第31話 一縷の望み
――タンッ、タンッ、タンッ、タンッ
ユンがドリブルをしながらディフェンスを睨んでいる。
なんてカッコいいんだろう!
ディフェンスの間を縫ってシュートを決めた。
その時のほんの少しだけ笑う顔が、たまらなくカッコよくて可愛くて私の密かな大好物だった。
だった?
もう見られないの?
――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ
静かに目を開けると、ユンの胸の中だった。
顔を上げるとユンも起きて、鼻で大きく息を吸い体を伸ばした。
「ごめん、起こしちゃった。」
「いいよ。大丈夫だよ。」
自然の流れでキスをした。
触れるだけの軽いモノとは違う
いつも私たちがしていた普通のキス。
今はもう何も怖く無い。
ユンが望むならアレだって出来ると思う。
ユンの望む事ならなんだってしてあげたい。
ユンがレギュラーを外れたのは私のせい。
笑うユンの目の奥に、違和感の様な物は無かったのか。
ぎこちない表情をしていた事は無いのか。
記憶にあるユンを思い出し何度も問いかける。
私に気を使い、食べていないと思っていた。
何てバカなんだろう。
ユン自身も食べられなくなっていたのだ。
ユンの異変に気付いてあげられなかった事を
毎分毎秒責め続けた。
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――――――――――――――――――
「あなたはユンくんの事しか聞く事は無いの?(苦笑)」
ヨンスク先生に呆れられてしまった。
ユンも同じ様に治療を受けているのに、気になるに決まっている。
ユンは私の全てなのだから。
「私の事なんてどうでも良いんです。私は過去に自分で病気を治しました。ユンくんを早く治してあげて下さい。」
「今回のアミさんの傷は種類が違うのよ?」
「もう、既に治ってる様な気がするんです。」
「なんてこった…。」
ヨンスク先生は
私も座っている同じ形の大きなチェアーの背もたれに力一杯もたれかかり、目を瞑った。
背もたれの揺れが収まると
目を開け覚悟を決めた様な顔を向けた。
「ユンくんが言っていたわよ。アミはいつも俺が1番なんです。って。」
「自分よりも大切な人です。」
「そう?」
ヨンスクがお水を一口飲むと続けた。
「これは、アミさんにとって荒療治になる。こんな事をするなんて同業の医師が知ったら、私を非難するでしょうね。だけど、もしかしたらアミさんも善くなるかもしれない。ユンくんが1番だと断言するアミさんに賭けてみたいんだけど…。ユンくんを治すためにやってみる?」
「何でもします!何をしたら良いですか?」
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『自分の病気に向き合う事を一旦やめて、ユンくんの病気を治す事に専念するの。ユンくんの病いだけを見て尽くすのよ…どう?やってみる?』
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遅い時間にはなるけれど、診察のある日は病院の後に晩御飯を食べるというのがいつもの流れ。
2人ともあまり食べないのに、2人の母はお腹いっぱいになる以上の物を用意してくれている。
「ユンくん。食べよ。」
「無理するなよ。」
「無理なんてしてないよ。今日、何だかお腹空いてるんだ。」
「味しないんでしょ?」
「もうそんな事無いよ。食べよ。 あ、じゃあさ、私が一口食べたらユンくんも一口食べて?」
「うん…。」
おかずをお箸で掴んで同時に口に入れた。
「あれ?味がする!これ美味しい!(笑)」
「ホント?」
「次、何食べる?」
「これ。」
一緒に口に運ぶ。
「次は?」
白いご飯を口に入れた。
「やっぱりご飯だよね!?これご飯欲しくなるね。えへへ(笑)」
「う…ん…」
「ユンくん。食べながら泣くのは辛いでしょう?泣かないで食べて。」
「ひっ。う、ん。」
「ちゃんと食べたら、後でヨシヨシしてあげるから。(泣笑)」
「いらねぇ(泣笑)」
「遠慮しなくていいんだよ?(泣笑)」
「じゃあ…して(泣笑)」
「ふふふっ(笑)」
今出来る、最大の笑顔を見せると
ユンも笑った。
その涙に濡れる笑顔は、
助けを求めている様に見えて、
更に私を奮い立たせた。
・
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ベッドの上で、いつもならユンの胸の中に入るのに、今日はユンを胸に抱いた。
ユンは素直に従い、私にしがみつく。
頭をヨシヨシと撫でると少し笑ってくれた。
なんて心地が良いのだろう!!
ユンの抱える負を吸い込み
浄化してユンに戻している様な気分。
空気洗浄機?
目を瞑り静かに笑う。
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桜の花びらの舞う渡り廊下で
宙に浮かぶ私は、あなたを見下ろす。
私の笑顔につられてあなたが笑っている。
私があなたの心に、温かい風を送り込んであげよう。
バスケのプロ選手になる夢も、私が叶えさせてあげる。
私はあなたの勝利の女神。
私を選んだ事を後悔させない。
桜色の
あなたは見上げて捕まえようと
右手を差し出すと、嬉しそうに手を伸ばし握った。
私が連れて行ってあげよう。
何も心配の要らなかったあの頃へ…。
・
・
目が覚め、静かに目を開けると
ユンと目が合った。
「眠れないの?」
「寝てだんだけど…起きた。」
「それって、眠れないって言うんじゃない?」
「そ、っか…。」
枕とユンの首の隙間に腕を入れて私の嫌いな腕枕をして抱きしめた。
「ユンくん…。」
「うん。」
「ユンくんはいま、病気なんだよ。でもね。不治の病じゃないの。絶対に治るよ。」
「う…ん。 はぁっ。」
病気だと言われてスッキリしたのか、治ると言われて希望が出たのか
呪縛から解放されかのような顔をして
震えながら泣きだした。
「一緒に治そうね。」
「アミ…。ごめん。本当に…ごめん。」
「大丈夫だよ。ユンくんは何も悪く無い。」
「ごめん。許して…。」
「ユンくん…愛してる。」
「うっ、うぅ…。」
「許すも許さないもない。私はただユンくんを愛しているだけだよ。」
「俺も…愛…してる…。」
私からキスをした。
唇を離しニコリと笑うと、
ユンは興奮したかの様に体を起こし
私に覆い被さった。
ユンの涙が顔にポタポタと落ちてくる。
ユンは深呼吸をすると
意味ありげな少し力の籠ったキスをした。
「ユンくん……したいの?」
「…………。」
「良いよ? しよう…?」
――――――――――――――――
翌日から私たちは、ほんの少量でも一緒に三食のご飯を食べる事にした。
お笑い番組や小動物の癒し動画を見たりして笑う事を心がけた。
ユンのお母さんがバスケットボールを持って来てくれていて毎日触っている。
家の中で2人でパスをして遊んでいると、私の母親がテレビや家具にぶつけないかと心配そうにボールを目で追う。
それが面白くて2人で笑い転げたりした。
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私の荒療治が始まってから2週間が経ち、
主治医のヨンスク先生は
私の働きを褒め称え称賛を送った。
「お医者さんになれば良いのに。間違いなく私の助手が出来るわよ!(笑)」
「褒め過ぎです。私そこまで頭良く無いですから(苦笑)」
本来の治療を無視しユンに向き合う私を心配して、ヨンスク先生は私のケアを怠らない様にしてくれていた。
催眠療法を使い、私の潜在的な部分に自己肯定感をたくさん植え付けてくれた。
悪夢ももう見ないし、ユンと普通に愛し合っている。
ユンは私から見ても笑える様になって来ている。
ヨンスク先生も明らかに良い方向に向いて来ていると言ってくれた。
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悪い事は悪い事が重なり
良い事は良い事が重なるもの。
荒療治が始まり3週間が経った頃、
ある人から電話が掛かって来た。
「もしもし。あら?先生!ご無沙汰しております。えぇ、元気にしています。はい、はい。はい…、えぇ?そうなんですか!? そうですか…。わかりました。少々お待ち下さい。」
「ヒョヌ先生。代わってって。」
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「お電話代わりました。」
「お、声は元気そうだね。」
「はい。何とかやってます。」
「この名前は聞くのも嫌だろうけど、良い知らせだから安心して聞いて欲しいんだが…」
「はい。」
「ジェヒョンだが、一家でアメリカに移住したよ。」
「移住!?」
「韓国にいないから安心したまえ。」
「それは確かなんですか?」
「うちの顧問弁護士が調べて事実確認もしているよ。親族がアメリカにいてそこに居るらしい。」
「韓国に…居ない…。うぅ。 うわぁん!」
恐怖から解放されて心が浄化される気分だった。
母親から説明を聞いたユンが優しく抱きしめ背中をトントンと叩いてくれた。
ひとしきり泣いて落ち着いたのを確認するとヒョヌ先生は話を続けた。
「私がちょっと働きかけたら上手く行ったよ。」
「え?何を…したんですか?」
「うーん。匿名でな、ちょっとお手紙を差し上げたんだ。」
「どんな内容ですか?」
「お前の悪事は知っている。マスコミが知るのは時間の問題だ。とか何とか。な(笑)」
「えぇ?先生…。」
「映画の世界ではよくある展開だろ?」
「映画じゃないですから(苦笑)」
「だって、考えてみろ!警察にも突き出される事も無く何の制裁も喰らわせられ無いなんておかしいだろう!苦しんでいる人間がいるのに自由にソウルを歩き回るなんて許さん!!」
「先生(笑)ありがとうございます。私、学校に行けそうです(笑)」
「アミが戻って来るのを待っているよ。」
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その日の夜。
ユンの家でささやかなお祝いをする事になった。
母親も一緒に泊まる。
ご飯を食べた後、ユンに提案をしてみた。
ユンの答えは想像の少し上を行き、
その場にいる全ての人間に
「ユンくん。いつもの公園に行ってみない?」
「じぁ。ボール… 持って行こうかな。」
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