第39話 明確な目標
ソウル体育大学に着くと
ユンは私をバスケ部の更衣室に案内した。
「誰も中にいないの?」
「いないよ。電気点いてないし。」
「えぇ。怖いよ…。」
「何が怖いの?(笑)すぐ着替えるから。」
更衣室は体育館の横に併設されたプレハブ小屋で、小屋正面の左隅にある扉から入ると目の前に通路が伸びていて真っ直ぐ奥に壁が見えた。
外からは想像が出来ないくらいに奥に広く、左側は磨りガラスの窓が並び、右側は沢山のロッカーで埋め尽くされていた。
人が潜んでいてもすぐにはわからない。
高さ180センチ程、幅60センチ程のロッカーが5つずつ向こうを向いて並んでいる。
ロッカーの前にはベンチが置かれていた。
誰かが居るかもしれない緊張と、誰かが入って来てしまうかもしれない緊張でドキドキする。
湿布のような
スポーツをしている男性の部屋だと分かる特有の匂いがする。
4年生は奥のロッカーを使っている様で、ユンはぐんぐんと前を進んだ。
私はロッカーごとに、右を向いて誰も居ないかを確認しながら付いて行った。
ユンのロッカーは1番奥にあった。
ロッカーの前の空間は他よりも幅が広く取られていて、非常口もあるせいか1番奥にも関わらず開放感がある。
4年生の上位5人の特別な空間になっていた。
その中でも、この人はキャプテンなのかと思うと
尊敬の念と憧れで胸がときめく。
ユンはロッカーの前のベンチに2つのカメラを置くと、私の手からカバンを取りそれもベンチに置いた。
「な、なに?(照)」
ユンが真顔で私を見下ろすとジリジリと迫って来る。
いつもと違う雰囲気にドキドキした。
(この人、かっこいい…)
顔も雰囲気もカッコいいと改めて思った。
何をするにもドキドキしていた、ユンを好きになった頃の感覚が蘇ってくる。
ユンは私の脇腹に腕を通し、抱きしめるでも無くにじり寄りロッカーに追い込んだ。
冷たく固いロッカーに背中が当たったと同時にキスをした。
荒い息遣いが、静まり返る更衣室に響く。
ユンは唇を離すと、ゴクンと飲み込み言った。
「こうゆうの興奮しない?」
「…うン…する…」
私の返事を聞くと、軽くキスをした。
「我慢できなくなるから終わり(笑)」
嬉しそうに笑いながら
ジーンズのポケットから鍵を出しロッカーを開けた。
私はベンチに座って着替える所を眺めることにした。
「俺、この更衣室嫌いなんだよ。」
「嫌い?何で?」
あっと言う間に下着一枚になった。
「パンツに靴下はダサい(笑)」
「うるさい(笑)」
「ん? で? なんで?(笑)」
「ここの練習ってやっぱりキツくてさ。着替えながら『あぁこれから練習かぁ。』とか、終わってからも『殺す気かよ!』って思ったりさ。汗臭い男の裸しかないし(笑)」
着替え終わって私の横に座った。
「罵る声も聞こえるし、先輩が後輩殴ってたりさ。」
「そんな事…あるの?」
「うん。毎日誰かがロッカー殴ったり蹴ったりしてるし。ロッカーの交換なんてしょっちゅうだよ。ホントここは良い場所じゃないんだ。」
「今も?今の4年生もそんな感じなの?」
「今のところ、4年は無いよ。たぶん。」
「復帰した所だもんね(苦笑)」
「だけど今日、嫌いな場所じゃ無くなったよ(笑)」
「ん?」
「アミとキスした更衣室になった…」
2人で微笑み合い、静かにキスをした。
ユンが私の想いをここで感じられる様に…。
私との痕跡を残す様にゆっくり丁寧に…。
「よし。行くか(笑)」
「うん(笑)」
・
・
・
ユンは体育館の玄関で靴を脱ぐとバッシュを履きヒモを結ばず入り口に向かった。
私は来賓用のスリッパに履き替え追いかけた。
入り口でユンが一礼して入るのを見て、私も真似して一礼する。
気が引き締まる感じがする。
ユンは監督の元へ迷いなく進む。
私は後ろをついて行った。
「監督。すみませんでした。」
「おう。」
監督はそう言うとユンの方を一瞥して、隣に私が居る事に気が付いた。
目をパチクリさせて分かりやすく驚いている。
私はその事には敢えて触れない事にした。
「監督。すみません。ユンくんに来てもらっちゃって…。」
「いやいやいやいや!!い、良いんだよ!ユンには後からキツイ練習が待ってるだけだから!」
「えぇっ。もっとキツくなっちゃうんですか?(苦笑)」
「まぁ、ちょっとだけな(笑)」
「ちょっとかぁ、ちょっとならいっか(笑)」
「はぁ?(笑)」
「ふふふ(笑)」
「良かった…。元気になって…。」
「ご心配をおかけしてすみません。」
「なんて言ったら良いのか…。本当に申し訳ない。」
「え?(苦笑)」
「教員としてこんなに無念な事はない…。」
「無念?…ですか?」
「考え方や行いを正せる機会が私にはあったのに…人間を育てるという立場であるのに、正しい道に進ませる事が出来なかった。結果、君を傷付けてしまって…。どこかでアイツの本質を見抜く事が出来ていればと悔やんでも悔やみきれない…。本当に…申し訳ない…。」
「監督が謝る事ではないですよ?(苦笑)私はあの人以外の人を責める気はありません。だから、そうやって自分を責めるのは無意味です。そんな風に思って欲しくて話して貰ったんじゃないですから(笑)」
「じゃあ、私は、どう思えば良いのかな?」
「私は監督なら話しても大丈夫だと思ったんです。人にも話さないでいてくれると思ったし。」
「誰にも話してない。」
「はい(笑)だから『自分は人から信頼される人間だ。』と思っていて下さい。私は監督を信頼しています。すぐにユンくんをレギュラーに戻してくれるって(笑)」
「ははは(笑)でもそれはコイツ次第だよ?」
監督がユンの左肩に手を置いて言った。
私もユンの右肩に手を置く。
「この人は、たかが3ヶ月位でダメになるような選手じゃ無いですよ?」
「何これ(笑)俺どうしたら良いの?(笑)」
同時に手を離し3人で笑った。
「君は…なんて言うか…強い人だね。」
「やるべき事を見つけたので。」
「やるべき事?」
「前にヒョヌ教授に言われた事があって…。思い出したんです。私のやろうとしている事は『どんなに辛い事があっても、そこに人の想いがある限り代弁者であり続けなきゃいけない』って。だから私は映像を使ってユンくんをプロにします。」
「断言するんだね?(笑)」
「はい(笑)ユンくんに限らず、私の映像が誰かの役に立つなら、お手伝いさせて貰いたいなって思ってます。 」
「それは頼もしいな(笑)」
「4年生の選手の顔と名前を覚えたいので選手名簿を頂けませんか?」
「あぁ、ユンから聞いてるよ。じゃあ、コピーしてくるから待ってなさい。」
「お願いします。」
・
・
・
監督から4年生18人の名前、背番号、ポジションの書かれている名簿を貰った。
4番から順番に写真を撮り顔写真入りの名簿を作ろうと考えたが、私が分かるのは4番ユンと5番のスホだけ。
ユンとスホを撮った。
(後の人達どうしよう…監督はどっか行っちゃったしなぁ。)
ユンは3人いるトレーナーの内1人と、別メニューの練習をしている。
女性3人男性2人、合計5人のマネージャーは選手のスポーツドリンクを作ったり、その他色々な雑用に忙しくしていて声を掛けられる雰囲気ではない。
名簿とカメラを持ちながら当ても無くウロウロしているとスホに声を掛けられた。
「何してんの?(笑)」
「背番号順に写真を撮りたいんだけど顔が分からないからどうしようかなぁって(笑)」
「手伝おうか?」
「今、大丈夫?」
「うん。今、自由時間。」
「そんなのあるんだ(笑)」
「毎日最後は練習試合があるから、始まるまで自由。で、誰探す?」
「6番、スヒョンくん。」
「あれ、俺は?良いの?」
「もう撮ったよ(笑)だけどちゃんと撮ろっか(笑)」
そう言うとスホは満面の笑みで顔の横でダブルピースをした。
(やっぱりユンくんとは真逆の人だ…)
――カシャ
「スヒョンはねぇ。」
監督の話しでは選手は全学年で62人居るらしい。
バスケットボールコート2枚分の体育館の中をその62人の選手達が思い思いに練習や休憩を取っている。
副キャプテンのスホでさえも、すぐには見つけられないでいた。
俊敏な選手達の間を潜り抜けるのは至難の業で何度もぶつかりそうになりながらスホの後を追った。
「アミちゃんって顔だけ見てるとキツそうなのに動きとか面白いよね(笑)」
「キツそう?初めて言われたけど(苦笑)」
「そう?(笑)あ、これスヒョン。」
「え、何?」
紹介してもらったスヒョンが怪訝そうな顔を向けた。
「あの。写真撮らせて下さい。」
カメラを向けるとさっきまでの表情とは一変、ニコっと笑いえくぼを作った。
――カシャ
「ありがとうございます(笑)」
「次は、ドジュンか。」
そう言われて名簿を見る。
「あ、そう。ドジュンくん。」
「あ、ここに居たわ(笑)」
指をさした先を見ると、ドジュンは壁にもたれて座りこちらを見ていた。
前から背が高いなぁと見ていた選手だった。
「写真撮らせて下さい。」
「はい、どうぞ。」
――カシャ
「ありがとうございます(笑)」
「次ジヌね?」
「うん。」
こうしてスホは最後の21番までの選手を紹介してくれて写真を撮る事が出来た。
「俺さ、アミちゃんの事ずっとどっかで見た事あるなぁって思ってたんだよね。」
「ん?どこだろ?レンタルDVDのお店でバイトしてたよ?」
「ううん違う。もっと前。」
「もっと前??いつ?」
「高校ん時。」
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