第41話 誤算

選手達の後ろに座り監督の話に耳を傾けた。


毎日同じ事をしている様で、特に何かある訳でもなく、いつも通りでといった簡単な話で終わってしまった。


3人のコーチが赤と黄色のビブスを2枚セットで配り始める。

4年生だけがビブスを受け取っている様だった。



「アミ!!」



ユンに大きな声で呼ばれ、ほとんどの選手が動きを止め私を見た。


「はい!」


慌てて立ち上がった。



「ビブス!背番号で着た方が良い?撮影するんだよな?」


「出来ればお願いします。みんなの事覚えたいので。」


と、4年生に頭を下げた。

すると、スホも声を掛けてくれた。


「じゃ、番号見て交換して!」



(そこに気がつくなんてユンくんさすが♪)



「はい、移動!!」


ユンが声を掛けると選手達が素早く立ち上がり移動を始めた。


サイドラインに沿って並べられているベンチに4年生が集まり、マネージャー達はドリンクや救急セットなどをコート外側、中央付近に運び入れている。




ユンに話しかけた。


「練習試合って4年生だけ?」


「うん、3年以下はあっちで練習しながら見学。T.O、得点板、モップは1年。」


「チーム分けってどうするの?」


「まず、説明すると。背番号4番から8番まで5人ポジションが違うの。次9番から13番、14番から18番。後の3人はオールマイティー。」


「5人ずつチームになってるんだ!?」


「そう。まずはチーム強化の練習だから4から8と、9から13で別れて第2クォーターまでやる。」


「ふ〜ん。第2クォーターまで…。」


「次は14から18と、オールマイティ3人に3年から2人引っ張ってきて第1クォーターだけやって……」


「終わり?」


「終わりじゃ無い。次は偶数と奇数に別れて第2クォーターまでやってっ、終わり。」


「なるほどぉ。キャプテンありがとうございます!(笑)」


「どういたしまして。撮影頑張って下さい。宜しくお願いします(笑)」



「ははは(笑)」

「あはは(笑)」



「頑張ってね(笑)」


「うん(笑)」




体育館の隅に置いてある使われていないパイプ椅子をコートの角に運んだ。

ビデオカメラを置いてファインダーを覗く。

手前のゴールと向こうのゴール、T.Oが映る様に角度を調整する。

高さが足りない。


カバンからタオルを出して折り畳み置き、カメラに角度をつけて全体が入る様に調整した。


選手の顔やポジション、動きの特徴などを覚えなければカメラを担いで追いかけるなど出来ない。

しばらくの間はカメラを備え付けておいて目で選手を追いかける事にした。



センターライン前の得点板係とモップ係の1年生に声をかけると快く横に居させてくれた。


得点板係の横で地べたに座り、名簿を床に広げた。

上から5人ずつ線を引くと確かにポジションの違う5人ずつで別れている。



(なるほどな。ちゃんと考えて番号振り分けてあるんだ…。)



名簿に視線を落としていると1人の選手が目の前に立ち止まった。

つま先がこちらを向く。




「ルールとか分かってんの?」




顔を上げると8番のジヌが冷たい顔で見下ろしていた。


ユンを好きになった時、ユンの事が知りたくてバスケのルールは早くに覚えた。

今ならポジションだって分かる。



「ルール、分かりますよ?」


「公私混同されたく無いんだよね。」


「公私…混同?」


「ユンは余裕かも知んないけど、俺たち必死なんだよ。旦那と遊びたいなら他所でやれよ。」


「邪魔ですか?」


「目障りだね。」


「すみません。でも、ユンく…ユン選手だけじゃなくて、ジヌ選手や他の選手達みんなのお役に立てる事が出来たらって思って…」


「ふっ(苦笑)烏滸おこがましいとか思わないの?」


「思いません。」


「言っとくけど、良く思って無いのは俺だけじゃ無いから。」


「…………。」



1試合目が始まろうとしていた。

4番から7番と9番から13番の選手が対立して向かい合っている。


ユンが8番のジヌを呼びにこちらに来た。


「何してんだよ。始めるぞ。」


ジヌは何も言わずに私を冷たい目で一瞥してからコートに入って行った。



「何?」


「何も無いよ(笑)待ってるから早く行って!」


私の言葉を聞いて、ユンは側に居る4人の1年生に向き直った。


「お前たち、何見たか後で話せよ。」


「は、はい…。」



――――――――――――――――

更衣室の前でユンを待っていると、スホと一緒に出て来た。


「ごめん、俺も一緒に聞いちゃった。」


「あぁ。そうなんだ。」


「まぁな。こんだけ…男ばっかのトコだし?しょうがない気もするし…」


「うん。分かってる。急にこんなのが来て知った顔してたら嫌でしょ。」


「アイツ怪我とかもあったから気が立ってんだよ。まぁ、でも、何も思って無い奴の方が多いから。おれはアミちゃんの映像楽しみにしてるよ(笑)じゃ。」


「お疲れ様でした。」


スホを見送り、ユンを見つめた。



「何だよ?」

 

「何も言ってくれないの?」


「何言えば良いの?何言ってもやめないでしょ?」


「まぁね。」


「やめて欲しくも無いし…。」


「ん?(笑)」


ユンは笑ってくれなかった。


「帰ろ。」



歩いて家に帰った為、今日のジョギングは免除された。

ご飯とお風呂を済ませてすぐに部屋に入る。

やりたい事が山積みだった。

2つのカメラからメモリーカードを抜き名簿を出して机に向かった。


ユンのおじいさんに部屋の模様替えをされてから初めて机を使う。

机もイスも一瞬で気に入った。

明かりの色もちょうど良い。

ノートパソコンを開き電源を立ち上けた。

カメラの方のメモリーカードを差し込みデスクトップの画像をユンが白猫を抱いて笑う写真に替えた。


(可愛い…(泣))



ずっと癒されていたいが、そんな暇は無い。

選手の顔写真入りの名簿作りに取り掛かった。

その時、ユンもノートパソコンを開き何かを始めようとしている事に気がついた。


「ユンくんは何するの?」


「そろそろレポートに取り掛からないと。」


「何のレポート?」


「スポーツにおける身体文化論の意義について。」



(…すぽーつにおけるしんたいぶんかろんのいぎについてって何だろかぁ。そんな言葉は初めて聞いたけども、何のどれのことをなんだそれは…)



「お〜い!」


「はっ!!ちょっと…宇宙行ってた。」


「ここに居なかったな(笑)」


「全然わかんないや(笑)頑張って下さい!」


「ははっ(笑)」



ユンとの楽しい会話も続けられない。

頭の中がグチャグチャだった。

自分の考えを整理するのに精一杯だった。


悩み事も不安な事も無くなって、この先は楽しい日々が待っていると思い込んでいた。


真剣に夢を追いかけるとは生半可な事じゃない。

分かっている。

私だって決して遊びでやっている訳ではない。

でも確かに嬉しい気持ちもあったし、ユンといられるのは幸せだと思っていた。

能天気に見えていたのかと思うと恥ずかしい。


だけど、私にも夢がある。

手を引く訳にはいかない。




「はぁ…。」


「なぁ?」


「うん?」



「シャーペン貸してくれない?」



「へ?(笑)」


「この並び…あの時と一緒だなぁと思って(笑)」


「あぁ!ホントだね(笑)」



高校2年の始業式の日。

ユンに「シャーペン貸してくんない?」

と、声をかけられた事がきっかけで仲良くなった。

机がその時と同じ並びだった。

ユンが右で、私が左。


ユンが自分の机の上のノートと教科書を見ながら言った。



「撮ったモンで黙らせたら良いんだよ。」


「うん…。それが出来たら良いけど。」


「アミならやれるよ。」


私の目を見て笑ってくれた。

笑い返すと、ユンは私の机の上に視線を下ろした。


「色々書いてんな。」


監督に貰った名簿に、練習試合を見ながら気付いた事を沢山書いた。

ユンは私の机から名簿を取り読み始めた。


「裏にも書いてるよ。」


「うわ。」


読んでいるうちに、ユンの顔が笑顔から真剣な顔に変わった。




「えぇ??」


「間違ってる?何か違ってたら教えて。」


「間違って無いから驚いてんの。お前…ジヌの怪我気付いてたのか?」


「変だなって思っただけだよ。」


「足の怪我って去年の事だぞ…。」



私は名簿の裏に



『8ジヌ、右足痛めてる?』


と書いていた。



――――――――――――――――――

翌日金曜日

全授業が終わりユンと電話で話してからサークル部屋に行くと、ほとんどのメンバーが揃っていて

ヒョヌ先生が改めて復帰を報告してくれた。


サークル部屋の中でメンバー達がジュースやお菓子を広げて簡単な復帰のお祝いをしてくれた。

映画や撮影など好きな話をしているのに考える事はバスケ部の事ばかりで、ジヌの冷たい顔を思い出していた。


『俺だけじゃないから。』


の言葉が頭の中にグルグル回る。

マネージャーやコーチでさえもそう思っているのでは無いかと思えてくる。


ユンとスホ、監督の3人だけが頼りだった。


(2人の為にも撮影しなきゃ…)


サークル皆んなが飲みに行こうと相談する中

練習試合に間に合う様に藝大を出た。



今日もカメラを備え付けて選手の動きを見る事に集中した。

ズームや選手から選手へのパン、並行して追いかけるトラックなど

早く動く被写体にどの様なカメラテクニックを使えば良いのか頭のなかでシミュレーションをしながら見ていた。


練習終了後、監督に声を掛け

明日から毎週土曜日に一日中撮影をさせて欲しいと頼んだ。


監督は選手の邪魔にならない様に配慮するならと許可をしてくれた。


明日からはカメラを構えて撮ってみようと考えていた。

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