第25話 ジェヒョンside:愛欲の対象

高1の時、俺は友達に誘われるがまま生徒会に立候補した。


人気のある俺は当選。

友達は落選。


友人曰く


「生徒会はモテる。」




モテる。

ってそんな良いもんじゃないぞ?

コイツにはわかんないだろうけど。


モテてもその先に行けない俺には

逆に厄介なモノだ。



中学の時の友達はみんな俺のことを


『宝の持ち腐れ』


と口々に言った。



幼稚園の時から皆んなより頭一つ飛び抜けていたせいで親はミニバスケのチームに俺を入れた。

やればやるだけ上手くなって褒められる。

背も伸びた。

顔も整っていて可愛い。らしい。


小学生の時からモテた。

バレンタインの放課後は靴箱も机の中もチョコでいっぱい。

直接渡す奴も沢山いた。


中学生の時は、バスケ部の練習中にキャーキャーとわめき散らしながら女が群がった。

目をキラキラウルウルさせて寄ってくる女には虫唾が走る。

告白も沢山受けだが、グイグイくる女は好きになれずに全部断った。



俺はどうも、

“愛される”よりも“愛する”方が性に合うらしい。

今まで何人か好きな子は居たけど、どの子も流行に流されず落ち着いていて

男に色目など使わなかった。


 

奥手で性格の暗い俺は、好きな子をただ見ているだけで良かった。


いつしか冷めて、違う子を好きになる。

の、繰り返し。


友達は皆んな、

寄って来る女の中から選べば良いのに、羨ましい不公平だ。

と、ため息をついていた。



高2の春、俺はまた生徒会に居た。

人気者が生徒会に居れば何かをする時に賛同が得やすい。

次期会長に説得されて残る事にした。


入学式で俺は受付の手伝いをしていた。





「この名簿の中から自分の名前を見つけて丸を付けて下さい。」


「はい。」


今日、何人もの新一年生を見てきたのに

目の前のこの子の事が気になる。



名簿に目を下ろし、落ちる髪を押さえた。



眼差し、仕草…。

まつ毛に鼻、くちびる…。



俺の身体の下の方が疼く。



なんだよこれ…。



目の前の子が名簿に丸をつけた。



――キム・アミ



「あ、胸に付ける花が無くなったからちょっと待ってね。」


立ち上がると、その子が



「わ、大っきい!」


と目を丸くして言った。


「え?」


「すみません。座ってると分からなかったので。えへへっ。背高いですね(笑)」



式の間俺たちは先生達と並び、生徒を見ていた。

キム・アミという子は1組で目の前にいる。


他の生徒が全部同じ顔のモブキャラの様に見える。

その子は“生きる人形”の様に座っていた。



人形…。


制服を脱がしたら胸が付いていて、腹の下には男を受け入れるアレも付いてんだよな。

そうゆう性処理をする人形ドールがあるらしい。



俺の視線が、頬でもつついたのだろうか。


前を向いていたその子がこっちを見た。

俺はすぐに目を逸らした。

充分時間を取ってから、その子をまた見ると目が合い


――笑いやがった。


男を落とすテクニックを知っていて実践したのとは違う。

天性の才能なんだろう。



しばらくして、

友達との会話から、その子の持つ気になる物の正体がわかった。



――フェロモン


と、いうらしい。





暗くて奥手な俺が今まで女に抱かなかった感情

無縁だと思っていた感情…



――この女とやりたい。



どんな顔をして悦ぶのか。

どんな声を出すんだろうか…。

頭の中で想像して1人で処理をする。   


告白の仕方も、付き合い方もわからない。

だけど、想像の中のアミは俺を求め悦び

愛してくれた。



奴は、入学して来る前から有名だった。

バスケ部にソン・ユンの名前を知らない人間は居なかった。


コイツがユンか。

立っているだけで太々ふてぶてしい。

なんか不満でもあんのか?

真っ白で貧弱そうに見えるのに将来有望な選手だと?

顔だってそんなにイケメンでも無いのにモテるらしい。

クールでカッコいい?

俺と一緒で暗いだけだろ。


陽キャ代表のシオンと

陰キャの俺は普段は交わらないが

バスケではいいコンビで試合に一緒に出して貰っていた。

なのにユンが来てからユンが選ばれる。

俺は蚊帳の外。


1年で最初の試合からスタメンレギュラー。

ユンは喜ぶ素振りを全く見せず

当たり前かの様に受け入れていた。


いけすかねぇ野郎だ。


同じ様に面白く思っていない3年がユンを遠回しにいじめてた。

いい気味だった。

なのにシオンがかばう。

俺はこの、正義だけが正しいと思っているような、皆んなの味方感を出しているシオンも好きじゃ無い。

だけど、陰キャの俺は大概の事を

良い人に見える方に合わせていた。




冬になってアミは、ごくたまにバスケ部の練習に友達と顔を出す様になった。

友達はキャーキャーと好きな男を見ているが、アミは静かなもんだ。

体育館の中を遠巻きに見ているだけ。

さすが、俺が目を付けた女だけある。

もし、俺を好きで見に来ているとしたら?

考えるだけでドキドキする。


アミだったら、告白されたら付き合うのにな。



3年では生徒会はやらなかった。

ファンの沢山いる俺はどうせ会長にさせられる。

目立つ事はしたくない。


アミを愛でるようになって1年が経った。

俺を刺激するアミのフェロモンは季節を変える度に強くなっている様に見えた。


アミの新しいクラスは5組。

全校集会、体育の移動、音楽や実験室の移動に食堂。

アミを愛でる唯一の時間。

アミを目で追うと、事もあろうか視界の中にユンが入る様になった。


春の大会で決定的な事が起こる。


アミはユンの“選ばれし者”として

ユンに同行していた。


よりによってユンだと?

人気のある男に群がるミーハーな安い女と

同類だったのか。

いつもならこの時点で好きじゃなくなるのに

アミは無理だった。

理屈じゃなく“動物的嗅覚”で惹かれている。

“生存本能”

簡単に言えば、性欲の対象。

気持ちの切り方が分からない。


部活中、アミは体育館に来る様になった。

明らかにユンを見に来ている。

周りの女どもが


「ユンくんと付き合ってるの?」


と聞く度に、嬉しそうに困った素振りで


「付き合ってないよ(笑)」


と答えた。


俺はユンに近づき聞いてみた。


「あの子と付き合うのか?(笑)」



「どうなんでしょうね。まだ、わからないですね。」



ユンは俺を、どこまでもイラつかせた。

そしてアミも。



自分から告白も出来ない奥手な俺は

ユンを見に来ていると分かっていても

せっかくのチャンスだからと

アミに近付いてしまう。


ある日、アミが映画好きだと知る。

俺も映画は大好きだ。

趣味が合う!


「俺も映画好きだよ。」


「そうなんですか?(笑)」


「最近観た映画って何?」



映画好きが勧める映画は大体、似通にかよっている。

だから俺はお勧めではなく、良いも悪いも含めて最近観た映画を聞いた。


「全然好きじゃなかったです。」

と言った映画の中に生々しく激しい濡れ場があった。

これをアミが見たのかと思うと興奮した。


このシーンをどんな気持ちで見たのか…。

自分もやりたいと思ったかな?

濡れたりするんだろうか。


「はぁ、はぁ、アミっ、うっ…。」




アミとやりたい気持ちが強くなるのに

アミは日に日にユンに夢中になって行く。


媚薬でも飲まされたかの様に、

トロンとした顔でユンと見つめ合う。

俺の想像で作った顔がそこにある。

俺では無く、大っ嫌いなユンに向けて…。



アミは時折、練習中のユンを見ながらうれう様な顔を見せた。

いつまでも付き合わず友達のままでいる。

付き合ってくれたら俺の方も諦めが付くのに、ユンはアミだけではなく俺の事も生殺しにした。

イライラはピークに達した。

ユンを見るとキツい言葉が口をつき

殴りそうになるのをボールに置き換えた。


その日は5回はボールをぶつけたかな。

シオンが俺に注意しやがった。

ユンが悪いのに?

やっぱりシオンも嫌いだ。




『可愛さ余って憎さ百倍』


どんなに苦しくても、

ほんのちょっとユンが笑顔を向けるだけで嬉しそうに笑うアミの事が

俺は嫌いになった。



だけど頭と下半身は違うらしい。

愛でる事がやめられなかった。

見ていると、アミはユンと一緒に行動をしなくなった。


ざまぁみろ。



バスケの推薦でソウル体育大学に入っても俺にはファンが沢山出来た。

だけど、好きな人は出来ずにいた。


2年の時、ユンがまた入学してきた。

相変わらず何考えてんだかわからない。

生意気な奴。


やっぱり嫌いだ。



ある日、街を歩いていたらユンのファンでアミと仲良くしてたテヨンに会った。



「あれ?ユンのファンのテヨンちゃんじゃない?」


「わぁ!ご無沙汰してます!ジェヒョン先輩!」



嫌いなはずのアミの事を探ろうと色々と世間話をした。


ユンとは一度も付き合う事なく連絡も取ってない。

今は優しい彼氏と藝大で楽しくやっている。


ユンと付き合って無いのならそれで良い。

気分よくテヨンと別れた。





3年の冬1月上旬。

俺は、

宴会続きでアルコールの抜けていない

仕事始めのサラリーマンの運転する車に轢かれた。

凍結した道路でブレーキが効かなかったようだ。

俺の体を擦った瞬間、タイヤに右足が巻き込まれた。


複雑骨折で全治4ヶ月。

リハビリも長く掛かった。

バスケの選手を続けるのは絶望的。

気持ち的に立ち直るのにも時間が掛かった。

立ち直るまでに1番考えたのは何故か、

嫌いなアミの事だった。

今どんな風になってんのか見たくなった。

昔抱いていた目標を思い出した。

それがモチベーションとなりリハビリを頑張れた。


両親は立ち直れた事が嬉しいと、藝大に進む事を許してくれた。



入学式のその日に再会出来るとは。


垢抜けを通り越してチャラく無いか?

髪色といい、雰囲気といい。

男を知っているその雰囲気は、童貞の俺には刺激が強過ぎて“お姉さん”に見えた。


アミの発するフェロモンは相変わらず俺を刺激した。


いつまでも奥手でいるのは違うだろ。

昔の目標…


アミを相手に童貞を卒業する。


再会した俺にはチャンスがある。

まずは彼氏が居るのか確認しないとな。

居たら時間は掛かるが待ってやっても良い…。




は?

はあ?

この女は一体、何を言ってるんだ?

ここへ来てまた俺を裏切るのか?


ユンと付き合っているだと?



「今すぐ、別れろよ。」



あの時の俺とは違う。

ユンが相手なら別れさせてやる。

やられっぱなしで居られるかよ…。





――――――――――――――――

《現在》



何を話せば良いんだよ。

話せない事ばかりなのに。

だけど、逃げ出せそうにない…。



「高校の入学式の日からアミが好きで、ユンが嫌いでした。嫌いなユンと付き合ってるって知って腹が立って…。それで…。」


「別れさせようとしたのか。」


「はい…」


「何で嫌いなんですか」


アミが怒りに震えながら聞いた。


「1年からレギュラーのくせに当たり前みたいにスカしやがってレギュラーになれなかった先輩の事考えた事あんのかよ。」



「ユンくんはずっと頑張ってたからレギュラーを取れたんです。ただの妬みでしょ?そんなんだからレギュラー外れるんですよ!ユンくんのせいにしないでよ!」


怒りが収まらないのか、まだ続けた。


「本当に可哀想な人ですよね!一生懸命に頑張っていたら悔しくても嫌いになんてならないはずです!何でも人のせいにしてたら楽でしょうね!?」


「あぁ?」


「事故にあったと聞いて、辛かっただろうなって…思ってました。だから、ちょっと荒れてるのかなって…我慢してたんです! でも、だからって…やって良い事と悪い事があります。私…あなたを絶対に許しません。」



言いたい事を言い終えても尚、怒りに震える女をどうやってなだめたらいいんだろうか。

まだ、目標を捨てきれない俺は漠然と考えた。



この後、


予想もしなかった展開が俺を待っていた…。

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