第15話 4年生最後の大会

ユンのお家に泊まった翌朝


ユンは7時からの朝練に間に合う様にバタバタと用意し、バタバタと朝ごはんを食べ、バタバタと出て行った。


父親は隣の広域市にある自動車会社の実業団チームスカウトされて、そこからプロを目指していたらしい。

怪我をしてチームから離れたがずっと同じ所に勤めている。

ユンの為に都会に引っ越して来たため毎日片道、1時間45分を掛けて通勤していると言っていた。

9時からの始業に間に合う様に出て行った。


私は急ぐ必要は無いが2人を見送った後

朝食を頂き、ユンの部屋でメイクを済ませ


『ユンくん お疲れ様。大好きだよ♡』


と置き手紙をして家を出た。



お泊まりセットを家に置きいつもの喫茶アポロへ。

ここに通う様になってから初めてモーニングを断った。


2時限目、ユナは講義にちゃんと来ていた。

しかし、謝るどころか一切目が合わない。

気持ちを考えると可哀想な気もする。

こちらも無視する事にした。



火曜日から徐々に、1年から4年までの生徒達から声を掛けられるようになった。

ソウ体大バスケ部のファン達だった。

名前の知らない選手のファンも沢山居て金曜日までに20人くらいの人達に声を掛けられた。

ユンのファンの中には複雑な表情をしている人が居たがみんな優しかった。



――――――――――――――――

土曜日


ソウ体大体育館で靴を履き替えているとヒョヨン先輩に声を掛けられた。


「アミちゃん聞いたよー?詳しく話してね(笑)」


「あぁ(笑)しょうがないですね(笑)あ、試験お疲れ様でした。」


「うん。ありがと。」



休憩一回目。



「来週の試合はアミちゃん見に来るの?」


「私、見に行くよ?」


「ユンくんが出るかどうかって、いつ分かるんですか?」


「ユンは出るよ。アミちゃんに話して無いの?」


「話して無いです。」


「何だ?お前(苦笑)俺さ、プロチーム2つからオファーが来てるんだ。」


「2つ!?」


「最後のリーグ戦の成績でお互いに最終決断をする事になっててね。成績が悪いと撤回されるかもしれないし俺も必死なワケ(笑)だからユンをチームに入れる様に監督に頼んでるんだ。」


「シオン先輩が頼むと出られるんですか!?」


「監督やコーチからしたら自分の教え子からプロを出したいからね(笑)ユンは長く一緒にやってるからやりやすいんだよ。ユンはプロチームに顔を売ってキャプテンにも近付くし、俺はのびのびやれるしウィンウィンってやつ(笑)」


「じゃあ、絶対に応援に行かなきゃですね!てか先輩やっぱり凄すぎますぅ!絶対にプロになって下さいね!」


「うん。頑張るよ(笑)」


――――――――――――――――

試合は土日に設定されている。

バイト先で金曜シフトの人に電話をして私の土曜のシフトと交代してもらい、

再来週の土曜日を休みの希望でお店に出した。



試合が終わるまで休みは無く毎日練習。

翌日日曜日も朝から練習を見に行き、帰りは一緒にユンの家に帰った。



「じゃあ、アミさん来週見に行くんだね?」


「はい、行きます。それで、ユンくんのお母さんにお願いがあるんですけど…。」


「もう、ユンくんのって付けないでお父さんお母さんで呼んだら?面倒くさいでしょ(笑)」


お父さんはいつでも優しい。


「ありがとうございます(照)」


「お願いって何なの?」


「試合の日、ユンくんと同じお弁当を私の分も作ってくれませんか?」


「お弁当?」


「はい。高校生の時、お弁当が美味しそうでユンくんに言ったんです。『いつもおいしそう』って。そしたら唐揚げをくれて(笑)美味しかったです。だから作ってくれませんか?」



先週、お母さんが私に笑ってくれた事で少し気が大きくなっているのかもしれない。

どこまで許されて、どこからがダメなのか。

試してみたくなった。


お母さんは『いいわよ。』とも『嫌よ。』とも答えなかった。



「土曜日までにお弁当箱持って来なさいね。どれくらいの量食べるのか分からないんだから。」


「はい、わかりました。ありがとうございます。」


よし、OKを貰った!



「あの。唐揚げが入っていたら嬉しいです!」


「鶏肉があって気が向いたらね。」


これは、保留か…。



ユンの部屋に入り、寝る支度をしている時


「お前チャレンジャーだな!(笑)」


と笑われた。

ハラハラしていたらしい。


「水曜日の練習終わりに体大まで行くからお弁当箱お母さんに渡しておいてね。」


「あぁ(笑)」



――――――――――――――――

いよいよリーグ戦、第1試合。


ヒョヨン先輩はシオン先輩の両親と一緒にコートの側で見ている。

観覧席から試合会場を見渡すと、スーツ姿の背の高い男性が何人も来ていて選手達を遠巻きに見ていた。

明らかにスカウトマンなのが分かる。

ユンの姿が目に留まるのを祈りつつ勝ち進む事も祈っていた。




試合開始


ユンのジャンプボールがシオンに渡りそのまま独走しゴールに持ち込んだ。

1試合目は終始ソウル体大がリードし難なく勝ち進んだ。



1試合目終了からお昼休みまではしばらく時間がある。

選手達は2階のジョギングコースを走ったり練習をしながら身体を冷やさないようにしていた。



「アミさん! …アミさん!?」


手を組み、試合会場を睨んでいる私にソヒョン達が話しかけた。


「あ?すみません!おはようございます!」


「どうしたの?話しかけない方が良かったですかね?」


「あ、いえ。いま念力を送ってて(苦笑)」


「念力!?(笑)」


「あのスーツの人達ってプロチームのスカウトの人達ですよね!?」


「あぁ、そんな風に見えますよね。多分そうです。」

 

「ユンくんに声を掛けるように念力を送ってるんです。」


「え〜!?健気けなげぇ(泣)私たちもやります!」


「お願いします!」


スカウトマン達の姿を探しながら


「ユンくんに声をかけますように。ユンくんに声をかけますように。ユンくんに声をかけますように…」


唱え続けた。



大会2試合目が終了し、すぐにお昼休みに入った。

ソウル体大の選手の姿が見えない。

辺りを見回していると、観覧席の私たちのいる側へと入って来た。



「お疲れ様です!」


ソヒョン達が立ち上がり選手達に声をかけた。



ソヒョンと、もう1人ユンのファンのエリがユンに向かい


「ユン選手!良かったらこれ食後にでも食べてください。プロテイン入りのクッキーです。」


と紙袋を渡した。


「ありがとうございます。」



「シオン選手も。良かったら…。」


シオン先輩のファンのミンソが同じ紙袋をシオンに渡した。


「ありがとうございます!」


3人はとても嬉しそうにしていた。




「メシ!食べよ。」


「あ、うん。」


少し大きめのクーラーバッグにお弁当が2個入っていたため私が持っていた。


「アミさんが作ったの?」


「いえ。ユンくんのお母さんです(苦笑)」


3人は驚いた顔をしていて

ユンのお母さんは、ファンの人にも冷たい印象を持たせているのだなと分かった。


3人とは会話が聞き取れない位の距離の所に座った。


ユンがペットボトルのお茶を飲みながら、クーラーバッグを開ける私に


「お前の弁当、米だけだったりして。」


と、言った。


「キムチくらいは入れてくれてるでしょ。」


と言うと


「あははは!」


と、声を上げて笑った。

気付いたファン達が不思議そうに見ている。

高校でも大学でも、クールで通っている人が声を上げて笑っているのだから無理もない。


先週からユンはよく笑う様になった。

母親とのわだかまりが無くなった事や、母親に対して臆する事の無い私の姿に、安堵し面白がっているようだった。



恐る恐るお弁当のフタを取る。



「あぁ!!唐揚げが入ってるぅ!!」


「やばっ!あはは。」


「ねぇ!見て!ユンくん2個だけど、私3個入ってるよ!えへへっ。」


「お前、だな(笑)」


「何それ(笑)」


「俺の周りみんなアミの事好きになってくんだもん。」


「良い事じゃん!ダメなの?(笑)」


「あの母さん動かしたんだから、お前は最強なだよ。」


「褒めてくれてありがとう。」


「褒めてねーし。ちっ(笑)」


2人で笑っていると、目線が気になる。

ファンの3人は終始チラチラと見ていて、嬉しい様な申し訳ない様な複雑な気持ちになった。



ユンはお弁当を食べた後、ソヒョンとエリに貰ったクッキーを紙袋から取り出し、袋に書かれている成分表などを確認した。

“食べても大丈夫”と判断したのか袋を開けて食べ出した。



「ちゃんと食べるんだね。」


「作ったトコがはっきりしているのは食べるよ。食べるかどうかずっと気にして見てるしね。」


「あぁ。」


「これも、ファンサービスの1つ。 ファンって本当にめっちゃ有難いし大事なんだよ。あむっ。」


「うん」


「収益の見込めない選手なんて取っても仕方ないだろ?プロチームは金にならない選手は要らないからファンの多さもちゃんと見てんだ。」


そう言うと、クッキーの袋を顔の位置に持ってソヒョンとエリに向かって少し大きな声で


「これ!うまい!ありがとっ」


と、ニコリと笑った。


ソヒョンとエリは

「良かったです!」

と弾ける様な笑顔を見せた。


その光景を客観的に

『良かったですね♪』

と思えて自然に笑う事が出来た。

その笑顔に応える様に3人は私へも笑顔を向けてくれた。



午後からの試合。


ソウル体育大学の2回戦も見事に勝ち、

明日へと繋いだ。

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