第17話 4年生最後の大会:準々決勝
土曜日、大会3日目
ユンとユンの両親が車で迎えに来てくれた。
マンションに横付けにされた車へと近付くと車の中から3人が出て来てくれた。
「いつもアミがお世話になっております。」
私の父親が頭を下げる。
「そんな、こちらこそ、なんて言ったら良いのか…アミさんに助けて頂いていますよ(笑)ありがとうございます。」
ユンの父親も頭を下げた。
「お弁当を作って頂いているみたいで申し訳ありません。」
母親が言うと、ユンの母親が答えた。
「1つも2つも変わりませんから。2つの方が量的に作りやすい位ですよ(笑)」
「あらぁ。そんな風に言って頂けると有難いです…。本当にありがとうございます。」
ユンの父親が口を開く。
「今日、明日とアミさんお預かりしますので宜しくお願いします。」
「こちらこそ宜しくお願い致します。」
父親が答えた。
「ユンくん、試合頑張ってね。」
私の母親がユンの背中をポンポンと叩く。
「はい(笑)頑張ります。」
「アミさん上靴は持って来た?今日はコートに入るよ(笑)」
「はい。持ってきました!」
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トランクに2日分のお泊まりセットと上靴を入れて、車に乗り込み会場へと向かう。
「ご両親に挨拶が出来て良かったよ。」
「うちの両親もそう思っていると思います。」
「なんか、こうゆうの良いねぇ。」
お父さんがニコニコして言った。
「僕たち女の子も欲しかったんだよ(笑)ね?母さん?(笑)」
「そうだったわね。女の子も…良いものだわね。」
ルームミラーでお父さんと目が合った。
ニコリと嬉しそうに笑ってくれた。
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駐車場に着き、トランクを開けるとお父さんが少し申し訳無さそうな顔を私に向けた。
「アミさんに1つ頼み事があって。」
「はい。何ですか?」
「試合をビデオに撮って貰いたいんだよ。」
そう言うとトランクからビデオカメラを出した。
「何度か撮ってるんだけど、どうにも上手く撮れなくてね(苦笑)バスケ部もマネージャーが記録用に撮ってはいるんだけど。うーん。何と言うのかやっぱり記録用でね(笑)アミさん上手いだろうから撮ってみてくれないかな?」
「なんだぁ(笑)どんな事言われるのかと思いましたよ(笑)」
「じゃあ、撮ってくれる?」
「喜んでやりますよぉ(笑)私からもお願い良いですか?」
「何?」
「このデータ、コピーさせて下さいね!」
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会場の入り口に着くと、監督達はすでに来ていて、ユンの両親が声をかけた。
「監督。おはようございます。いつもお世話になっております。」
「あぁ、おはようございます。ユン頑張っていますよ。今日も期待しています。」
「ありがとうございます。」
監督とは去年12月の撮影の時からの顔見知りになっている。
手を挙げて笑ってくれた。
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私たち3人は選手達と離れ入場を待った。
カメラを袋から出し見ている私にお父さんが声を掛けた。
「予備のバッテリーが1つあるし、SDカードも残量は沢山あるはずだから色々撮っても大丈夫だと思うよ。」
「じゃあ、ウォーミングアップも少し撮りましょうね。」
「お任せします(笑)」
カメラの液晶モニターを開き情報を確認する。
バッテリーは満タン。
録画容量残り5時間13分。
(1試合2時間としても残り1時間はあるな。よし。)
液晶モニターを見ながら、カメラをゆっくり動かした時
こちらを見ている顔に気が付き顔を上げた。
ソヒョン姉さん達だった。
「おはようございます。」
「お、おはようございます…。」
ソヒョン達3人の様子が変だった。
私とユンの両親の顔を交互に見る。
高校生の時のユンは人が近づかない様にバリアを張っていた。
この両親もそうなのだろう。
バスケ部のファンクラブを取りまとめている1番のファンだと言っても良い様な人がこんな顔をしているなんて。
一切人見知りのない私には理解し難かった。
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ソウル体大の準々決勝は1試合目にある。
選手達は早々にコートに入りウォーミングアップの準備をしていた。
「選手達の向かい側のパイプ椅子の所、もう入って大丈夫だよ。そこの階段から降りて、階段1段目までは土足で良いけどコートからは土足厳禁ね。」
「分かりました。ちょっと撮って来ますね!」
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コートに作られた観覧席に着くと早速カメラを出して撮影を開始した。
ユンは気付いているのに知らないフリをして近付いて来ない。
(良いよー。ズームしたら撮れるんだからっ)
バッシュの状態をチェックしているユンをズームして撮る。
カメラを見た。
それが嬉しくて笑ってしまった。
ユンもつられて笑い、向こうを向いてしまった。
(かーわーいぃー!!)
「いま撮影中?」
シオン先輩が声を掛けてきた。
「してますよ。」
「試合も撮る?」
「撮ります。」
「えっ?欲しいな。試合の映像。」
「あ!俺も欲しい!」
副キャプテンもフレームの中に入りカメラに顔を向けて言った。
「SDカードかUSBを持って来てくれたらコピーしますよ。」
「やったぁ。さすがアミちゃん!」
カメラに向かって笑った。
「アミくんが撮った映像ならきっと良い映像だよなぁ。」
監督が入って来て言った。
「そりゃそうですよ。」
シオン先輩が答えてくれた。
「ボランティアで良ければ撮影者登録をしたら練習も試合も遠征も同行出来るんだけどやるかい?」
「うえぇ?」
「監督! 何でそれもっと早く言ってあげないんですか?」
シオンの言葉にこの話を聞いていた全員が監督を見て固まった。
シオンと見つめ合い固まる監督がカメラに向かって
「ごめん」
と言った。
「あははははは!」
全員で笑う。
「今思い出したんだから仕方ないだろ(焦)とりあえず、手続きしてあげるから近い内に学校に来なさい。」
「ありがとうございます。念の為こちらの学校に聞いてみます。」
「うん、そうだね。そうしなさい。」
(あれもこれも近くで全部見られるの!?遠征まで!?)
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試合直前
ユニフォーム姿になった17人がくっつきひしめき合いながら円陣を組みシオンキャプテンを囲む。
「手強い相手だから不安かもしれないけど、いつも通りのチームワークで行けば大丈夫!これに勝てば次は負けた事ないチームだから明日の決勝に行けるぞ。勝っても悔いは残すな!全力で行け!」
選手達が思い思いに返事をする。
「お前たち!」
「…愛してるぞ!」
「はあぁ?(笑)」
副キャプテンが輪から離れる。
「先輩。それは無いですって(笑)」
ユンもそう言い笑いながら離れた。
みんなも笑っている。
「じゃあ、ユンお前やれ!(笑)特別な!」
「何でですか!(笑)チッ(笑) … 今日、2戦勝って、明日最後の試合で全員で金色のメダル獲りましょう!みんな!」
「…愛してます!」
「お前、しばくぞ!(笑)」
シオンがユンのお尻を蹴った。
全員笑い転げている。
「よし!勝ち行くぞ!!」
「おー!!」
選手も見ている人達も笑いながら拍手を送った。
選手と応援する人達が一つになる。
円陣を組んでこんな事を言っていたのか。
今まで知らなかった。
シオンとユンが笑いながら肩を組みそのままベンチへ戻って行った。
ビデオ録画を停止するとお父さんが私に言った。
「1戦目の相手は力が五分五分でね。ちょっとでも調子が狂えば負けてしまうと思う。キャプテンはこうゆう時に和ませるのが上手いんだ。ユンと良いコンビだったんだよ。明日で最後かと思うと寂しいよ(苦笑)」
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いつも見下ろしていた選手達を今日は見上げている。
みんなとてつもなく大きく見える。
ユンのジャンプボール。
ジャンプしてボールを弾く瞬間。
ユンの口から「ンァッ」と聞こえた。
相手選手からボールを奪う時やシュートを放つ時など選手の口から声が漏れている。
走り抜ける時の風の流れや、床を伝う振動。
間近で見る試合は迫力があってこちらも一緒に走っている様だった。
【カメラマンは声を出してはいけない】
今日はこの基本的なルールが苦しい。
試合は恐れていた通り接戦で、声援を送りたい…。
第4クォーター残り3分
相手チームが4点リードしている。
このままでは負けてしまう。
観覧者が大きな声で声援を送る。
隣に座るヒョヨンは手を握りしめ泣きながら
「お願い!お願い!」
と祈っている。
相手のシュートは失敗。
リバウンドでボールを取ったユンがドリブルしながらフロントコートに向かって走る。
私の目の前の位置に立ち止まった。
「ユンくん!スリーポイントォ!!!」
思わず叫んでしまった。
明らかにシオンにパスをしようとしていたが
私の声が聞こえたのか体勢を変えてシュートした。
ゴールリングに当たり真上に跳ねるボール。
もう一度跳ねたあと…
ボールはネットを
「きゃー!!」
湧き上がる歓声。
「あと2点!!お願い!」
ボールは止まらない。
相手チームも攻める。
副キャプテンがドリブルする選手に追いつくとボールを奪った。
きびを返しフロントコートへ走る。
ユンにパスが回る。
ディフェンスを1人、クルリとかわして突破するとシオンにパスをした。
「そのまま行けぇー!!」
ヒョヨンが泣きながら叫ぶ。
シオンの前には誰も居ない。
2ポイントエリアからのシュート。
音も立てずにネットを
その時、終了のブザーが鳴った…。
58対57
ソウル体育大学が勝利した。
ヒョヨンが泣きながら私に抱きつき暴れている。
私も泣いている。
ヒョヨンに抱きつき暴れたかった。
でもまだ、撮影中の私は応えてあげられない。
手ブレを必死に抑えた。
どれだけ心揺さぶられていても使命感を持ち最後まで撮らないといけない。
習ったジャーナリスト魂。
選手達が私たちの前に整列する。
観覧席の私達も起立して向き合う。
シオンはヒョヨンの前に立ったのに、ユンはかなり離れた所に立った。
(なんで、そんな事するかな(笑))
シオンが
「ありがとうございました!」
と言うと、その他選手も続く。
「ありがとうございました!」
選手達が一斉に頭を下げた。
向かい合った観覧者達が拍手で称える。
シオンは泣いているヒョヨンを抱きしめ慰めた。
ビデオカメラの液晶モニターを閉じる。
顔を上げるとユンが近付いて来ていた。
「よく頑張った!良い試合だったよ!」
お父さんがユンの背中を撫でた。
「うん。ありがとう。」
「アミ…」
不意にハグされた。
汗が顔や頭にポタポタと落ちてくる。
「ど、どうしたの??」
「アミに言われなかったらパスしてたよ。ありがと。」
「気付いたら叫んでた(苦笑)」
「入って良かったぁ(笑)」
・
・
午後からの準決勝は、シオンが言った通りソウ体大優勢のまま終わった。
明日はいよいよ決勝戦。
泣いても笑っても4年生は学生生活で最後の試合となる。
スポーツカメラマンとして徹するのか、
それとも応援に力を入れるのか。
スポーツを撮る面白さを知った私は
今から悩んでしまっていた。
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