第48話 夫婦の会話
「あそこでバイトしてたの知ってんだ?へぇ?(笑)」
「チッ。」
ジヌはスホを睨むと、仲良くしている選手の所へ歩いて行った。
興味津々といった顔で私を見るスホに、何を話せば良いのか。
私はまた新たな問題に直面してしまった。
「どこから聞いてた?」
「いや?そんなでもないよ。大丈夫?」
「え?何で?」
「顔色悪いよ。」
「大丈夫だよ。」
「ジヌと知り合いだったの?」
「今まで気付かなかったの…。お店の常連さんだったのに…。」
「そうなんだ。辞めてなかったら、ヤバかっただろうね。」
「ん?」
「いや?(笑)」
「何?」
「そうゆう事だったんだなぁって(笑)」
「……。」
スホは、どこまで知ってしまったのだろう。
ユンに話すのだろうか。
口止めをするのも違う気がして、どうしようかと悩んでいると、監督が声を掛けた。
「よし!後半グループ!準備しろ!」
監督の声を聞いてスホは、スタート地点へ走って行った。
戻って来るユンの姿が見える。
先頭を走ったまま帰って来た。
ユンは肩で激しく息をしながら、マネージャーからお手製ドリンクを受け取り、私の方に歩いて来た。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「汗凄いね(苦笑)」
「はぁ、はぁ、森の、はぁ、中は、涼しいん、だけどね。はあ、はあ。」
「喋らなくて良いよ(笑)」
最後の選手が到着して、後半グループがスタートラインに立った。
「後半グループ!!よ〜い!スタート!」
私は後半グループには目もくれず、すぐ目の前に居るユンを見つめていた。
顔を上げてドリンクを飲む。
頭から流れる汗が、頬を流れる。
ゴクンゴクンと動く喉仏を伝って行く汗に
ゾクゾクした。
誰にどう思われても、私は今回ここに来られて良かったと、汗だくのユンを見て思った。
私はユンの、今にしかない姿を見ていたい。
私はユンの事になると、どこまでも自分本位でわがままになってしまう。
私はユンが側に居てくれさえすれば、世界を敵に回しても良いと思っている。
ユンもそう思ってくれていると思うだけで、無敵になれる。
「ユンくん。」
「ん?」
「カッコいいね…。」
「はぁ?(笑)」
「ふふっ(笑)」
「チッ(笑)」
「キャー!」
ユンは少し照れた顔をして笑うと、私を抱きしめ体をくっつけた。
顔や首がユンの汗でビショビショになって、悲鳴を上げてしまった。
「ちょっとぉー(笑)」
「嬉しいくせに(笑)」
「それは無い!(笑)」
2人で笑う。
なんて幸せなんだろう。
笑うユンを写真に撮った。
これは、私だけの宝物。
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後半グループが帰って来ると、また前半グループが走って行った。
入れ替わりで後半グループが走った後、今日の練習は終わった。
世界を敵に回しても良いと思いながらも、色々と考えてしまう。
敵は居ない方が良いに決まっている。
怒りの矛先が自分に向いているのは、居心地が悪いし。
私だけなら良いけど、ユンまで嫌われてしまったらチームワークに響いてしまうだろう。
大学生活最後の大会は、全て勝って終わって欲しい。
なんとか円満に気持ちを鎮めて貰うには…。
一つの案がふと頭に浮かび、私はウズウズした。
性格上、私は衝動を抑えられない。
合宿が終わったらすぐに、行動に移すことを決めた。
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練習が終わり入浴を済ませた後、離れの食堂で夕食を摂った。
選手達の食欲は凄まじく、大量にあったご飯はあっという間に無くなった。
食事の後、23時の消灯まで選手達は自由行動。
その間、マネージャーは8台ある洗濯機で、今日1日選手達が使ったタオルや練習着に下着まで、汗の染み込んだ全ての物を洗うそうだ。
洗濯を屋上で干したり、選手達の水筒を洗ったり…。
マネージャーの仕事は消灯まで続く。
私はもちろん、マネージャーの仕事を手伝った。
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水筒やヤカンなどを洗い終わり、最後の洗濯物を屋上に運び干していると、ユンがみんなに声を掛けた。
「こんなのしてくれてたんだなぁ。ありがとな。」
マネージャー達は顔を見合わせ少し困惑していた。
すると、チェリンが苦笑いを浮かべながら答えた。
「ど、どういたしまして(苦笑)ユンくんからそんな言葉が聞けるとは(笑)」
「アミが居なかったら、こういうの見ないままだったな。」
「選手にそう言って貰うのは嬉しいよ(笑)」
4年の男子マネージャーがそう言って笑うと、皆んなもうんうんと笑った。
ユンはマネージャーの手伝いをする私にくっつき、一連の流れを見て感謝を口にした。
ユンの中の優しい部分を、私以外の人に知って貰えて嬉しかった。
「てかさ、2人はどうやって付き合ったの?」
「それ聞きたいです!」
「ユンくん、結婚から程遠い人だと思ってたし(笑)」
「ホント!ホント!ユンくんが学生結婚するだなんて思ってもみなかったよ!(笑)」
「って事は、アミさんが凄い人だって事ですよね(笑)」
「撮影で来たとき彼氏居なかった?」
「略奪愛ってやつですか!?」
「めっちゃ聞きたいです!!(笑)」
マネージャー達が、知りたい知りたいと盛り上がっている。
ユンを見ると複雑な顔をしていた。
やはり体大でのユンは、女ったらしで通っているのだろう。
ユンのイメージを変えたい。
説明する事にした。
「ユンくんとは高2の時に同じクラスになってね。」
「同じ高校なんだ!?」
「そうなの。ずっと一緒に居て、告白してくれるの待ってたのに全然!してくれなくてさ。」
「え、意外なんですけど〜(笑)」
「ふふっ(笑)んで、なんもないまま卒業しちゃって、会う事も無くて。撮影の時に再会したんだ。あ、略奪じゃないよ?(笑)彼氏と別れてから、付き合う様になったの。別に面白くないでしょ?(苦笑)」
「案外、普通ですね(笑)」
「そう!(笑)フツーなんだよ(笑)」
「なーんだ(笑)」
「よし、終わったね。」
「お疲れ様!」
「お疲れ様です!」
「さ、部屋戻ろー。」
洗濯カゴを手に持ち、部屋に戻ろうとするマネージャー達にユンは声をかけた。
「消灯時間まで、アミとここに居る。」
「わかった。じゃ、アミちゃん戻る時、鍵お願いね。」
「うん。やっとく。」
・
・
マネージャー達が部屋に戻った後、私たちは屋上のベンチに腰掛け星を見上げた。
大小様々の星が瞬いている。
「星すごいね。」
「ソウルでは見れないよな。」
「北斗七星の中に、あんなに星があるから直ぐに見つけられなかった(笑)」
「うん(笑)」
星に見惚れていると、ユンが私の右手を握った。
星から目を移すと、ユンはこちらを見て微笑んでいた。
「お疲れ様。」
「ユンくんもね(笑)」
「うん。ふっ(笑)」
「どうしたの?(笑)」
「合宿にアミが来てるって変な感じがしてさ(笑)」
「あぁ(笑)もし、ずっと付き合ってたとしても参加できるものでは無いもんね…。藝大でカメラやってて良かった!(笑)」
ユンの顔から、笑顔が消えた。
胸にギュッと、痛みが走る。
「アミ…。」
「…ん?」
「卒業したら…どうするの?」
「就職の事?」
「うん。」
「ヒョヌ先生がね。」
「うん。」
「この業界は女性の就職が難しいのに、結婚なんかしたらもっと難しくなるぞって言うの(苦笑)」
「…うん。」
「でも、ごめんね。私、直ぐに家庭に入ろうとは思ってない。カメラを使って、お金を稼ぎたいと思ってる。」
「映画監督とか?」
「私ってね。映像で、人を騙してやろうっていうマジックみたいな物を持って無いんだって(笑)」
「マジック?(笑)」
「うん。だから、スポーツカメラマンを目指す事にしたの。ユンくんがプロの選手になって、私が試合を撮影出来たりしたら、最高だなぁって(笑)」
「それ、良いね(笑)俺も、家庭に入って欲しいとは思って無いよ。」
「うん…。」
「もし、やりたい事が出来て、それの出来る場所が遠い所でも…諦めないで欲しいんだ。」
「……。」
「俺たちの拠点が、もし違ってしまっても、やりたい事をやって欲しい。俺は、大丈夫だから。離れても、大丈夫だからさ。」
「……。」
悲しい訳では無いのに、涙が出そうになる。
でも、泣くのは違う気がして我慢した。
一言でも発したら泣いてしまいそうだ。
「もっと早くに言ってやりたかったのに。覚悟が決まらなくてさ(苦笑)俺の存在を、足枷みたいに思って欲しく無い。」
「そんな風に、思わないよ…。」
我慢の限界が来て、両目から大粒の涙がポロポロと溢れてしまった。
「なんで、泣くんだよ(苦笑)」
ユンは慌てて、私を抱きしめた。
余計に涙が溢れた。
「なんか、寂しい(泣)」
「家庭に入れって言った方が良かったの?(苦笑)」
「それは、やだ…。」
「なんだ、それ!(笑)」
ユンは私の体から離れて、顔を覗き込み笑った。
「女心は複雑なんだよ…(泣笑)」
「めんどくせー(笑)」
「じゃあ、ユンくんも…私に合わせたりしないでね。」
「わかった。でも、俺は…プロになれたらどこでも良いんだ。こだわりは無いから。だから…アミに合わせちゃうかもな(笑)」
「ユンくんは…、私とは離れられないもんね(泣笑)」
「そうだよ?(笑)」
「ふふっ(泣笑)」
「愛してるよ。」
「私も、愛してる。」
満天の星の下、洗濯物のそよぐ屋上でキスをした。
長い長いキスをしていると、私の両方の頬にポタポタと何かが落ちる感触がした。
離れて見てみると、ユンも泣いていた。
「ユンくん…(泣)」
ユンにまた抱きしめられた。
キツく抱きしめる腕にユンの想いを感じて、声を出して泣いた。
「アミ…?」
「うん…?」
「やっぱり、さっきの撤回して良い?」
「ダメだよ(泣笑)」
「ふっ(笑)」
体を離し、2人で泣きながら笑った。
「冗談だよ(笑)」
「うん。」
【消灯の時間です。自分の部屋に戻り就寝して下さい。】
館内放送が微かに聞こえる。
「戻ろ。」
「うん。」
ユンは2階まで降りてくれた。
別れる間際、またキスをした。
この先の、離れる可能性を思うだけで寂しかった。
ユンが階段を上がって行くのを見送った後
1人廊下で
静かに泣いた。
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