第36話 ファン心理

――ピピピピッ、ピピピピッ


ベッドのへッドボードに置いてある目覚まし時計が6時を知らせている。

私はぐっすり眠れたようですぐに起きた。

ユンはまだ起きない。

放っておく事にした。



――ピピピピッ、ピピピピッ


「アミ…、止めて…。」


「ユンくんが止めな?」



――ピピピピッ、ピピピピッ


「うるさいから!止めて!」


「ユンくんの為のアラームだよ。」


――バン!


ユンが時計を叩いてアラームを止めた。


「壊れちゃうよ!?」


「うるさい… スー、スー、スー…」


人は、まつ毛を触られると必ず起きるらしい。

触ってみる。


――ピク、ピクッ


「ふふっ(笑)」


ユンも少し笑った気がするが目を開けない。

耳元で呪文を唱える。


「起きろ起きろ起きろ起きろ。起きろ起きろ起きろ起き…」


「このっ!」


「きゃー!!!」


「うるせぇなぁ!!」


「きゃはははは!やめて(笑)」


「このやろ!(笑)」


「きゃは!やめて!(笑)ごめんなさい!(笑)」


「チッ(笑)」


脇腹や腰をくすぐられて降参した。


「昨日の仕返しだったのに(笑)」


「なんかしたっけ?」


「寝てるのに何回も起こしただろうが!(笑)」


「ぎゃははは!やめろって!」


「言って分かんないようならこうだ!」


「わかった!わかった!やめろ!(笑)」


ユンの脇腹をくすぐってやった。

直ぐに仕返しされて、2人でくすぐり合った。


「ぎゃはっ!(笑)」

「きゃー(笑)」


ベッドの中で暴れ回る。



――トントントン!


「はい!」


――ガチャ


「あなた達、朝からうるさいっ。」


――パタン



「怒られたじゃん!」


「お前のせいだろ!」


「ふふふっ(笑)」



ユンが表情を変え静かに微笑み

右手で私の左の頬を撫でた。


「可愛いなぁ。」


「ふふふっ。 ユンくん。」


「ん?」


「準備しなくていいの?(満面の笑み)」


「うがぁ!!」


・ 


ユンがバタバタと部屋を出て行く。

ベッドの目覚まし時計をまた6時にセットしてスマホを探した。


(あれ?どこ置いたっけ。)


テレビの前のテーブルの下に落ちている。

拾い上げ画面を開くとLINEのアイコンに今まで見たことの無い数の通知が入っていた。


(ふぁ??私、なんかしたっけ??)


急いでみてみると、ジアンやソアなど5人のグループ、ヒョヨン先輩など知り合いや友達から沢山メッセージが入っていた。


その中でもユンのファンであるソヒョン達3人と私とのグループが目を引いた。


ソヒョン姉さんからの

「でもアミさん、気にすることは無いですからね?」

の言葉と、4人のグループだったのに人数の表示が(3)になっていて


(あれ?誰か居なくなってる。)


と、気が付いた。


すぐに確認。

の前に、私も急いで部屋を出た。


(トイレ!トイレ!)



トイレと歯磨きを終わらせてリビングに行くとユンはスマホを見ながら朝ごはんを食べていた。

ユンの横に座り、改めてメッセージを確認してみる。



――――――――――――――――――――

《LINE》



ソヒョン:アミさんご結婚されたんですね?

     おめでとうございます。


 ミンソ:おめでとうございます。


ソヒョン:ユン選手大変だったんですか?

     支えてくれた事が結婚に

     繋がったんでしょうね。


ソヒョン:正直言うと複雑ですが(^_^;)

     でもこれからも応援させて

     頂きます!


  エリ:すみません。

     私はやっぱりおめでとうが

     言えません。


  エリ:期待してたとかそんなんじゃ

     ないんですけど…

     やっぱり結婚されちゃうと…

     ファン…やめると思います。

     陰ながら応援はさせて頂きます。

     今までありがとうございました。


――――エリさんが退出しました――――


 ミンソ:私がシオン選手のファンに

     なった時にはすでに彼女いたので

     私は気にしないですけどね。

     あの2人はもう結婚するだろうし。


ソヒョン:エリはユン選手に

     本気だった所があって…


ソヒョン:でもアミさん、気にすることは

     無いですからね?


――――――――――――――――――――


「結婚した事どっかで話した?」


「ホームページとインスタ。復帰報告と一緒に。あむ。監督…に…出す様に、言われて。」


「そうなんだ…。」


「なんかあった?あむ。」


「言って良いのかな…。ファンのエリさんがファンやめると思うって…」


ユンは表情も変えずに朝ごはんをかき込みながら言った。



「ほとんど…居なくなるだろなって。んぐ。思ってるよ。」


「ほとんど?」


「だって結婚だよ?(苦笑)嫌な人多いでしょ。」


「そう…よね…。」


「来るもの拒まず、去るもの追わず。この世界はそんなもんだよ。新しいファンが目を付けてくれる、あむ。ように、頑張るしかない。」


「うん…。」


「あんま気にすんなって(笑)色が白くて可愛いからファンになったのに声が低くて可愛くないです。とか、クールだと思って好きになったのにふざけてるとこ見て違うなと思ったとか色んな事言う奴は居るし(笑)去ってくファン1人1人の要望なんか聞いてられないからさ。」


「そっか…。それでも去って行かないでいてくれるファンの人達を大事にした方が良いよね。」


「そうだよ。」


ユンはご飯をおかわりして食べ終わると、またバタバタと自分の部屋に着替えに戻った。



私はエリの居なくなってしまったグループにメッセージを入れておく事にした。



『おはようございます。お返事出来ずにすみません。実は私も体を壊していて学校を休んでいました。昨日復帰したのですが疲れて寝てしまっていてお返事出来ませんでした。報告も出来ずにすみませんでした。』



――パタン!


「アミ!監督から!忘れてた。」


「何?」


「夏休みの練習試合。撮影出来るか聞いといてって。」


「あぁ…。先生に聞いてみる。」


「うん、行ってきます!」




ジアン達には

2人同時に身体を壊してしまって、支え合って行きたいから入籍だけすると伝えてある。


復帰おめでとう。

堂々と夫婦と言えるね。

また8人で会ってお祝いしよう。

といった事が書かれていた。



ヒョヨン先輩にもジェヒョンとの事は言えず、

一悶着あったが身体を壊してそれ以来大学に行っていないので関わりは無い。

サークルも入って無いらしいとだけ伝えた。

あとは、ジアン達同様に入籍する事を伝えていて、ユンのインスタに対しての反応が書かれていた。


『ファンに何を言われても気にしたらダメだよ。一時的な事だから。』



(鋭いなぁ。敵わないわ。)



ユンが今まで通り、自転車に乗って大学に行った。

私も同じ様に1人で電車に乗って大学に行こうと思っていたらお母さんに叱られてしまった。


「痴漢にでも会ったらどうするの?もう少し自分を労りなさい。帰りは実家に帰るのよ?お母さんがこの家に送ってくれる事になっているから。わかった?」


「はい。わかりました。」



大学で1日過ごす間に何人ものバスケ部のファンに会って『おめでとう』の言葉を貰ったが

ユンのファンからは一言も貰わなかった。

良い言葉も悪い言葉も何も聞けない。

ただジロジロと見られるだけだった。

ユナとは一切目が合わなくなった。



夕食後のジョギング。

まだ2周以上は走れない。

3周目をウォーキングに変えてからヒョヨン先輩にLINEをするとすぐに返事をくれて、電話で話す事になった。


「今、大丈夫なんですか?」


「うん。大丈夫。シオン、チームメイトと呑みに行ってるし。」


「良かった。」


「で?ファンがどうしたって?」


「いや、あの。うちの大学にも沢山いるんですよ。ユンくんのファンが。」


「うん。ユナとかね(笑)」


「あ、そう。そうですね。その…ユンくん以外のファンの人は皆んな色々と声掛けてくれたんですけど、ユンくんのファンは誰も何も言ってくれなくて。あ、別に何か言って欲しいとかじゃ無くて。ファン心理みたいなのが分からなくて頭混乱してるんです。」


「どう混乱してるの?」


「公表して良かったのかなとか…。」


「公表しないで時間が経ってから、実は結婚してました。の方が絶対にダメだよ。」


「まあ…そうですよね。」


「ユンってさアミちゃんと再会する前、ホントに連れてる女がいつも違ってたんだよ。」


「想像付かないですけど…。」


「その時のファン心理ってね、私もその女の1人になりたい。だったの。」


「ああ。はい…。」


「それがさ、いきなり現れた女が独り占めしてもう手が出せない状態にしたわけよ。そりゃムカつくよね。」


「はぁ。なるほど…。」


「ムカついてる相手に声掛けられるか?無理っしょ。」


「そうですね…。」


「皆んな怒ってるんだな。って思っておくしか無いね。でもアミちゃんは気を使わないで普通にしてなね。」


「はい…。」


「ユンがどうせ言い出したんでしょ?」


「何をですか?」


「結婚!」


「分かるんですか?」


「分かるよぉ!(笑)でも、悔しいね!」


「はい?(笑)」


「ファンは皆んなアミちゃんが結婚を迫ったと思ってるよ?きっと。ムカつくね!!」


「ムカつきはしませんけど、怒らないで!とは思いますね(苦笑)」


「いい迷惑だよね!(笑)」


「あはは(笑)あの…。先輩のおかげで少し気が楽になりました。ありがとうございます(笑)」


「それは良かった。夏休みにでもさ、うちにおいでよ。お祝いしよ。」


「はい。ありがとうございます(笑)また電話しますね。」


「うん。またね!」



ジョギングコースをもう一周歩きながら

色々考える事に疲れてしまった。

ファンが少なくなるのは申し訳ないし寂しい事だけど私の力ではどうする事も出来ない。

出来る事があるとしたら離婚だけ。


(それは無いもんなぁ。)


・ 


1日考えて吹っ切れたのか運動でスッキリしたのか、シャワーを浴びたらモヤモヤは消えていた。

程よい倦怠感が自分を急かす。

急いで髪を乾かし歯を磨き、スキンケアをしてベッドに入る。



眠りに就くまでの短い時間、私は楽しみにしてしまっていた…


もうすぐ帰って来るユンに


起こされる事を………。

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