第46話 人間像の不一致②
部屋の空気を入れ替えるために、窓を開けた。
離れの調理場から、いい匂いが流れて来た。
中で沢山の女性が忙しなく、お昼ご飯を作ってくれているのが見える。
聞くところによると、この女性達は近くの小学生が所属するミニバスケチームの保護者さん達で、これから4日間の食事を交代で用意してくれるそうだ。
大会での優勝経験の多さや、プロ選手を多く輩出するソウル体育大学の選手達という事もあり、皆んな喜んでボランティアを買って出てくれるらしい。
テレビで見る都会から来た選手達を目の前にして、嬉しそうに目を輝かせるという。
「『子どもがファンなんです!」』とかって言ってサインをもらってるけど、きっとホントは自分が好きなんだよ。」
と、チェリンが教えてくれた。
「意外とスホが1番人気だったりするんだよね!(笑)」
「意外とって(苦笑)」
「明るくて面白いし、よく話すから良い子だぁって、アイツ熟女キラーだよ(笑)」
「良い子なのは分かるよ(笑)」
「まぁね、良いやつだよね(笑)さ、お手伝いに行こう!」
女子4人で部屋を出て、男子マネージャーを呼び離れに向かう。
離れは、とても広い食堂だった。
調理場に挨拶をして、出来上がった料理を食堂のテーブルに並べていると選手達が入って来た。
私はすかさず写真を撮った。
ボランティアの方達とマネージャーとで、温かいご飯とお味噌汁を配り食事が始まった。
運動部の選手達の食事が、これ程までに凄まじいとは。
こんなに美味しそうに勢いよく食べてくれたら、ボランティア活動の皆さんも、嬉しくてやり甲斐を感じるだろう。
嬉しそうに選手達を眺める顔を見て、私まで嬉しくなった。
選手達だけで無く、ボランティアさん達も写真に収めた。
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片付けを手伝いたいところだが、マネージャーは選手のサポートをしなければならない。
宿泊施設から徒歩5分の所にある体育館へ、選手達と一緒に向かった。
体育館の全ての窓を開け放ち、ネットを張る。
気温は高いが、森林からの冷たい風が吹き抜けて気持ちが良い。
マネージャーのお手伝いをしつつ撮影もする。
試合形式の練習で動画を撮ることにした。
選手をカメラで追いかけ、画面の中に収められる様に必死に撮った。
少しはマシに撮れる様にはなったが、まだまだ…。
この夏休みの合宿は、私の特訓でもある。
帰る頃には少しでも上達していると良いんだけど…。
・
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休憩に入りユンに声をかけられた。
「ちゃんと飲んでるか?」
「あ、あんまり飲んで無いかも…。」
「顔真っ赤だぞ。ちゃんと水飲め。倒れるから。」
ユンが飲んでいた、水のペットボトルを渡された。
「ありがとう。ごめんね。」
その水を飲んでいると、私達の横を舌打ちをしながらジヌが通り過ぎて行った。
ユンはジヌの後ろ姿を目で追って、ほんの少しだけため息をついた。
なんだか申し訳ない気持ちになった。
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18時になり選手達は、ボランティアの作った少し大きめに作られたおにぎりを食べた。
2チームに分かれて、森林の中を交代で走るらしい。
ユンは前半のチームで、監督の一声であっという間に行ってしまった。
先頭を走って行くユンはやっぱりカッコいい。
ユンを目で追い、見えなくなってから視線を戻すと、直ぐそばにいたジヌと目が合った。
ジヌは、浮かれてしまう自分を戒める存在だ。
瞬時に表情を管理した。
後半チームの選手達はしばしの休憩に入り思い思いに過ごしている。
ジヌは持っているタオルを広げて、顔を覆い汗を拭いた。
私はそのタオルに書かれている文字が気になってマジマジと見てしまった。
(Busan Dolphinsって書いてる?)
「何?」
ジヌに睨まれてしまった。
「タオルが気になって。釜山ドルフィンズ?」
「ドルフィンズ知ってんの?」
「うん。あ、試合はちゃんと見た事無いんだけどね。好きなの?」
「うん。」
釜山ドルフィンズは、私がユンの代わりに名刺を受け取ったプロバスケチームだった。
「そうなんだ…。」
「あのさ…。ずっと、その。気になってたんだけどさ。前の男ってどうなったの?」
唐突に聞かれて数秒固まってしまった。
「ど、ど、どうなったって?」
「去年、撮影に連れてたのに…なんでユンと…。」
「何?…何が聞きたいの?」
「なんも、無い。」
「前の人はどうなったってなに?」
「撮影に来てユンに口説かれたとか?」
「違う!撮影は…ユンくんとは3年ぶりで…。」
「知り合いだったの?」
「ユンくんは高校の同級生で、好きな人だった人で…。再会して。あの、ほんと、何が聞きたいの?」
「二股とか乗り換えとかなら最低だなって思ったんだよ。」
「二股でも、乗り換えでも無いよ。」
「展開早ぇから。」
「そんな事もあるんじゃないの?恋愛した事ないわけ?」
「ない。」
(じゃあ黙ってなよ。)
そんな言葉を言いそうになって飲み込んだ。
私の恋愛事情に不純な物を感じて軽蔑していて、そんな感情も相まってイライラしていたのだろうか。
「もし、二股だったとしてもジヌくんには害はないでしょ。」
「害はないよ。でもさ…。」
「まだ、何かあるの?」
「彼氏と別れるのを待つって言ってあったんだけど、やっぱダメだったのか、俺。」
「え?何?なんの話し??人違いしてない?」
「するわけないでしょ。俺の事わからない?」
「はぁ?」
「いつもはメガネ掛けてて、マスクしてるけど。」
そう言って、釜山ドルフィンズのロゴマークの入ったナップサックからメガネケースを取り出し、黒縁の太い特徴的なメガネをかけた。
手に持っているタオルで口元を覆う。
知った顔だった。
バイト先の常連で、いつもニコニコと目が笑っていて、お笑い好きの明るい人。
そう言えば、ジヌって名前だったっけ…。
「やっと、わかった?」
「ごめんなさい。気付かなかった…。」
大学2年の秋に、
【君のことが好きです。彼氏がいる事は知っています。でも、僕と付き合ってもらえませんか?】
そんな手紙を貰って、
【ごめんなさい。お気持ちは嬉しいのですが、彼氏と別れる予定はありません。なので、お付き合いは出来ません。本当にごめんなさい。】
と、返した。
すると、
【お友達になるのはどうですか?連絡先交換してもらえませんか?】
と、返って来て…
【彼氏に異性と連絡先を交換する事を、禁止されています。なので連絡先の交換は出来ません。ごめんなさい。】
と返した。
するとまた返事があった。
【わかりました。ありがとう。もし、彼氏と別れたら、僕の事を思い出して下さい。待ってます。】
私はこの後、返事は書かなかった。
「手紙を渡したのが、彼氏と別れてからだったら…。付き合ってくれてた?」
「ユンくんと再会してしまってたし。ユンくん以外の人とは誰とも、上手く行かなかったと思う。ユンくんしかダメだから、結婚したんだもん。」
「ふ〜ん…。 あの店…、バイト、辞めたの?」
店で会っていたジヌと、目の前のジヌが別人過ぎて混乱していた。
今まで気付かずに接していた事も、怒りに火を付けていたかもしれない。
私に辛く当たる1番の理由は一体何なのか。
心の内が見えず、質問に答え続ける事が…、
質問責めに合う事自体も、怖くなってしまった。
ユンが戻ってくる気配はない。
ジヌからちょっとずつ離れながら、誰か間に入ってくれないかなと思っていた時、スホが声を掛けてくれた。
「あそこでバイトしてたの知ってんだ?へぇ?(笑)」
「チッ。」
ジヌはスホを睨むと、仲良くしている選手の所へ歩いて行った。
興味津々といった顔で私を見るスホに、何を話せば良いのか。
私はまた新たな問題に直面してしまった。
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