第28話 孤独な闘い

日が変わった頃、父親が車を飛ばして単身赴任先から帰って来た。


――娘が交通事故に遭った


と、伝えたら

会社はしばらく休む許可をくれたらしい。


両親の寝室のシングルベッドを2つくっつけて3人で寝ることにした。

両親は私を挟み抱きしめた。


子どもの頃に戻ったみたい。

守られている気がして心地が良い。



ジェヒョンとの事は


心底怖かった。



思い出すと身体がガタガタと震え出す。

お母さんはそれに気付く度に、私の体を抱きしめさすりながら泣いた。



ジェヒョンの言った『人形ドール』の意味が全然わからない。

意味がわからないから余計に怖かった。







真っ暗い部屋で私は1人。

ひたすら“お兄さん”が来るのを待っている。


――カチャ


お兄さんが来た。

その服、知ってるよ。

ソウル西校バスケ部のジャージでしょ?

誰か違う人も同じのを着てた気がするけど…

何だっけ?


お兄さんは私を見る事なく出て行った。


しばらくすると濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻って来た。


お兄さん、今日は遊んでくれないの?

私、ここで待ってるんだよ?


私のテレパシーが通じたのかな。

お兄さんは私を抱きかかえ、ベッドに寝かせた。


お兄さんがキスをする。

私は瞬きもせず、お兄さんが激しくキスをするのを眺めていた。

私の下着を脱がすとお兄さんはいきなり入って来た。

腰を激しく動かしている。

全然優しくない。

これで良いんだっけ?

違う気がする。


この人好きじゃない。



だんだん嫌悪感が膨れ上がり自我が芽生えた。


すると、瞬きができる様になった。



声が出せる様な気がする。



「ユ」


「はぁ、はぁ、あ?」


「ユ…ン」


お兄さんは腰の動きを止めた。


「なんて言った?」


「ユン…くん」


「その名前は言うなっ!!」


お兄さんは私を何回も殴った。

痛くない。



だって


私は


人形ドールだから。




お兄さんは私の中で果てると呟いた。




「この人形ドールはもう廃棄だな。」




ここはどこ?


崖の上…?

お兄さんは片手で、私を乱暴に引きずっている。


「バイバイ。」


そう言うと崖の上から私を簡単に捨てた。




――ガクン


「は!!あぁ、あっ、あっ、あ…」


「アミ!!アミ!?」


「お父さん!アミが可哀想!もう!どうしたら良いの!??」




体を大きく跳ねさせ泣く私を、両親は泣きながら抱きしめたり撫でたりしている。


夢の中で私はジェヒョンに乱暴に扱われ捨てられた。


両親が抱きしめてくれているのに、夢の中では孤独だった。



私は孤独。



私しか…


あの出来事を知らない…。






夜中の3時。

眠れなくなった。





昨晩、私が診察を受けている間にヒョヌ先生は大学と連携して色々と手配をしていた。

午前10時、ジェヒョンと両親が大学に来るという。

話し合いの為、私たちも10時に行く事になっていた。

先生は私がジェヒョンに会わない様に、それぞれ違う建物の部屋を用意してくれた。


そろそろ準備しなきゃ…。


学校に行くのが怖い。



9時過ぎ。

私のスマホに着信。


ユンだった。



「いま、朝練終わってさ…。」


「おつかれさま。」


「今日、バイト…休むだろ?」


「うん…しばらく休むと思う。外に出るのが怖くて…。」


「今日、家に行くから。」


「うん。ありがと。」


「部活休めるけど、どうする?」



休んで来て欲しい、だけど、言えない。

黙ってしまった。



「いや、休んで行くから。」


「ありがと(泣)」


「何かあったら電話して。いつでも出るよ。」




指定された部屋に着くとヒョヌ先生が既に待機していた。

もう1人、大学の事務の女性職員が居た。

あちらの部屋にも先生と職員が居て、先生2人が代理人として電話を使い話しをしてくれると言う。

声も聞かないで済む。

両親は先生に何度もお礼を言った。




結局…


ジェヒョンは、退学処分となった。


ジェヒョンの両親は、警察に通報しなかった事に感謝し慰謝料をたくさん払うと言う。

受け取る事にした。


私への接近禁止令を出し、破った場合には警察に出頭するという誓約書を書かせた。


私はしばらく学校を休む事を勧められた。

リモート授業を受け簡単なレポートを出すだけで成績を付けてくれる。

学校の方も、警察沙汰にしなかった事を有難く思っているようだった。


話し合いは1時間程で終わった。




外でご飯を食べるのが怖い。

ドライブスルーでハンバーガーを買って

家で食べた。


味がしなかった。



食べ終わってから両親は、私のバイト先へ向かった。

しばらく休ませて貰う、それが無理なら辞めさせて貰おう。

と私の代わりに相談しに行ってくれた。


きっと辞める事になるだろう。


(店長さん…好きだったんだけどな。)





――ピーンポーン



ビク!


「はぁ、はぁ、はぁ」


恐る恐るインターホンのモニターを見ると

ユンが立っていた。



――ガチャ


ユンがわざと口角を上げて玄関に入ってきた。



「どうしたの?(泣)」


「部活休むんだったらさ。午後の授業休むのも一緒だよなぁって思って(笑)」


「一緒じゃないけどね?」


「ふっ(笑)」


「ふっ(笑)」


ユンは靴を脱いで家に上がると抱きしめてくれた。


「うぇ…(泣)」



感触と匂い。


私の好きな人。



ユンの匂いと温もりに触れて安心したのか

足の力が抜けて倒れそうになった。

ユンが抱きしめてくれていたおかげで倒れずに済んだ。



「どうした!?大丈夫?」


「うん…眠たくなっちゃった…。」




私がリビングのソファーに横になると

部屋から毛布を持って来てかけてくれた。

ユンはソファーに座って膝の上に私の頭を乗せた。



眠れそうな気がする…。







扉も窓もない真っ白な部屋


こんな部屋、どうやって入ったんだろう?


ん?


四方の壁が徐々に近付いてくる!


壁はあっと言う間に私を潰した。





――ガクン


「はぁ!」


「アミ!?」


「は!は!はぁ。あぁ…」


体を跳ねらせ目が覚めた。


「大丈夫!?」


そう言うとユンは、右手で私の右腕や背中を何度も撫でた。


「うん…ごめんね。どれくらい寝てた?」


「5分くらいしか経ってないよ。」 



――眠れない。




もう一度目を瞑る。



眠れそう…。






扉も窓も無い真っ白な部屋


右側の壁が近付いて来る。


壁はあっと言う間に私を潰した。



――ガクン


「はっ」


「アミ…。」



よく似た夢を見ては目が覚める。


4回繰り返すとユンが辛そうに泣き出した。


「ごめん…、俺が…置いて来たから…」


「ユンくんのせいじゃ無いよ…。悪いのはあの人なんだから…。」


ユンに触れていて安心するのか

何度目が覚めてもまどろむ。


6回目に目覚めた時、両親が帰っていた。



「アミぃ(泣)可哀想に!」


母親もユンと一緒に体を撫でた。


「これをずっと…繰り返してるんです…。」


「アミ…少し話せるか?」


父親に言われて起き上がった。

父親が目の前に座り両手を握った。


「ヒョヌ先生に言われたんだ…。きっとPTSDで苦しむだろうって。直ぐにお医者さんを探すから診てもらおうね…。」


黙って頷くと我慢が出来なくなって泣いた。

3人に抱きしめられて

『きっと大丈夫』と思えた。



バイトの方は一度退職扱いにして、

病気が治ったらまた来て欲しいと言ってくれたらしい。

両親は『病気』としか言えなかったと苦笑いしていた。





1人でお風呂に入れない。

母親と入った。

腰の傷を見て泣いている。


「お母さん、ごめんね。」


「何ぃ?(泣)」


「泣いてばっかりだから(苦笑)」


「そんなのどうでも良いの!バカだねぇ。」





ベッドの中でユンが私を強く抱きしめている。


「腕枕は嫌だってば。」


「これしないと抱きしめられないだろ。」


「くっついてたら良いもん。」


腕枕を外してユンにくっついた。



「アミ…。 キスも怖い?」


「怖く…無いよ…。」



唇が軽く触れるだけの優しいキスをしてくれた。

私はやっぱりユンが大好きで、

嫌な気持ちは全く無かった。



朝までに何度も目が覚める。

体が跳ねる回数は少なかった。


やっぱりユンの存在が、私には大きい。




「あんまり眠れなかったでしょ?ごめんね。」


「寝たよ。大丈夫だよ。」


母親はユンの朝練に合わせて朝ごはんを作って食べさせた。



「ごちそうさまでした。行ってきます。」


リビングのソファーから立ち上がろうとする私を制止して玄関に向かった。

靴を履くユンに父親と母親が近付き何かを話している。


母親がユンに抱きつき、父親がユンの両肩を叩いていた。



「何…話してたの?」


「ユンくん、毎日泊まりに来てくれるって。」




ユンはこの日も部活を休み来てくれた。

お母さんを連れて…。




お母さんは私を見るなり泣き出し抱きしめた。

頭を撫で続ける。

お母さんの胸の中で、私はわんわんと泣いた。


その姿を父親と母親は泣きながら見ている。



「ごめん、毎日泊まりに来るには話さないとさ…」


「ううん。お母さんとお父さんは大丈夫。」


お母さんは私をソファーに座らせると隣に座り背中を撫でた。



「アミさん。私の友人にね、心療内科医が居るの。女医だし評判も良いのよ。一緒に行きましょう?」



「はい…。お願いします。」



孤独な闘いに終わりを告げるため

今回はお医者さんを頼る事にした。

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