第18話 4年生最後の大会:決勝

大会・最終日


昨晩、ビデオカメラのデータをお父さんのパソコンに保存してSDカードを空にしておいた。

電池も充電済み。

準備バンタン。



集合場所に着くとほとんどの選手がすでに集まっていた。

表情はどこか穏やかで

『これは撮っておいた方が良い。』

カメラマンとしての衝動に駆られた。


ユンの両親に先に並ぶように伝え

こっそりカメラを出して録画を始めた。


撮影に気付いて、笑顔やピースサインを向ける選手が何人かいる。

4年生を中心に撮った。



今日のスケジュールは

第1戦目に決勝があり、そのまま表彰式

午後に3位決定戦があってその後3位の表彰式がある。



コートに降りて撮影を開始した。

今日のウォーミングアップは力が入っているような気がする。


相手チームを見ると、かなり強そうに見えた。

2階の観覧席に視線を移すと男性の姿が目立つ。

よく見るとスーツを着ていて体格も大きい。


(みんなスカウトの人達なのかなぁ。敵にもスカウト来てんだろうなぁ。)


向こう端からこちらまでを順番に見ていると、ほぼ正面の所で目が合い手を振ってくれる人が居た。


笑顔で会釈する。


「ん?」


ユンが2階を見る。

手招きをして呼んだ。


「あの方達だよ。私に名刺をくれたの。」


ユンが慌てて会釈をすると、釜山のプロチームの2人が笑顔で会釈し手を振ってくれた。



「アミちゃん、どうしよう緊張で気持ち悪いよ…。」


「最後ですもんね…。」


ヒョヨンの言葉に上手く返事をしてあげられなかった。



シオンを囲み円陣が組まれる。




「皆んなと一緒にここまで来れて嬉しく思ってる。せっかくなら今までで1番楽しい試合にしよう!笑いながら金メダルさらってやろうぜ!!」




保護者やファンが力の籠った拍手を送る。

もう、すでに私は泣きそうになっていた。

緊張で手も冷え切っている。

来年のユンの最後の時に、私はどんな風になっているのか。

緊張で撮影なんて出来ないかもしれない。



第1クォーター

ソウ体大が2点のリードで終えた。

かなりの接戦で、選手達は肩で息をしていた。

相手チームも同じだった。



第2クォーター、ユンはベンチに居る。

相手チームが何度も選手交代をした。

体力の余っている選手との交代が有利に働き

相手チームに4点リードされて終えた。



20分のハーフタイム


ユンはコートに出て練習している。

メンバーに入るのだと分かった。



第3クォーター

ユンともう1人の3年がメンバーに入る。

シオンと副キャプテンはベンチに戻った。



ユンとは別の3年選手は小柄な体格で、かなりの俊敏だった。

大きな選手の間をすり抜けレイアップを決め続け、一瞬に同点にした。


そうなると、あからさまにマークされる。

そのおかげでファウルが増え

フリースローが合計4本与えられた。

そのうち2本入れてソウ体大が2点リードした。


ソウ体大の選手交代

3年選手が副キャプテンと交代した。

ここから、シューティングガードのユンの攻撃が始まった。


相手チームのシュートが外れ、リバウンドで副キャプテンがボールを取るとフロントコートへ走りユンにパスをする。

ユンはインサイドに入らない様にドリブルして場所を決めるとシュートした。


面白いようにスリーポイントが3本決まり11点のリード。

観客も湧き立ち選手達にも笑顔が見られた。

リズムに乗り出すと大体、止められるもの。

タイムアウトで流れを止められた。



ベンチに戻るとシオンが手を挙げユンとハイタッチをして笑い合った。

ビデオカメラはその場面を抑えた。


試合再開。


副キャプテンとユンのコンビの勢いは止まらず、スリーポイントを2本決めると第3クォーターは終了した。



第4クォーター

ソウ体大の17点のリード

監督の采配は4年生全員を満遍まんべんなく出すらしい。

今まで試合に出ていなかった5人が選ばれた。

とは言ってもユンのお父さんが言う通り普通の選手は居ない。

スピード、パス回しどれも素晴らしかった。


何より素晴らしいのはニコニコ楽しそうに走り回っている。

私はこの5人の姿に涙が止まらなくなった。


残り時間5分、だいぶん点数は上げられたが4年生は全員試合に参加する事ができ、

おまけに1人だけ居た2年生も出してもらえた。


点差は6点。

最後の選手交代でシオンキャプテンと副キャプテンが戻って来た。

油断は出来ない。

しかしキャプテンと副キャプテンは何か言い合い3人にも笑顔を見せる。

全員の背中やお尻を触り声をかける。

最強の4年生5人は楽しそうに笑っている。


試合再会。

敵チームは焦り、たまファウルが増えた。

結局、6本のフリースローで4点が入り


76対66


10点の差でソウル体育大学が優勝した。



選手達はベンチで抱き合い称え合う。


シオンはユンの頭を掴むと抱きしめた。

シオンがユンと向き合うと笑顔で何かを言った。




『今までありがとう。楽しかったよ。』




聞こえなかったがシオンの口がそう動いた。



(こんなん我慢できるわけない…)



嗚咽を漏らして泣く私にヒョヨンは抱きつき、お父さんはビデオカメラを引き取ってくれた。



「ヒョヨンせんぱーい(泣)うえぇ〜ん!」


「アミちゃ〜ん!(泣)」



両チームの選手達がコートの中で握手をしたり、肩を叩き合いお互いの健闘を讃え合っている。

涙を拭きお父さんからビデオカメラを受け取り撮影を再開した。


両チーム共にとても良い顔をしている。

少しでも多くの選手を撮りたくて立ち上がり動きながら撮った。



選手達がコート側の観覧席の前に整列する。

保護者達も起立して向き合った。

シオンキャプテンが口を開く。



「僕たち4年は今日で引退します。最後に優勝する事が出来て思い残す事はありません。今まで応援、サポートありがとうございました!」


「ありがとうございました!!」



シオンキャプテンがヒョヨンを抱きしめて


「ありがとう。」


と、笑った。


シオンは両親とも抱き合う。

母親が号泣していて


「そんな泣く?(笑)」


と母親の肩を抱きさすりながら笑った。


そこまでを撮ると電源を切りカメラを置いた。



シオンが近付いて来る。

私の前に立つと何を思ったのか急にハグをした。


シオンは誰が見ても男前だと思う様なイケメンで、それでも私は恋心の様なときめく感情は抱いた事が無かった。

そんな私でもこの状況は不意打ち過ぎてドキドキした。


シオンの右肩越しにユンと目が合った。


「先輩!ちょっ、ちょっと長くないっすか?」


シオンがユンを無視して言った。


「アミちゃん!応援ありがとね。ユンの事頼んだよ。」


「はい。任せて下さい。」


ユンの目を見て答えた。



「ちょっと!ユンは?私にはしないの?」


ヒョヨンが言うと、ユンは


「ははっ(笑)」


と笑いヒョヨンにハグをした。


「良い選手になったね。これからも頑張るんだよ!アミちゃんと幸せにね!」


背中を叩きながら言った。


「長い間ありがとうございました。」


ヒョヨンとユンが微笑み合った。

この2人にも2人なりの思い出があるのだろう。


——ほんの少しだけ妬けた。



この機会を逃したく無くて、シオンを右腕ヒョヨンを左腕で抱き寄せた。


「もう、4人でハグしましょう!(笑)」


私が言うと、ノリの良い2人が笑いながらユンを抱き寄せた。


4人でするハグは高校の時の温かい思い出や、離ればなれになる寂しさなど色んな感情が込み上げて来て号泣してしまった。

ユンはそんな私を呆れながらも優しく抱きしめてくれた。


「ユンくん、ひっく、すっごくカッコよかったよ!(泣)」


「良い所見せられて良かったよ(笑)」



表彰式の後、

シオンは2つのプロチームから正式なオファーを受けた。

1週間以内にどちらかに決める事になった。


ヒョヨン先輩が

「実はね…」

と、理学療法士の資格を手に入れる事が出来たと教えてくれた。


「どこででもやれる仕事だからシオンの決めたとこに付いて行くよ。」


と嬉しそうに笑った顔が美しくて

写真に撮れなかった事が悔やまれた。



会場前の広場にファン達が集められ

シオンが最後の挨拶をした。

沢山のファンが泣いている。

キャプテンと副キャプテンを中心にファンが群がり対応に追われた。



私達4人は、挨拶もそこそこに会場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る