第42話 技術の習熟

「どうかしたの?何かあるなら言わなきゃいけないんだよ?」


今夜はユンのお父さんも帰りが遅く、4人で食卓を囲んだ。

いつもと様子の違う私に痺れを切らしお父さんが声をかけた。


昨日ジヌに言われた事がジワジワと効いていて明るく振る舞おうとしていたが上手く出来ずにいた。


大学復帰を前に、ユンの両親は私たち夫婦に一つだけ約束をさせた事があった。



『家族みんなで悩みを共有し、1人で我慢しない事。』



私はユンの両親に甘える事にしている。

2人に話す事にした。


私の話を聞いて、2人は全面協力すると言ってくれた。



翌朝、土曜練に行く準備をしリビングに行くと

朝ごはんとお弁当が用意されていた。

もちろん、私の分も。


ユンのお父さんが車で送ると言ってくれたが、断った。




「2人で自転車って久しぶりだな。」


「今度後ろに乗せてよ。」


「重くなったからヤダ。」


「ちっ(笑)」


「ふっ(笑)はいはい、行くよ。」

 


体育館の玄関でユンと別れ、私は2階の観覧席に向かった。

まずはユンのファンであるにも関わらず、私に優しくしてくれるソヒョンに会いたかった。


観覧席を見渡すが、まだ来ていない。



しばらく座っていると


「アミさん!」


ソヒョンに声をかけられた。

隣にはシオンのファンのミンソが居た。

ユンのファンのエリは居ない。



「身体大丈夫なんですか?」


「大丈夫です。すみません。ご心配をおかけして。」


「ううん。ユン選手と一緒に調子が悪くなっちゃうなんて…。やっぱり敵いません(笑)」


「あの…。」


「ごめんなさい!言い方悪かったですね。忘れて下さい。」


「いえ、大丈夫です。あの…ソヒョン姉さんに相談があるんです。」


「なんですか?」


「私、バスケ部の撮影を許可されたんです。今日から土曜練も試合も撮影するつもりなんですけど、撮るからには4年選手の、こう…何か役に立つ事に使いたくて。」


「はい。」


「私1人で動いていても限界があると思うんです。何から始めたら良いかも正直わかっていません。でも何かやりたいんです。私にはソヒョンさん達しか頼れないから…。協力してもらえませんか?」


「アミさん、ちょっと良い加減にして下さいよ。」


「え?」


「やるに決まってるでしょ!!」


「何だ…(苦笑)良かった…。」


「あれ?なんかダメでした?(笑)」


「いえ…(苦笑)ありがとうございます。あの。4年生って、みんなプロになりたいんですかね?」


「いいえ。そんな事はありません。実業団チームに所属してバスケをしつつ働きたいって堅実な人もいますし、体育教師を目指している人もいるし…。確かバスケを教えるコーチになりたい人って人も居たはず。プロになりたいのはスタメンくらいじゃ無いですか。」


「なるほどぉ。そうなんですね。あ、そうだ。選手の顔をホームページに出すのはありですよね?」


「試合の写真出てますしね。準決勝と決勝はテレビ放送もありますし。ファンも自分が撮った写真をSNSにあげてますよ。」



ウソクと付き合っていた時は、自分の気持ちが揺らいでしまうのが怖くて

ネットでユンの事を検索する事が出来なかった。

付き合う様になってやっと、検索をしてみると沢山の写真を見つける事が出来た。

ファンの撮る写真はやっぱり素敵で、何枚も保存をしてしまった。

でも、ファンとしてもカメラマンとしても嫉妬してしまうから、今は検索するのはやめている。



「そうですよね!じゃあ、まずは選手18人のフラッシュ動画をバスケ部のホームページに載せて貰っちゃおっかな!? って事は今日、カッコいい写真いっぱい撮らなくちゃ!!あぁ!楽しくなって来ちゃいました(笑)あはは!」


「アミさんって可愛い人ですね(笑)猪突猛進って感じが…。ユン選手の気持ち、なんか分かるから逆に悔しいんですよね。やっぱ敵わないなぁ…。」


「あの。えっと…。」


「うん。気にしないで下さい(笑)アミさん達が撮った映像がアメリカの大学との姉妹校提携を結ぶきっかけになったんですもんね!?広報紙見ましたよ(笑)」


「え?広報紙出てるんですか?」


「5月に発行されましたよ。貰って無いんですか?」


「貰ってないです。貰わなきゃ。」


「お手伝いする代わりと言っちゃなんですけど…1つお願いしても良いですか?」


「何でも言って下さい!」


「藝大の広報紙は写真が違うらしいんです。私の分も貰ってくれませんか?(笑)」


「そんな事で良いんですか?お安いご用意ですよ!」


「ありがとうございます(笑)」


ソヒョンの隣でミンソは、私達のやり取りをうんうんとニコニコしながらずっと頷いてくれていた。

バスケ部に詳しい先輩が2人も協力してくれるなんて、心強い。



「じゃ、ちょっと行ってきますね!」


ビデオカメラと一眼レフカメラを持ってコートに降りた。

選手やマネージャー、コーチなどに挨拶をして回った。

どの人が良く思っていないのかと気にはなるがやるしかない。

ユンが言うように映像で黙らせるしかない。




「なんで?」


「ん?何?(笑)」


「なんか、顔変わった。」


「そう?」


「カッコいいよ。」


「あんまり話してるとまた公私混同って言われちゃうよ(苦笑)」


「良いんだよ!わざとだし(笑)イライラさせてやれ。」


「ふふっ(笑)」



ユンは穏やかな顔で私の頭をポンポンと2回触って走って行った。


ユンはいつでも味方になってくれる。

私からすれば自信に満ち溢れるユンの姿こそ、この世で1番カッコいい。



ユンの後ろ姿に見惚れていたら誰かに見られている視線に気が付いた。

ジヌだった。

目が合うと呆れた顔で首を傾げ歩いて行った。

だけど、全然気にならない。


私にはユンがいる。

そう思えるだけで何も怖くなくなった。




カメラを担いでの練習試合の撮影は全く思い通りに行かなかった。

カメラを構えたまま、ボールや選手の動きを追いかけるのは難しく画面の中に捉えることすらままならない。


イメージトレーニングと実践では全く違う。

分かってはいるが少し落ち込んだ。



「はぁ。」

(ぜんっぜんダメだ…)


ビデオカメラの電源を切り、立ち上がった時だった。


「うっ!!」

「ってぇなぁ!!」


「ごめんっ、なさい…。」


「チッ!(怒)」


事もあろうかジヌとぶつかってしまった。

舌打ちをしながら自分の荷物を取りに向かうジヌを見ながら


「はぁ…。」


全てが嫌になりそうだった。



――――――――――――――――――――

翌日、日曜日はどこにも行かず部屋に篭った。

ユンは私の隣でレポートと格闘している。


ビデオの方は見る気になれなかったが写真の方は良い写真がたくさん撮れていて

ホームページのトップページにあげる動画を早くも作る事にした。


4番のユンから21番まで18人を順番に2秒ずつ登場する36秒の動画を作った。


ユンはボールを両手で胸の辺りで持ち、仲間に笑顔を向ける写真にした。

スホはドリブルをしながらディフェンスを睨む写真を選んだ。

選手全員、可愛い笑顔やカッコよく見える写真を選んで作った。

気に入ってくれる自信がある。

次の土曜練に持って行く事にした。



――――――――――――――――――

翌日月曜日、私はサークル活動の前にヒョヌ先生に相談をした。



「早く動く被写体を撮るには、そりゃあテクニックは要るよ。素人が全員を追いかけるなんて無理な話だ。」


「もちろん、1度に10人を追いかけている訳では無いですよ?1チーム5人ずつ追いかけてるんですけど。」


「それでも1人でやる事では無い。よし、良いだろう。この子達の為にもなる。じゃ、みんなカメラの準備をしなさい!」




ヒョヌ先生はサークルメンバーを、芝生の広場へ行く様に指示をした。

どこから借りてきたのかボールを2個持ってくると私たちを

1・2年と3・4年の2学年ずつに分けた。



「じゃ、まず、1・2年で2チームに別れてドッヂボールをしなさい。本気でやらなくていいから。」


メンバー達が戸惑っている。


「その様子を3・4年が撮ってみよう。ズームを使う事が条件だ。ボールがちゃんと追えているか、ボールを持っている人が写っているのか、アウトの瞬間やボールを受け取った瞬間は撮れているか。撮りながら考える事はたくさんある。自分なりに考えて撮ってみなさい。」



求められている事を理解し全員が動き出した。


撮る側は皆んな苦戦した。

たとえ本気で無いドッヂボールでも、ズームを使いボールを追い続けるのは難しい。


ジヌに啖呵を切った事を後悔しそうになった。

だけど、まだ始まったばかり。

後悔するにはまだ早いと自分を奮い立たせた。



――――――――――――――――――

次の日、ヒョヌ先生は自分の授業を取っている俳優科の生徒を中心に、ドッヂボールメンバーを募った。

放課後、芝生の広場にはたくさんの生徒が来てくれて、ちょっとしたイベント会場の様だった。


ヒョヌ先生はドッヂボールメンバーにさまざまなシチュエーションの演技をさせた。



『生まれて初めてドッヂボールをする人』


『ドッヂボール大会の優勝を争うライバルチームの戦い』


『好きな子にカッコいい所を見せたい男子と、それに気付き引いてしまう女子』


などなど。



人数が増えるとボールは次から次へと人の手を渡り撮影の難易度は上がった。


ボールをどこへ投げるのか、足はどちらに出されるのか

左目で人を追いながら右目でファインダーを覗く、先を読み反射的にカメラを動かす訓練になった。



サークル活動終了後、撮影に協力をしてくれていた広報委員の委員長に声を掛けた。


「来てくれてありがとね!」


「凄く楽しかったよ(笑)体はもう大丈夫なの?」


「うん。もう大丈夫。ありがとう(苦笑)あのさ、広報紙が出てるって聞いて…」


「そうそう!渡さなきゃね!」


「ソウ体大に広報紙が欲しい人がいて、多めに貰えたりするかな?」


「アミさんに渡して貰おうと思って多めに用意してるんだ。50枚あるよ。」


「50枚!?」


「明日アミさんに渡すから、監督さんとか理事長さんとか関係者にも渡しといてよ。」


「わかった!ありがとう(笑)」


ソヒョン姉さんの喜ぶ姿が目に浮かんだ。




――――――――――――――――――


金曜日までの間、芝生の広場には沢山の生徒が集まってくれて、ヒョヌ先生はバレーボールやバスケットボールなど様々な球技をさせた。


俳優科の生徒達は運動も出来て、なかなか経験出来ないシチュエーションで演技が出来ると喜んでくれた。



――――――――――――――――――


次の土曜練で監督に、ホームページの管理者が誰なのかを尋ねたら

驚くことに、自分がやっていると答えた。

選手18人の紹介動画をトップページにあげる事を提案すると賛成してくれてすぐに行動に移してくれた。


ホームページ上で動画が動く事を監督と一緒に確認し、直ぐにソヒョンに声をかけた。

ソヒョンはSNSを使い、ファン達にホームページに紹介動画が上がった事知らせてくれた。

ソヒョンのSNSには動画を褒めてくれる声が続々と集まった。

どの選手のファンも喜んでくれていて、良い反応を貰う事の喜びを知ることが出来た。



協力してくれているソヒョンに約束通り広報紙を差し上げた。


「何枚要りますか?」


「え…。3枚とか良いんですか?」


「大丈夫ですよ(笑)」


「えー!?ホントですか??嬉しい!!」


「どうぞ!(笑)」


ソヒョンは広報紙を受け取ると嬉しそうな顔で見始めた。

その様子を見ながら、ほんのちょっと…

ほんのちょっとだけ、複雑な気持ちになってしまった…。





練習試合の撮影では、自分でも自覚するほど撮影技術が変わった。

少しだけだが、選手を捉えられる様になったのだ。


サークルでの練習と土曜練の実践、繰り返して行けば上手く撮影が出来る様になれるかもしれない。

ほんの少し自信が出て前向きになれた。




この様な撮影漬けの生活を

さらに1週間繰り返した後、夏休みに入った。

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