第14話 ユンの母の歩み寄り

毎週、土曜日の17時から22時までバイトがある。

そのため体育館を16時20に出る事にしていた。

観覧席に座っていた私が立ち上がると

ユンは私に向かって手を振った。

嬉しくてニコニコしながら手を振り返すと、

笑ってくれた。


仲良くなったファンのお姉さん3人は“微笑ましい光景”とニコニコしてくれる。

3人にお礼を言って体育館を後にした。



ユンに、家に帰ったら私のためには外に出ないでと頼んである。


バイトが終わって、晩御飯を食べてからユンに電話をかけた。



「ただいま。ごめんね、お待たせ。」


「お疲れ。あのさ…急なんだけど、明日って家に泊まれる?」


「何でそうなった?」


「よくわかんない。」


「へ?(笑)」


――――――――――――――――――

《ユンside》


19時30分



「ただいま」


「おかえり、今日も…泊まりに行くの?」


「口出さないでって頼んだはずだけど!?まだ何か言う」


「違うの!」


「?」


「ゴミ出しの時に、ご近所さん方に言われたのよ…。ユンくんここ最近ずっと朝帰りですね。って…。」


「………。」


「説明出来なくて逃げて来たの!何とかならないの?」


「アミに言われたよ。毎日泊まるのはやめようって。」


「アミさんは…あなたと違って大人なのね。」


「チッ。だから!日曜に泊まって朝帰りは月曜だけになるから。それなら良いだろ?」


「じゃあ、日曜…泊まりに来て貰いなさいよ。」


「来るわけなくない?こないだの事忘れたの?」


「聞いてみないと分からないでしょ?」


「もし、来たとして。アミに嫌な事言ったら直ぐ出てくけど良い?」


「言わないわよ…。」


――――――――――――――――――

「わかんないって事は無いじゃん(笑)朝帰りして欲しく無いんでしょ?」


「母さんの気持ちがわかんないんだよ。」


「ん?」


「そこ、“早く別れろ”って言いそうじゃん。何で“泊まれ”なのかなってさ。」


「直接別れろって言いたいのかもね?」


「そしたら、直ぐ家出るだけだけど。」


「でも、“言わない”って言ったんでしょ?行くよ。」


――――――――――――――――

日曜日


A.M.9:08

私の最寄駅着の電車の1番後ろの車両、1番後ろのドアの前で待ち合わせ。

ユンの姿を確認して私も乗り込んだ。


行きたい所も、やりたい事も特にない。

朝から1日、ユンの家に行くまでの間ホテルで過ごす事にした。


まずは、コンビニで買い物。

朝ご飯、お昼ご飯、飲み物、お菓子…。

ホテル街の中の安くてキレイでフリータイムの長いホテルを選んだ。



約1週間振りのはやっぱり良くて…。

毎日じゃない方がやっぱり良いね。となった。



私はベッドの上で丸めた布団を机にしてノートPCを広げ動画編集を、

その横でユンはテレビゲームをしていた。



「ユンくん1年の秋にピアス開けたんだね。私も1年の秋だったよ。」


「何で知ってんの?」


「ソヒョン姉さん達にいっぱい写真見せて貰った。」


「あぁ(笑)“お守りの人”だったんですね。って言われたよ(笑)お前あんまり余計な事言うなよ?」


「何が余計な事なのか分かってないから普通に話すよ?」


「じゃあ、一切喋んな(笑)」


「てか、ユンくんゲーム下手だね。」


「させてもらった事ねーもん。」


「そっかぁ!」


「やーめた。アミ見てる方が良いや。」


そう言って、あぐらをかいている私の右の太ももにかかるバスローブをはいで剥き出しにすると仰向けに頭を置き、顔を見上げてきた。


ユンの顔を見下ろし、右手で髪をかき上げるように頭を数回撫でるとユンが目を閉じた。

おでこを優しく撫でると目を瞑りながら笑った。

胸がいっぱいになる。


指の背でユンの頬をそっと撫で続ける。


「はぁ…。幸せ…。」


「俺も。一緒に暮らしたら毎日こんな感じなのかな。」


「平和だよね。外に行かなくなっちゃうかもな(笑)」


「一緒に暮らす?」


「生活、できません!」


「じぁ、結婚だけでもする?」


「学生結婚?(笑)」


「うん。」


「私の方は反対する人居ないけど、そっちがダメじゃん。」


「はぁぁ!頭痛ぇ!」


「あ、そうだ、ソジンくんから聞いた?」


「何を?」


「ジアン達、付き合うようになったってさ。」


「そうなるに決まってんだから一々いちいち報告なんてしてこないよ。俺とは違って硬派だし?(笑)やっといて付き合わないは無いから。」


「さすがソジンくん。素敵だわぁ♡」


右手でお尻を叩かれた。





動画を再生したままになっていたノートPC。

気になるシーンに差し掛かり音量を上げた。

セリフが聞き取れるくらいの大きさにするとユンが画面を指差しながら言った。


「この子ってさ、女の子。」


「うん?」


「演技って…上手い?」


「上手く無いね。」


「やっぱりそうなんだね。」


「私、たぶん部長にはなれないと思う。」


「演技力なんかアミに関係無いんじゃないの?」


慌てて起き上がり、私の顔を覗き込んだ。


「演技力は評価に入らないよ?(笑)もちろん。でもね、ヒョヌ先生が言うには演技が下手でも撮る側に才能があれば気にならない位に映るんだって。これは、どう見ても下手だよ。可哀想だけど。」


「俺からしたら、ちゃんと映画みたいに撮れてて凄いけどな。」


「この子ってさ、もの凄いキレイな子じゃん?」


「う〜ん…」


「気使わなくても大丈夫だってば(笑)キレイな子でしょ?」


「うん。」


「実物よりも、もっともっとキレイに撮れてるから、そこが評価に入ると良いな…。」


――――――――――――――――

19時頃、ユンの家に着いた。


「お邪魔します。」


「いらっしゃい。」


今日は母親が料理をしていて直ぐに声も聞けた。

遅れて父親が


「アミさんいらっしゃい。」


と、笑ってくれた。


母親が流し台に掛けてあるタオルで手を拭くとキッチンから出て来た。


「アミさん。」


「は、はい。」


「お母さんって今忙しいかしら?」


「そんな事は無いとは思いますが…。」


「お話したいんだけど、電話して貰えない?」


「あ、はい。掛けてみます。」


――プルプルプルプル


「はいもしもし?どうしたの?」


「お母さん今大丈夫?」


「うん。何?」


「ユンくんのお母さんがお話ししたいって。代わるね?」


「はいはい。」


「大丈夫です。」


ユンの母親にスマホを渡した。


「もしもし。初めましてユンの母です。はい、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。うちのユンがお嬢さんを、その…毎日…帰さずに、申し訳ありません。 …そうですか? あぁ、ありがとうございます。それでですね、お願いがありまして、あの、毎週日曜日、ご家族の予定のない日はアミさんに泊まって頂いて良いでしょうか?」


驚きユンと顔を見合わせ笑った。


「毎週?(笑)」


「そうですか。ありがとうございます。いえ、大した事は出来ませんから…はい、では失礼致します。」


――ピッ


「はい、ありがとう。」


スマホが返って来た。


「お母さん…ユンの事、信用してると仰ってくれたわ。」


「有難い事だねぇ。」


父親がユンの肩を叩いた。



「もう、ご飯出来るから。」


「あの!何かお手伝い出来る事ありますか?」


「いいえ…」


そう言った瞬間、父親がたしなめるような微笑みを向けると、母親は言葉を変えた。


「じゃあ、スープでも入れて貰おうかしら…。」


「じゃ、僕も一緒にお手伝いしよう。」


父親が私の背中を押しながらキッチンに入れてくれた。


――――――――――――――――――

今日はトマトソースのロールキャベツとコンソメスープにサラダが2種類ある。

母親の焼いた雑穀入りのパンまで。

このお家は普段から手の込んだ洋食をになるのか。

我が家とはレベルが違うように感じて気劣りしてしまう。

“お客様”へのおもてなし。

なのかもしれないけど…。



「食べながらで申し訳ないが、アミさんにこれをあげるよ。」


父親に1枚のプリントを貰った。

1番上に


『ソウ体大・バスケ部上半期スケジュール表』


と、書いてあった。


「表があればバイトや予定を入れる参考になるだろう?」


「??」


「僕たちは準々決勝以降を見に行く事にしているんだ。アミさんが予定のない日だったら一緒に行こう。身内の枠で一緒に見れば良い。試合をコートのすぐ側で見てみたいだろう?(笑)」


「えぇ!!!良いんですか!?」


父親が嬉しそうに頷く。


ユンを見ると、ユンも嬉しそうだった。



「嬉しい!嬉しい!」


ユンの左腕を軽くポコポコ叩いていると


「アミさんはやっぱり素直で可愛いね(笑)」


と父親に笑われた。



「1番近い試合は3月のリーグ戦だね、4年生最後だからもしかしたらユンはメンバーに入れて貰えないかもしれないけど。入っていて準々決勝まで行けたら一緒に見に行こう。」


「メンバーに入らない事あるんですか?」


「あるよ。ソウ体大ともなれば、やっぱり普通の子は居ないからね(苦笑)過去にも何度か外されて悔しい思いをした事もあるんだよ。来年キャプテンになれば外れる事は無いけどね。」


「じゃあキャプテンになって貰わないとですね!」


ユンの顔を覗き込んだ。


「はい。頑張ります(苦笑)」


――――――――――――――――

食事が終わり、私からお風呂に入るように言われて従った。


この家には、ユンが幼稚園に通う直前に引っ越して来たと聞いている。

ユンが幼い頃から入っていたお風呂。

私の中にあるミーハーでマニアックな部分がニヤニヤと喜んでいる。


(あぁ〜!なんて幸せなんだぁ!!ぐふふふ)


――――――――――――――――

ユンの部屋に向かう前にリビングに声を掛けた。




「あの。お風呂ありがとうございました。」


「アミさん、少しお話しいいかしら?」


「はい。」


「お風呂上がりは水分が大事よ。お水飲んで。」


ペットボトルのお水をくれた。


「でね、アミさん…」


母親が、気まずそうに父親を見た。

父親が何かを察して、


「あ、僕は席を外そうかな。あはは」


と、リビングから出て行った。


「お水飲みなさい。」


「はい。」


一口飲んだ。


「ユンの事、命さえあってそこに居てくれたらいいと言ってくれたそうね。」


「はい…」


「プロになる事をちゃんと応援してくれないと困るわよ。」


「あ、はい。すみません。」


「冗談です。」


「え?(苦笑)」


(うぇ??分かり辛いって!)



「あの人が怪我をした話聞いたんでしょ?」


「はい。怪我で選手で無くなったと聞きました。」


「連絡を貰って病院に駆けつけたら、手術中でね。体育館に引っ掛けてある鉄のハシゴがちゃんと掛かっていなくてドリブルや走る振動で倒れたらしくて…」


「………。」


「ハシゴの先端が右肩に当たったのよ。複雑骨折だったわ。あと数センチ、ズレていたら…。考えたくもない…」


(あたま??)


「どんな怪我なのか直ぐには教えてくれなくて、手術室の前で必死にお祈りしたわ。命だけは助けて下さい。って。」


「その時の気持ち、忘れていたわけじゃないのよ?なのにユンも彼も辛い思いをさせていた。大切な家族なのに…。」


「私は所謂いわゆる、良いところの娘でね。こう見えて活発だったのよ。両親は好きな事をやらせてくれて、小さい時からバスケに夢中だった。自分自身、バスケで生きて行きたかったんだけど上には上が居て大学4年生の時に諦めたのよ。その時に付き合っていた彼の方がずっと素質もあって夢に近かった。だから、彼の夢を自分の夢の様に生きてしまったんだわね…。」


「もし、ユンが彼と同じ様な目に合ったら…。それも最悪な事があったら…。私はユンにバスケに人生を賭けさせた事を後悔すると思うわ。」


我慢していた涙が溢れてしまった。

ユンの母親も泣いていた。


「ユン、プロになりたいんですって。だから、私が言わなくてもやってくれるわよね?」


「ユンくんずっと昔から頑張ってます。だから私も頑張れています。」


「ユンが間違った道に進まない様に、悪い虫が付がない様にアミさんに監視役をお願いするわ。」


「か、監視役??ですか?(汗)」


突拍子もない言葉に涙も引っ込んでしまった。



「母さん!(苦笑)」


「!?」


ユンと父親が苦笑いをしながら近づいて来た。


「え?え?」


「アミさんごめんね(笑)ドアの陰で2人で聞いていたんだ。何を言うか分からないから(笑)」


「ひどいわね。」


「母さん…息子を宜しくね。って普通に言えないの!?(苦笑)」


「ダメだよ。この人は僕の告白を『私も好きかもしれないので付き合ってみても良いです。』って答えた様な人なんだから(笑)」


母親を見ると白い肌を少しだけピンクにして苦笑いをしている。


私はそれを、可愛いと思った。


笑い合う3人を見ながら、一員に加えてもらえた嬉しさに1人泣いた。

それに気付いたユンの母親が


「泣くところあった?変な子ね。」


と、笑ってくれた。





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