第13話 “初めて”の彼女
土曜日の朝、8時50分。
すでに体育館は開放されていた。
中に入り靴を履き替えていると体育館からユンが顔を出した。
「えらい、えらい(笑)入って来るトコ見えたんだよね(笑)」
「おはよ(笑)」
「おはよう。」
ハグしてくれた。
暖かかった。
これから行われるユナとの戦いへのエールに感じた。
今日は黙って聞くつもりはない。
「練習頑張ってね。」
「うん。後でな。」
階段を上り始めたとき、後ろから声が聞こえた。
「ユンくーん!おはよう!久しぶりに来てみたよ(笑)」
ユナだった。
ユンの声は聞こえなかった。
何も言わずに戻って行った様だった。
ユナの舌打ちが聞こえた。
階段で見つかりたくなくて駆け上った。
うちの大学で見た事のある女の子ともう1人知らない人を連れて来ていた。
どうやらユンのファンらしい。
ユナにおべっかを使う声が聞こえる。
前回、前の席から振り返ってジロジロ見られた事が嫌だったので1番前の席に座る事にした。
「あ、自作自演のアミちゃんおはよう!」
ユナの横にいる2人がケラケラ笑った。
「あ、ここ座っちゃおうか?(笑)」
と、私の左横にユナが座った。
そのさらに左へと2人が並ぶ。
選手達が散らばり身体をほぐし始めた。
「やっぱりユンくんが1番カッコいいね?(笑)」
「ユナちゃん、ユンくんに未練あるの?」
ユナと私は正面を向いたまま、ユンを見つめて話し始めた。
ユンはこちらを見ていない。
「はぁ?無いよ。アミちゃんと別れてやっぱり私の方が良いって言われたら寄り戻してあげても良いけどね。」
「そんな事絶対にある訳無いじゃん。ユンくんは私とぜっったいに、別れないよ。」
「はぁ?調子乗んなよ。」
「友達のフリした表面上の付き合いだった事はどうでも良いけど、自作自演女って広めるのは人としてどうなの?」
「本当の事だったら問題無いじゃん。」
「違ってたら責任取れよ?」
こちらも段々、口が悪くなる。
「違ってたらな。土下座でもなんでもしてやるよ。」
「ユンくん今までの彼女は別に好きじゃ無かったんだって。真剣に付き合ってるのは私だけだよ。もうやめておきな?恥の上塗りだから。」
「頭どうなってんの?人間、急に変わる訳無いじゃん。自分だけ特別とか、頭ん中お花畑だね。」
ギャハハハ!と3人が笑った。
『アンタと付き合ってた時が人格違うんだよ。』
と、言ってやりたかったが、同じ土俵から降りたくてやめた。
――ピッ!
選手達が2列に並びランニングが始まった。
列がこちら側に近づいた時、ユンが私たちに気付いた。
ユナがユンに手を振ると、ユンは表情も変えずに目線を前に戻した。
「今日、キャプテンの彼女居ないみたいだね。アミちゃん絶体絶命だ(笑)」
ヒョヨン先輩は明日の理学療法士の国家試験に備えて今日は来ない。
もう、段々面白くなって3人の会話を聞いてしまっていた。
(はぁ、もう。馬鹿馬鹿しい。)
・
・
10時30分頃、1度目の休憩が来た。
何も考えずに降りて行けば良いのに身体が動かなかった。
さっき『後でな』と言われたが何に対しての“後で”なのかが分からなくなった。
ありえない事は分かっているのに、降りて行って嫌な顔をされたらどうしよう?
頭の中がぐるぐるした。
「何?行かないの?(笑)呼ばれてないんだ?(笑)」
ユナ達が楽しそうに笑う。
――プルプルプルプル、プルプルプルプル
ユンからの着信だった。
「もしもし?」
「スピーカーにしろ。」
「ん?」
「質問禁止。スピーカーにしろ。」
画面をタップしてスピーカーにした。
「もしもし?」
「何してんの?早く降りてこいよ。休憩終わるだろ!」
「あぁ、うん。行くね。」
「10秒以内な!10!9!」
――ピッ
切られた。
「呼ばれたから行ってくるね。」
3人の顔から笑みが消えた。
体育館のコートに降りて選手達のいる方へ歩いて行くと、ユンがドリブルをしながらすごい勢いで走って来た。
試合中にユンと対峙した選手からはこう見えているのか?
(やっぱり、この人は凄い選手なんだ!!)
迫力と、ときめきでドキドキした。
私のすぐ横を走り抜けると後ろのゴールにレイアップでシュートをした。
またドリブルをしながら戻って来ると私の横でボールを左手で持ち右手で肩を抱いた。
肩を抱いたまま歩き出す。
「“自作自演の女”って呼ばれてるんだって?」
「え?」
「何ですぐ言わねぇの?(笑)」
この派手な演出は、私の汚名を
ユンの演出は続く。
「はい。ボール持って。顔出したくないだろ?」
立ち止まると私にボールを渡し、スマホをバスパンのポケットから取り出した。
私は目から下が隠れる様に両手でボールを持った。
ユンは2枚ほど写真を撮るとスマホを操作し始めた。
インスタの通知音が聞こえる。
確認するとユンのインスタだった。
今撮ったばかりの写真。
キャプションには
『勝利の女神』
と、書いてあった。
ユナ達を見ると3人共スマホを見ていた。
ユナは立ち上がり観覧席から出て行った。
・
・
「どんな女と付き合ってたの!?ユンくんの事、嫌いになりそう。」
顔を背けた。
「え?ちょ、ちょっと待って?アミちゃん?やめて?」
「知らない。もう帰ろうかな。」
「ないない!それは無いってぇ!」
キャプテンが笑いながら近付いて来た。
「あ、自作自演の方ですか?(笑)」
「シオン先輩まで言いますか?それ。」
「あははは!(笑)」
「ところでそれ、何で知ってるんですか?」
「ファンってさ、悪いファンも居るんだけど良いファンの方がやっぱり圧倒的に多いのよ。」
「んー。はい。」
「良いファンの中で、選手の彼女は大切に扱わないとイケないって暗黙のルールがあるんだけど。それが破られると正義感の強いファンが動き出すんだ。一昨日だったかな。練習が終わったらユンのファンが門で待っててね。」
――ユン選手の彼女さんを悪く言っている人達が居ます。
「アミちゃんの大学に俺のファンも居るし、他の選手のファンも居るし、俺らの耳に入るなんてあっという間だよ。それを知らないアイツらは
「なんかもう、さっきボロカスに言われてて(苦笑)当の本人帰ったみたいだし(苦笑)私、ファンの方に助けて貰ったんですね。お礼したいくらいですよ。」
「それっぽい人がアミちゃんに声掛けたりするはずだから優しく対応すると良いよ。それだけでまた向こうも優しくしてくれるから。」
「分かりました。」
・
・
元の場所に戻る気になれなくて違う場所に座った。
すると3人の女性に声をかけられた。
落ち着いた雰囲気で歳上に見えた。
「あの…私たち2人がユン選手のファンで彼女はシオン選手のファンなんですけど。ユン選手の彼女さんですか?」
「あ、あの。」
慌ててしまった。
「あ、私たち大丈夫ですよ(笑)ヒョヨンさんも大好きだし(笑)」
「あぁ、あ、はい(苦笑)」
「お名前聞いても良いですか?」
「あ、アミです。」
「アミさん!宜しくお願いします。私ファンクラブの取りまとめをしてるソヒョンって言います。この大学を出て社会人2年目なんですけどね(笑)」
握手をした。
「お付き合いしてどれくらいですか?大学も違うのに仲良いですよね?」
「2週間弱ですかね。高校の同級生なんです。再会して、その、付き合う事になりました。」
「え?もしかして?」
3人が顔を見合わせて湧き立っている。
「私たちユン選手が1年生の時からのファンで、ちょっとずつ質問したりして情報を集めてるんです。高校の時に好きだった人が居て、その人のくれた“お守り”のお陰で試合に勝ってる。って言ってて。忘れた時に負けたんですって。さっきのインスタでちょっとピンと来ちゃったんですけど! 高校の時、何かあげませんでした?手のひらに入って、決してお守りには使わない物!!」
3人が手を握りしめ私の答えを期待した。
「消しゴム?かな。消しゴムをあげました。」
「キャー! 消しゴムを? どうやってあげたんですか!?」
「新しい消しゴムを2つに割って片方をあげました。」
3人は目の前でハグして喜んでいた。
目に涙まで溜めている。
それを見て私まで目に涙が溜まった。
「えー!?アミさん良い子ー!良かったぁ。ユン選手もう大丈夫だね!良かったぁ(泣)」
「あの。なんて言ったら良いのか。ありがとうございます(泣)」
「私たち今までの彼女は“彼女”と認めてませんから(笑)アミさんを初めての彼女って思っておきます。(笑)」
シオン先輩のファンが
「今まで彼女だって言ってた人達、態度デカいしマナーは悪いしファンから嫌われてたんですよ。さっき帰ったユナってのもだいぶん嫌われてたよね。」
と言うと、うんうんと2人が頷いた。
「さっきまでユナと一緒にいた2人、彼女が出来ると次々にくっついて仲良くなって、ユン選手に近付いてる気分になってるどうしようも無い人達なんです。だからアミさんにも近付いて来ますから気をつけてくださいね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
そう言われた後、直ぐに2人が近付いて来た。
3人は『来たー!』と小声で言うとクククッと笑った。
2人が私の右隣に座った。
「あの、アミさん、さっきはごめんね。」
「私たち本当はユナさんの味方とかそんなんじゃなくてさ。」
「本当にごめんなさい。良かったら私たちと仲良くして貰えませんか?」
助け舟を出そうとソヒョンが息を吸った。
ソヒョンが言葉を放つ前に私が言葉を返した。
「酷い人達ですね。」
3人の顔が嬉しそうに輝いた。
2人は驚き固まった。
「自分の事を自作自演の女だと笑った人と仲良くすると思います?バカにするのも良い加減にしてくれません?」
「いや、本当に…」
「それに!! 直ぐに手のひらを返す人も好きじゃ無いです。仲良くして貰えませんか?お断りします。」
体勢を、3人の居る左側に整えた。
―― しーーーーーん。
「お話し終わったみたいだよ?大丈夫そ?」
ソヒョンが2人に言うと黙って席を立ち、離れて行った。
「アミさん強っ!(笑)」
「あのぉ。良かったら仲良くして貰えませんか?」
「ひぇー!!光栄です!宜しくお願いします!」
LINEのグループに入れてもらい、1年からの試合や練習の時のアルバムを沢山共有して貰った。
彼女達のお陰で私の知らないユン選手の姿を知り手に入れる事が出来た。
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