わかるわかる!あの子プロになるなって言ってたらなってるよね(笑)去年のキャプテンのシオン選手もプロになるって分かったし!」


ベテランボランティアさんのお墨付きを貰えて嬉しかった。

嬉しくてニヤニヤが止まらない。

チェリンはそんな私に気付いて笑ってくれた。



「さ、早く食べなさい!お代わりあるからね!(笑)」


『はい!』


私たち女子4人は、仲良く2回ずつお代わりして、選手達に笑われてしまった。




――――――――――――――――――――

3日目の日中は、昨日と同じスケジュールで時間が過ぎて行った。

私たちはまた、夜ご飯を沢山食べて選手達に笑われた。



今夜は合宿最後の夜という事もあり、宿泊施設の経営者夫婦の主催で、ボランティアさん達と一緒にレクリエーションが行われる。

手持ち花火や打ち上げ花火、スイカやかき氷など、夏の夜に楽しめる沢山の物を用意してくれていた。

マネージャー達は私に気を使ってくれているのか、一緒に過ごそうと誘っては来なかった。

だから私は開き直って、ユンと一緒に楽しむ事にした。

ユンはかき氷を2つ持って、この大きな公園の隅にあるベンチに誘ってくれた。



「イチゴな?」


「うん(笑)ユンくんのは?」


「イチゴ(笑)」


「やっぱりそうだよね(笑)」



ベンチに座り見渡すと、選手やマネージャー達は花火をしたり思い思いに過ごしている。

大きな笑い声や楽しむ声が、あちらこちらから聞こえる。

誰も、こちらを気にする人は居なかった。



「もう明日帰っちゃうのかぁ…。(苦笑)」


「楽しかっただろ?」


「うん。…来させてくれてありがとね。」


「俺は関係ないよ。アミが人たらしだから来れたんだよ(笑)」


「それ、ほんと好きだね(笑)」


「……。」



ユンが何か言いたそうに、視線を向けてくる。



「ん?」


「ううん。」



ユンは言葉を飲み込んでしまった。

誤魔化す様に、かき氷を食べている。

きっと、私の心ここに在らずの状態に気がついているんだろう。

家に帰ったらやろうと思っている事で頭がいっぱいになっていた。

ユンの立場で考えてみたら、酷い事をしているなと思う。

今は何も考えず、ユンとの時間に向き合おう。

ごめんねの笑顔を向けると、ユンは静かに笑ってくれた。





最終日の午前中はミーティングの後、お別れ会があった。

4年生選手は来年、ここに来ることはない。

人気のある4年選手の周りには、近所のミニバスケチームの子どもたちが群がっている。

ユンの周りにも沢山の子ども達がいて、話しかけるチャンスを伺っている。

その内の数人が私の所に駆け寄って来た。



「ユン選手と結婚した人ですか!?」


昨日話しをしたボランティアさん達の子どもだろうか。

小学校高学年くらいの男の子4人が、キラキラした興味深々の眼差しを向けて来る。

純真無垢な感じがして4人とも可愛い。


「うん。そう…だよ。」


「サインください!!」


「え?私!?(苦笑)私のなんか貰っても意味ないよ?(笑)」


「知らないの!?」


「ん?」


「選手のお嫁さんもテレビに出たりするんだよ?お姉さんも有名になるかもしれないから貰っとく!高い値段が付くかもしんないじゃん!?だからちょうだい!!」


純真無垢だと思った気持ちを返してくれ。

と、思いながらメモ帳に何となくの字で名前を書いた。



食堂で合宿最後の昼食を摂ったあと、私たちを乗せたバスはソウル体育大学に向け出発した。

私はチェリンと頭をくっつけ合いぐっすり眠り、ソウ体大に着くまで起きる事は無かった。


渋滞も無かった様で、ソウ体大には時間通りに到着した。

それなのに、ユンのお母さんはすでに迎えに来てくれていた。

お母さんは、ユンでは無く私に駆け寄り声を掛けてくれた。



「お帰りなさい。」


「ただいま(笑)」


「疲れたでしょ。早く帰りましょ。」




どうしてこんなに疲れているのだろう。

シャワーを浴びて早めの夕食を摂った後すぐに、ユンと一緒に朝まで眠った。

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