第47話 ジヌside:女性不信

「痛ーい!わぁぁん!」


「痛かったねぇ!?大丈夫?」


「アミねぇちゃん!血が出ちゃったぁ。うわぁん。」


「ウヌ!どうしたの!?」


「あぁ、ウヌくんのお母さん。いま、階段からコケちゃったんです。すぐに絆創膏持ってきますね。」


「私が目を離したばっかりに!すみません。」


「待ってて下さい!」



俺が高校の時からよく来てる最寄駅のレンタルDVD屋。

お笑いのDVDを借りる為にしょっちゅう来てる。

俺の唯一のストレス発散。




ソウル体育大学のバスケ部に入って思い知らされた。



――俺は、特別なんかじゃ無い。



ソウ体大にはライバルが山ほど居た。

お笑いのDVDを見てストレス発散する頻度が、大学に入ってから増えた。




「お待たせしました!ほら!?ポロロの絆創膏だよ!(笑)貼ってあげようね(笑)」



膝に絆創膏を貼ってあげて、にっこりと笑う女店員。

半年前から見る様になった。

こういう、あたかも私は優しいですよって感じの女嫌いなんだよな。

どうせ陰ではめんどくせーって、舌打ちしてんだろ。



俺は何年も前から、そう、いわゆる


――女性不信だ。





幼稚園の時からずっと大好きだった子が、高校1年の時に俺の親友と付き合う様になった。

親友もずっと、その好きな子も幼稚園から高校まで一緒。

親友に、好きな子の話しをしなかった俺が悪いんだ。

親友も大好きだったから、辛かったけど…でも良いやって…。

祝福したんだよ。

俺には打ち込めるバスケがある。

やればやるだけ身になって、チームの要になれた。

プロ選手になるには恋愛は邪魔だよ。

自分に言い聞かせた。


なのにさ、高2になってその子と同じクラスになって言われたんだ。




「ジヌくん。背めっちゃ伸びたよね?」


「うん。去年より10センチ伸びたかな(笑)」


「すご〜い!(笑)ジヌくんってさ、カッコいいよね。」


「え?」


「私と、付き合ってくれないかな?」


「アイツは?アイツはどうするの?」


「ジヌくんが付き合ってくれるなら別れるよ?」


「何それ?」


「ん?」


「最低だな…。俺、アイツと親友なんだよ?」


「知ってるよ?」


「なんで?何で、そんな事…、出来るの?」


「じゃあ、ダメ?なんだね。」


「そりゃそうでしょ。無理だよ。」


「わかった。あの人にはこの事、絶対に言わないでね。」




それから、その子は何も無かったかの様に親友と変わらず付き合ってた。


最低なクズ女だった。


だから、親友に話した。





「だからさ、別れた方が良いよ。お前ならもっと良い女居るって。」


「なんで?なんでなんだよ。」


「だよな?最低だよな!?」


「違う!お前だよ!」


「は!?」


「なんで、そんな話し聞かせるんだよ!自慢かよ!親友なら黙っとけよ!」


「何言ってんの?親友だからこそだろ!?俺じゃなくても、また違う男に」


「やめろ!!もう、何も言うな!」


「何でだよ。お前のことを思って」


「お前とは!」


「………。」


「考えが合わないみたいだな。もうやめようぜ。お前とは絶好だ。」





親友も、好きな人も失った。

良い子だと、可愛い子だと思ってたのに。

女は見た目じゃわかんねぇよ。

たぶん、皆んな似たり寄ったりだろ。


だけどお笑いは裏切らない。

劇場にも観に行ったりもしてる。

笑ってる時は全部忘れられるんだ。



あ、あと、この店にはちょっとした楽しみがあった。

店の掲示板で毎月1日に更新されて貼り出される、店員さんのおすすめ情報。

特に、『わたしのイチオシ!』を読むのが好きなんだ。


映画を3本紹介する『わたしのイチオシ!』は、映画を見ない俺にも分かりやすくて興味をそそられた。

何本が騙されたつもりで見てみたけど、どれも書かれた通りで面白かった。

悪い言葉を一切使わず的確で、プロのライターが書いてんだろな。

これを書いた人はきっと性格も良いんだ。

そんなのが滲み出ていて、読むとほっこりした。



「いらっしゃいませ(笑)それ、いつも読んでくれてますよね?(笑)」



ここの、30代後半くらいの顔馴染みの店長に、声を掛けられた。


「あぁ(笑)はい。特にわたしのイチオシが好きなんですよね。」


「わぁ(笑)本人に言ってあげて下さいよ。凄く喜ぶはずですよ。」


「え?居るんですか?」


「あの、あの子!いま、おばあさんを接客してる。」


「あぁ、あの?」



小さい男の子に絆創膏を貼ってあげてた奴だった。

アイツがこれを?



「いま、あのおばあさんに『恋愛モノで泣きたいのよね。』なんて言われてね(笑)一緒に探してあげてるんです。彼女を雇って良かったですよ。彼女目当てのお客さんは老若男女を問わず沢山居るんですよ(笑)」


そう言って店長は2階にあがって行った。


俺はおばあさんに接客するそいつにそっと近寄って、映画を選ぶフリをして聞き耳を立てた。



「あるじゃないですか。どうしても上手く行かない時って。お互い好きでも叶わない恋ってあったりしませんか?これはそんな切なさがちゃんと描写されてて、でも納得出来きるし、最後は上手く収まって幸せな気分になれますよ。」


「なぁに?経験でもあるの?」


「そんなぁ。ありませんよ?(笑)」


「そ?そんな感じがしたわよ?(笑)じゃあ、これに決めた。これ借りてみるわ。」


「ありがとうございます。では、カウンターへどうぞ(笑)」



手元には10本近くのDVDがあったのに、そのばあさんは1本だけ借りた。

1本ずつ売り場に返すそいつに声を掛けてみたんだ。




「あのう。」


「はい!」


「あの掲示板、わたしのイチオシ。あなたが書いたって聞いて。」


「はい!私が書いてます!(笑)あ、何かありましたか?」


「あ、いや。あれ、読むの好きです。俺。」


「えぇ!?(笑)嬉しいです!ありがとうございます!」


満面の笑みで、深々と頭を下げた。

なんか、可愛くて笑ってしまった。

それに答えるかの様に、また笑ってくれた。



「それ、手元の。」


「あぁ、これが何か?」


「それだけ紹介したのに、1本だけだったね(笑)」


「あぁ。え?どうゆう意味ですか?」


「え?いや、自分から聞いたなら全部借りてけよってさ。売り場に返す事もしてくんないし(苦笑)」


「あぁ。気にした事無かったです(笑)」


「え?そうなの?」


「これが仕事ですからね(笑)1本でも借りてくれただけで、紹介して良かったって思ってますよ(笑)」



俺は、その時、

その笑顔に希望の光を見たんだ。




――――――――――――――――――――

その子はキム・アミといって同じ年だった。

週3回か4回シフトに入ってるっぽい。

大学生だと言ってた。

俺も大学生だと言ってある。

あまり詮索はせず、自分の話もしない様にしてた。

深く知って幻滅したくなかったし。

それに、彼氏がいるらしい。

何回か迎えに来てるのを見たことがある。

2人の世界って雰囲気が微笑ましくて

俺には関係無いと思っていた。


なのに、


彼氏の顔を真っ直ぐ見つめて笑う眼差しが、

羨ましいと思ってしまった。

言葉を交わす様になって、1年が過ぎた頃告白した。

きちんと断ってくれて、少し嬉しかったんだ。

世の女たちは、クズしかいないと思ってた俺に、そうじゃないって教えてくれた。


なのに、


なのに、お前もやっぱりそんな女だったのか?


彼氏と一緒にバスケ部の撮影に来てたのに、年が明けたらユンと居た。

あれから、3ヶ月くらいしか経ってないのに。


ユンはかなりモテる奴で、色んな女とやりまくってるって噂だった。

噂じゃない、確かだ。

そんな男でも良いってことは、お前も同類か?

去年撮影に来てた時、ユンと話してたけどその時にはもう?


また俺は、女性不信になった。

イラつく。

目の前を彷徨うろつくんじゃねぇよ。



――ルールとか、わかってんの?



俺を見上げる目が怯えてた。

俺を知らない人だと思ってる様だった。

俺は、その程度か。

良いよ。

俺に見る目が無かっただけだから。

バイトも辞めたみたいだし。

もう、関わる事は無い。

邪魔だから消えろ。





藝大が撮影に来た後、ユンが女を連れて歩くのを見なくなった。

どんなに良い女に声を掛けられても、黄色い悲鳴を上げられても、笑って答えたりしなくなった。

極め付きは、結婚だ。

遊び人のユンが結婚しやがった。

病気になったとかで3ヶ月休んで、復帰したかと思ったらあのアミと結婚してた。

あんなに人が群がってたのに、復帰してからというもの、1人で過ごす事が多くなった。

毎日食堂で1人、誰かと電話で話してる。


「アミの行きたいとこで良いよ。」

「アミもだろ?(笑)」

「アミが良いなら俺は良いよ。」


アミアミアミアミ、うるせぇな。



ユンと同類だと思ったけど、違うのか?

やっぱりアイツは…。


ユンが1人の女に納まっている。

アイツがユンを変えたんだ。

ユンは憑き物が取れたみたいに、まともになった。

やっぱりアイツは、俺の理想とする女だったんだ。



大学に入って、ユンには敵わないと思った。

いや、もっと前、高校の時から有名人でその時から敵わないと思ってた。

ユンが居たら、俺たちの高校の優勝は無理だ。

ユンは俺の持って無いものを、全て持っている様に見えた。

スホや他の奴らは、羨望の眼差しでユンを見ている。

俺には無理だ。

敵わないけど負けてるとは思いたく無い。

認めたく無い。

悪あがきだと言われても認めたくない。

なのにユンは、俺がやっと好きになった女を

いとも簡単に掻っさらって行った。

俺はユンを、羨ましいと思いたく無い。


だけどまた、その眼差しを羨ましく思ってしまった。

愛おしそうにユンを見る眼差しに、ユンを羨ましいと思ってしまった。

惨めな気持ちになるから、もう来るなよ。



バスケ部のホームページにアイツの作った、選手のフラッシュ動画が掲載された。

背番号4番のユンから始まるその動画は、全員いい写真でそれぞれの良さが出てた。



「これを撮った人は良い子なんだろうねぇ。愛を感じるよ。他にもあるなら見てみたいなぁ。」


「ホントね。どれも良い写真だわ。ジヌ、同い年の子がこれを撮ったんでしょ?」


「うん…。」


「他の写真があったら見せて欲しいって伝えてよ。」


「いや、貰えないか聞いて欲しいな。きっとどれも良い写真に違いないよ。」





両親は写真を見ただけで、アミの人間性を見抜いた。

良い奴が撮った写真なんだから、どれもきっと良い写真だよ。



俺は…本当、嫌な奴だな。


本当は、自分が一番嫌いなんだ。

そんな俺を、アミに変えて欲しかった。

卑屈な性格を、変えて欲しかったんだよ…。


認めるよ。


俺は…、



ユンが、



心底、羨ましいんだ…。

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