第32話 ユンを癒すアミの想い

「なにそれ?下手くそだな、お前。」


ドリブルする私を見て

呆れた顔でユンが言った。



「ドリブル出来てるじゃん!」


「それで走れる?」


「出来るし!」


「ぎゃはははは!」



ドリブルしながらゴールに向かって走る私を

鈍臭いと笑っている。


悔しいけど嬉しい。



「私のボールを取ってみろ!」



あっと言う間にボールを取られてゴールを決められてしまった。


バスケの練習を一緒にしたり

1人で練習するのを側で見たりしたあと

いつものベンチで休憩をした。



「知らない間に暖かくなってるね(笑)」


「学校…戻るの?」


「戻りたいと思ってるよ。ユンくん…は?」


「やっぱり…バスケはしたいと思うよ。」


「だいぶん善くなったね(笑)」


「うん…。」


ユンは何か少し心配事があるかの様に

目を逸らし微笑んだ。


その様子が少し引っ掛かりながらも

バスケへの熱が冷めていない事が嬉しかった。


――――――――――――――――

それから約1週間後。

ヨンスク先生から思いがけ無い事を聞かされた。



「あなたはもうだいぶん良いわね。次からは週に一度にしましょう。」


「分かりました。」


「でね…。ユンくんの方なんだけど…。」


「何ですか!?」


「ある事についてわだかまりがあって、その事が心に大きくのしかかっているの。私は確かな答えを知らないから下手な事は言え無いし…。」


「わだかまり…ですか?」


「その答えを知っているのはアミさん。あなただけなのよ。」


「わたし!?」


「私も、心理学を生業なりわいにしている身としてその答えに興味がある。だけどその答えはユンくんを苦しめるかもしれ無い…。」


「ユンくんにとって悪い事なんて無いはずなんですけど…。」


「ユンくんにはあなたに聞いてみるとは言ってないの。良い答えなら直ぐに話してあげるけど、悪い答えならアミさんと話し合ってどう伝えるか決めるつもりよ。」


「何ですか?」


「ユンくんが助けに入った時…あの男を殴らせ無い様に抱きついて庇ったそうね。『お願い!殴らないで!』って。それはどうして?」


「かばった?かばう?」


「ユンくんは、そのアミさんの行動が理解出来なくて不安になってる。もしかしたらって…」


「か、庇うって?どういう意味ですか?ユンくんが言ったんですか??」


「そうよ。あの男をアミさんが身を挺して庇ったって。警察を呼ばなかったのも犯罪者にしたくなかったのでは無いかって。」


「庇うってどうゆう意味でしたっけ?私、使い方間違ってるのかな?意味教えてください!」 


「い、意味?意味は、その、何か害が及ぼうとした時にその人の代わりに自分が受けるみたいな…守ってあげるって意味よね?」


「じゃあ、私!庇ってません!!」


「警察を呼ばなかったのは女としてわかる部分はあるんだけど…。庇ってないなら、その行動の真意は何なの?」


「ユンくんに殴って欲しくなかったんです。プロの選手になれないと思ったから。プロになれたとしても後からバレて言われるかもしれないし、あの時咄嗟に体が動いて…ユンくんが殴ったりしない様に!としか考えられなくて…」


「うんうん。」


「ユンくんの手を押さえるより、あの人に行く方が確実で早いと思ったんです。もし、ユンくんじゃ無かったら殴らせてました!」


「なるほど…そうゆう事か(笑)」


「警察が来たら私の事は沢山の人が知る事になって、プロ選手になってからもずっと言われると思って…そんな事になったらユンくんも私も両方が辛いですよね? 私、ユンくんの夢の邪魔者になりたくないんです。」


「ユンくんはずっと、あなたがあの男に好意を持っていたのでは無いか?って、そんな思いを払拭ふっしょく出来ずにいたのよ。」


「もーう!!!あの人なんでそんなにバカなんですか!?」


「バカ!?(笑)そうねぇ。どうしてかしら?(笑)」


「もう…。考えられない…。」


「整理するわね。」


「はい。」



「ユンくんは…



お願い!【大切なこの人を】殴らないで!



と、思い込んでいて、本当は…



お願い!【ユンくんの夢の為に】殴らないで!



だった訳よね?」


「そうです。」


「はぁ。スッキリしたぁ(笑)でも、アレね(笑)」


「何ですか?」


「あなたは凄い人だわ(笑)」



――――――――――――――――――

部屋を出ると、何かを悩んでいる様な顔をしてユンが座っている。

病んでいる人を捕まえて申し訳ないが、

呆れて笑いそうになってしまった。





――バン!!



「びっっくりしたぁ。」


「何なのよ!?」



部屋に入り30分程が過ぎただろうか

ユンが勢いよく部屋から出て来た。

さすがのユンのお母さんもこれには驚いていた。




「アミ!ごめん!」


椅子に座る私の前にひざまずき抱きついた。



「どうしてそんなに俺が1番なんだよ!?」


「好きだからだよ。それ意外にあるの?」


両手でユンの顔を力強く挟んで、口を尖らせてやった。


「ユンくんはなんで、そんなにバカなの?」


「ぎょめんなちゃい。」


可愛くて笑ってしまう。

そのまま続けた。


「どうしたら良いの?どうしたらユンくんを安心させてあげられるのかな?」


「けっきょんして…」


「は?(笑)」


手を離してあげた。


「じゃあ、俺と結婚して。」


「結婚?(笑)いつするの?」


「今すぐして。」


「今すぐ?(笑)」


「うん、今すぐ。」






「いいよ。」





・ 




――――――――――――――――――

5月下旬、私たちは結婚に向けて直ぐに動き出した。

それぞれの大学でどの様な手続きが要るのか。

手間が掛かると思っていたのに、拍子抜けしてしまうほど簡単に手続きが出来る事がわかった。


私たちは役場に婚姻届を出して、学校にも書類を出し

 



正真正銘の、夫婦になった。




しかし、私たちには収入がない。

まだまだ両親のサポートが必要だった。

2人で暮らす事は不可能。

そこで私は、ユンのお家で同居をさせて貰う事になった。







ユンはやっと、私という人間を理解出来たようで、不安が無くなったのか

結婚が薬となって、みるみるうちに元気になって行った。


6月中旬。

ヨンスク先生の許可を貰い、2人揃って

7月1日付けで大学に戻る事が決まった。



・ 

・ 


――――――――――――――――――

大学復帰を4日後に控えた土曜日。


私たちは、何度も三ツ星を取っているという最高級のレストランの個室に来ている。


両家揃って、結婚のお祝いの食事会。


もちろん自分たちではこんな所でお祝いをするなんて発想にない。

ユンの母方の祖父が

『全部任せなさい。』

と、お店の手配や費用のお支払いに加えて、この食事会の幹事まで引き受けてくれた。


ユンの祖父は輸入業をしているだけあって

身のこなしや話し方など全てが洗練されていて年齢不詳に見えた。

珍しい柄のスーツを着こなし、とても格好良く見える。



「アミさんはニコニコと人見知りもしなくて話しやすいね。」


「ありがとうございます(笑)」


「私の仕事には良い人材なんだけど、卒業したらやらないかい?」


「じいちゃんやめてよ。アミはやりたい事があって大学に行ってんだから。」


「じゃあ、何かあったら頼って来て良いからね(笑)」


「ありがとうございます。」


私の両親も一緒に頭を下げた。





「じゃあ、ユン。挨拶しなさい。」


幹事であるユンの祖父が声を掛けると、ユンは姿勢を正し話し始めた。




「今日は僕たちの為に時間を作って頂きありがとうございます。まだまだ自立も出来ないのに結婚を許してくれてありがとうございます。アミのお父さんお母さん。」


「はい。」


「夢を追いかけてる途中の僕に、アミを預けてくれて感謝してます。幸せにします。待っていて下さい。」


「うん。ありがとう(泣)」



「お父さんお母さん。」


「うん。」


「色々心配掛けてごめんなさい。もう、大丈夫だから。ずっと感謝してます。これからもう少しだけ、世話になります(笑)」


「うん(笑)」



「アミ。」


「はい。」


「アミを幸せにしたいと思ってるんだけど…正直、俺はもう幸せなんだ(笑)」


「うん(笑)私もだよ。ユンくんが元気でそばに居てくれるだけで良い。」


「プロ選手の夢は捨ててない。だから苦労させるかもしれないけどついてきて欲しい。宜しくお願いします。」


「こちらこそ、宜しくお願いします。」


2人向かい合い、頭を下げて微笑み合うと

ユンのお母さんが堰を切ったように泣き出してしまった。


その泣き方は普通では無くて、全員の涙を誘った。





「さ、さ。乾杯でもしよう。」


ユンの祖父がグラスを持つよう促し乾杯した。

その後間も無くして料理が運ばれ、笑いの絶えない食事会がスタートした。




「アミさんって、ナイフとフォークを上手く使いこなしているよね?どこかで習ったりしたの?」


「あの、えっと…」


ユンのお父さんに言われて答えに困ってしまった。

ユンが大きな口を開けて、声も出さずに笑っている。

なんて答えようか考えていたら


「この子、中学生の時に何かの映画に影響を受けて、家のご飯をナイフとフォークでしばらく食べていたんです(笑)」


「もう!お母さん!(恥)」


「あははははは!(笑)」


暴露され恥ずかしがる私を見てユンが笑った。


「何?良いじゃ無いの。この子、キムチも切って食べてましたからね(笑)」


「キムチも!?バカだなぁ!あははは!(笑)」


ユンのお母さんは苦笑いをしていて、

お父さんは

「可愛い。可愛い。」

と笑ってくれた。





「ところで、2人に言っておきたいんだけど。結婚式は絶対に挙げてね?」


ユンのお母さんが言う。


「結婚式…もちろんしたいですけど…。いつやるかって事もあるし。…条件をつけても良いですか?」


「条件?何?」


「ユンくんがプロ選手になったら結婚式をします。なれなかったらしません。」


全員が息を飲み驚いた。


「ちょっと、アミさん。私より厳しいわよね?」


「ホントだね(笑)」


「ユンくん、私のためなら頑張れちゃうんで、大丈夫です。」



「ね?」



ユンの顔を覗き込むと苦笑いをしていたが

私が明るく笑いかけると


我慢出来ずに、つられて笑った。

 

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