第16話 4年生最後の大会:ユンの誕生日

大会2日目


今日は午前に他の試合でTOの仕事があり、午後に自分たちの試合が1試合ある。


ベンチ入りを果たした18人中15人は4年生、3年が2人、2年が1人。

TOは後輩選手がする事になっている為、3人は否応なく駆り出される。

後1人を、得意だと自負している4年生が引き受けた。


今日は女子のファンが多い。

昨日とは明らかに違う。

ユンのいる方にカメラやスマホが向けられている。

ユンが動くと女子も動く。

ユンがテーブルに着き話をしながら笑うだけで色めき立つ。


(こんなに人気あるんだね(泣))



今日は、何を隠そう…



ユンの誕生日。



それを知っているユンのファンが遠くからも来ていると聞いた。



「なんでこんな人気があるんですか?どこで知るんだろ?」


「他所の体育大学との交流戦とか練習試合とか結構あるんです。夏休みなんて遠征ばっかりでほとんど家には居ませんよ。その試合は全部自由見学にしてるのでファンが増えるんです。」


ユンのファンのソヒョン姉さんが何でも教えてくれる。


「体育大学はファンが欲しいですからね、どの部もそんな感じですよ。」


「なるほど…。」



TOの仕事が終わり、ユンがコートから出て行くのを見て観覧席にいた女の子達が追いかける。


この人気の高さをプロチームのスカウトマンが見てくれたらかなり有利に働くのでは?

今日は、ユンの近くに行かないと決めた。



お昼休み、選手達が観覧席に入って来た。

女の子達も付いてくる。




「一緒に食べて大丈夫なの?」


顔を近づけて小声で聞いてみた。


「いつも通り普通にしとけって。面倒くせぇな。」


耳元で怒られた。



今日はファンの人が近くに座っていて会話を聞こうとしているのがわかる。

普段より小声になってしまう。

敵対心剥き出しに睨んでくる女の子も何人かいて居心地が悪い。



「今日はご飯だけだったら超恥ずかしいね(笑)」


「見て見ぬふりしとくよ(笑)」


「そこは笑えよ(笑)」


「ふんっ(笑)」



ユンと全く同じ中身だった。


(お母さんありがとう!)


近くに居るファン達がお弁当の中を覗き込む。

きっと私が作ったと思ったに違いない。


特に話せず昼食が終わってしまった。



午後からの、ソウル体大3戦目は

第1クォーターを5点リードされて終えた。


その事で選手達に火が付き、ファンの声援のおかげもあって勝つ事が出来た。


来週土曜日の準々決勝に駒を進めた。


ファンが声援を送り、選手が応える。

感動して泣いてしまった。


(良いもん見たなぁ(泣))



試合が終わり、選手達は帰り支度を済ませて会場前の広場に集まった。

監督、コーチ、シオンキャプテンの話が終わり解散になった。

その瞬間、女の子達がユンの前に並び出す。

シオンキャプテンやその他の選手にも女の子は群がったが、ユンはその比ではなかった。




プレゼントを受け取り、少し話をし写真を撮る。

そして、最後に握手。

ハグを求める人には、ハグもプラス。





その流れを遠くから、ユンの視界には入らない様に眺めていた。

すると、背の高いスーツ姿の男性2人組に声をかけられた。



「こんにちわっ。ソン・ユン選手の彼女さんですか?」


「うぇっ?えっと…あの。」


「急にごめんなさい。怪しい者じゃないんです。僕たち。」


怪しいから驚いていたのでは無く、素直に答えて良いのかが分からなかった。


「あの…なんて答えて良いのか…。」


「あぁ、彼女が居ても居なくてもどっちでも良いんだ。そうかな?と思って聞いただけだよ(笑)」


爽やかに笑う。


この人もきっとファンがたくさん居たんだろうなぁとぼんやり思った。



「そうなんですね。あの…そうですね、彼女? で…す…」


「ユン選手の側に居ないで良いの?」


「居た方が良いんですか!?」


「いやいや(笑)遠くから見てる彼女をあまり見ないから聞いてみただけだよ。」


「ファンの方達…私が居たら嫌だと思うし…ユンくんもやり辛いと思うので。それに、どうしたら良いのか分からないんです。だから終わるのをここで待ってます(笑)」


「へぇ。なかなか無いタイプだ(笑)あっちにさ、人集ひとだかりがあるでしょ?違う大学の選手なんだけど、彼も3月生まれだからファンがたくさん来てる。」


「あぁ、はい…。」


「あ、今!!見た!?貰ったプレゼントを横の女の子に渡したでしょ?」


見ていると、ユンと同じ流れになっている。

1つだけ違っていたのは、ユンは貰ったプレゼントを足元に並べているが、

その選手は女の子に渡していた。

その女の子が足元に置き管理している様に見えた。


「あの女の子は、あの選手の彼女。」


「あ、マネージャーかと思いました。」


「違うんだよー。彼女があんな風にしてるとやっぱりファンは萎縮するよねー。」


「はあ…。」


「ああいう選手はあまりファンが増えないんだよね。あなたみたいな彼女は素晴らしいよ(笑)」


「えっ、そうなんですか?(嬉)」


「名刺、渡しておくからユン選手に『このチームはどう?』なんて話しておいてくれるかな?興味がある様なら連絡下さい。見学出来るようにするから。あなたも一緒に来て良いよ(笑)」


「ありがとうございます!!お話ししておきます!」


名刺には釜山のプロチームの名前が入っていた。


ユンに声をかける様に念力を送っていたが私に声がかかった。


(早くユンくんに話したい!!)



早く終わらないかなと

ソワソワ見ていると女の子の後ろにスーツ姿の長身の男性が7人並んだ。



(もしかして!もしかして!もしかしてぇ!)



最後の女の子にハグをして手を振ると、女の子は何度も頭を下げて離れて行った。

すると、まず2人組の男性が声をかけた。

ユンの表情が緩む。

何かを手渡されて2人と握手をした。

離れて行く2人にユンは深々と頭を下げた。


その後、また2人が近付き同じ流れで対応し、

最後に3人が近付き対応した。


ユンは目の前に人が居なくなりキョロキョロと辺りを見回す。


私を探している!


小走りで近付いた。



「アミ!ヤバい!名刺3枚貰った!!」


ファンの残る広場で思いっきり抱きしめられた。


「ユンくん!見て!」


「ん?」


少し離れる。


「私も名刺貰ったの!ユンくんに話しておいてって!!」


「わー!」「きゃー!」

と2人でハグをしながら飛び跳ねて喜んだ。


今の段階では正式なオファーでは無いが、名刺を貰うという事は“視野に入れている”と意思表明をして貰った事になるらしい。



「ユンくん、やっぱりすごい人だね!」


ユンは嬉しそうに笑った。

見つめ合う私たちに男性が声をかけた。




「お前たち、人の目って気にならないのか?(笑)」


「!!!」


ユンの父親だった。


「これ、全部ユンが貰った物?」


「あ、うん。」


「今日誕生日だから貰うだろうと思ってさ。迎えに来たんだよ。ちょっと想像以上だったな(笑)」


足元にはどう考えても2人で持って帰れない程のプレゼントが並んでいた。


3人でクルマのトランクにプレゼントを運び入れ乗り込んだ。



ユンは後部座席でリュックを開けると“適当な袋”に入れていると言っていたお守りの袋からペアリングを取り出し左手薬指にはめ、私の右手握った。


「アミは嫌じゃ無いの?」


こちらを見ずに言った。


「何が?」


「ファンの人達とハグとかするの。」


「嫌なわけないじゃん。ファンの人が居てくれるからこそなんでしょ?遠慮しないでどんどんやってよ。」


「ありがと。」


・ 


ユンの家に着き玄関に入るといい匂いがした。

リビングに入るとユンの母親がパタパタと忙しそうにしている。


「ユン、すぐにお風呂行きなさい。」


「うん。」


「じゃあ、アミさんその間にお手伝い頼むよ。」


父親に言われて外へ出た。

車のトランクからプレゼントを出し、ユンの部屋へ2人で運んだ。



改めてリビングに入るとテーブルの上にはランチョンマットが4枚敷かれていて

その上にはナイフとフォーク、スプーンが揃えられている。

テーブルの中央にはシャンパンが冷やされていた。

シャンパングラスが4つ…。


自分がちゃんと人数に入っているだけで嬉しい。

2人にバレない様に泣いた。


(この家で泣いてばかりだな…)



食事中、4枚の名刺を見ながらユンの母親は嬉しそうにしていた。

母親の中で私の株が上がった様で…


「アミさん、また頼むわね。」


と言って貰えた。


誕生日ケーキも母親のお手製だった。

イチゴが乗っているショートケーキに大きいロウソクを2本と小さいロウソクを1本立てた。

バースデーソングを聴く間の顔と、ロウソクを吹き消す時のユンの照れた顔があまりに可愛くて叫び出しそうになるのを我慢していた。



後片付けをしてお風呂に入った後、

ユンの部屋に敷いた私用の布団の上に2人で座ってくつろいでいた。



「誕生日プレゼント渡さないとね(笑)」


「無いのかと思った(笑)」


「ごめんね(笑)渡すタイミングがなくてさ。はい。」


ユンは受け取るとすぐに、紙袋のリボンを解いて中身を出した。


「何これ?(笑)」


「お守り入れ。適当な袋に入れてるって言ってたから作ったの(笑)」



淡い水色の10センチ四方の袋に青い紐を通した巾着袋。


片側には白地に紫と青の線が入ったユンの淡色のユニフォームをフェルトで作って貼ってある。

背番号は『4』にして『YOON』の刺繍を入れた。

もう片側には映画の撮影に使うカチンコをフェルトで作って貼り、データを書き込む所に『YOON』と『AMI』の刺繍を入れた。


「キャプテンになれなかったらどうすんの?(苦笑)」


「その時は背番号変えてあげる(笑)」


「それは屈辱だな。」


「自分用にもおんなじの作ったんだ。」


バッグから出して見せた。


「中に何入ってるの?」


「ユンくんがずっと使ってたピアス(照)」


「可愛いヤツだなぁ…。」



久しぶりのキスは凄く優しくて

また泣いてしまった。


今日は泣いてばかりいる。

高校2年生の時のユンの誕生日にLINEでメッセージを送ったきり、お祝いをした事が無かった。



「ユンくんの誕生日に一緒にいられて幸せ。」


ユンは優しく笑うと、一緒に布団に横になり長い長いキスをした。



シャツの中に手が入り胸を触られた時、

シャツの上からユンの手を止めた。



「ユンくんごめん。いま生理中。」


「ぬあぁ!マジかよっ。」


「誕生日なのにごめんね(笑)」


「じゃあ、ずっと朝までキスしてよう。」



眠たくなるまでキスをした。



——離れたく無い。



同じ布団で寝るのを禁止されているのに

抱き合ったまま眠ってしまった。



翌朝、


起こしに来たお母さんに白い目で見られる事も知らずに……

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