第8話 バレンタイン

「よし、材料は揃った。」



スーパーの開店時間前に並び、必要な物だけを買い、ダッシュで帰った。


材料を並べ、台所を占拠する。



「何作るの?」


「『初心者でも簡単♪大好きな彼のハートを掴む生チョコレート♡』」


レシピの見出しをそのまま表現して読んだ。

母親が呆れている。



「もう、すでに、掴んでますけども〜♡」


「うっとうしい子だねぇ。」


「…………。」


「とりあえず、冷蔵庫のGODIVAがお母さんの口に入る事を願ってるわ♪」



今日は、そう…


バレンタインデー。




初めての手作りに挑戦する事にした。

失敗の場合に備えてネットで買っておいたGODIVAのチョコレートを母親は狙っている。



土曜日、ソウル体育大学の運動部の練習は見学が自由らしい。


バスケ部は、毎週土曜日9時から18時までの練習中いつでも出入ではいりして見学が出来る事になっている。

ユンに渡すバレンタインのチョコを最短で作り、出来るだけ早く体育館に行きたい。


ずっと忙しくて材料すら買いに行けなかった。

昨晩ベッドの中でレシピと作り方を見ながらイメージトレーニングをしていたら知らない間に寝ていた。



「これでいいのかな。」


型に入れた生チョコを冷蔵庫で冷やしている間にシャワーを浴びる事にした。



生チョコを包丁で切り、ココアを振りかける。

一切れ、爪楊枝で取ると母親に渡した。


「お母さん、味見してみて。」


「見た目はよく出来てるね。あむ。」


「どうかな?」


「食べてみな?」


「えー?(汗)ダメだったか…。あむ。」



「めっちゃ美味うまいじゃん。」


「めっちゃ美味しいよ?」


「なんだよー!失敗したと思ったじゃん!」


「はいはい。準備しなさい(笑)」



形の良いのを箱に詰めてリボンを掛けた。

余った残りはお父さんへと箱に詰めた。


――完璧だ。


プレゼントもネットで購入しておいた。



『シルバーのフープピアス』

 


こだわりは無く、フープピアスが良いからフープピアスをしていると言っていた。


私がプレゼントした物と着け替えて貰おう!作戦。


チョコと一緒に紙袋に入れた。


うまく行きますように。




体育館に行く前に、ユンのお家に持っていく手土産を買った。

練習後にユンを付き合わせたく無かったから。


『何か嫌な事を言うかもしれない。』


そう言われて不安だった。


(ユンくんが居てくれたら大丈夫だよね…。)


・ 


体育館は完全に土足禁止。

玄関で靴を履き替える。

靴箱の中には靴が沢山入っていた。


去年の12月、私たちのサークルがユンの所属する男子バスケ部の撮影を行なった。


“再会を果たした体育館”



今日はカメラマンとしてでは無く


『ユンの彼女』として来ている。


人生何が起こるか分からない。



ちなみに、その時に体大から頂いた撮影料はかなりの額で4人で相談し山分けにした。

私の通帳にはしばらくバイトを休んでも焦らない程度の額が入っている。





体育館の入り口の横の階段から2階に上がり観覧席を見て驚いた。

広い観覧席なのに埋まって見える程の人が座っていた。

9割ほどが女性で、練習する選手をキラキラした顔で見ている。


(スポーツマンはモテるよなぁ。)


どの辺りに座ろうか?

パーソナルスペースを確保出来そうな席を探していると、近くに座る人達が私を見た。

隣の人とコソコソと話している。


新参者しんざんものは目立つのか(汗))


奥の方に空席がいくつもあるのを確認した。

移動を始めると、気配に気付いた人達は私を見て何かを話している。

明らかに私を見てコソコソと話していた。

居心地が悪かった。


前後左右に空席のある座席があったので座った。

私よりも前に座る人達が振り返って見てくる。

横の人も…。


視線を気にしながらユンを探すと、すぐに見つかった。

私が来た事に気付いていない様だった。




「アーミちゃん!」


急に声をかけられて色んな意味で息が止まりそうになった。


「ヒョヨン先輩!??」


「久しぶりだね!(笑)」


そう言いながら人の間を抜けて私の隣に座った。


「やだー!!(笑)」


「やだー!あはは!」


彼女は高校の1年上の先輩、チェ・ヒョヨン。

高校の男子バスケ部のマネージャーでその頃からキャプテンのシオンと付き合っている。



ヒョヨンの明るい声に周りの人は一斉にヒョヨンを見た。

ヒョヨンが見渡すと全員が会釈した。


一瞬にして雰囲気でわかった。


どうも

キャプテンの恋人は、ファンや選手の関係者の中で地位が“高い”らしい。



「ヒョヨン先輩さらにキレイになってるー!」


「え、コーヒーでも奢ればいいの?(笑)」


「本心ですってば(笑)」


「アミちゃんは垢抜けたねぇ!さすが芸大生だね!昔は可愛かったけど、今はキレイもどっちも持っててズルい!」


「どっちも??そんなの初めて言われましたよ(苦笑)」


「実はアミちゃんと、久しぶりな感じがしないんだよね。(笑)」


「どうして?(笑)」


「ユンうるさいんだもん!!アミがアミがって、もう!!それしか話す事無いんかい!って言ったら、無いです。だって(笑)」


「はぁ。あはは(恥)」


「とにかく、良かったよぉ。あの子救ってくれてありがとね。」


「うう〜(泣)」


ヒョヨンがヨシヨシと頭を撫でて抱きしめてくれた。

とっても良い匂いがした。




「あの…」


体を小さくして小声で言うと、ヒョヨンが察して耳を近付けてくれた。


「わたし、見られてると思うんですけど気のせいですか?」


「あぁ、気のせいじゃ無いね。」


「初めて来た人って分かるんですか?」


「分かるわけないじゃん(笑)選手が60人近く居てさぁ。みーんな1年の時からファンが居て試合の度に増えるんだよ?」


「じゃあ、これは何ですか??」


「最近さぁファンの中で1番話題になってんのが…『ユンのインスタに登場する様になった女は誰なのか。』なの。」


「ひぃぃっ」


「皆んなの心の声を代弁すると

『コイツかぁ!!』だろね(笑)」


(あぁ、あの写真達を皆んな見てるのかぁ!恥ずかしぃ!(泣))


1番恥ずかしく感じたのは寝ている写真だったりした。




――ピーーーー!


体育館にホイッスルの音が鳴り響いた。



「これが聞こえると30分休憩なんだ。家族とか恋人は降りてって選手と自由に過ごして良いの。ユンにアミちゃん連れてくる様に言われてるから行こっ。ここでも“選ばれし者”は存在するんだよ。」


そう言うとニコリと笑って誘導してくれた。


立ち上がり体育館に降りるまでの間、視線が痛くて優越感を感じる余裕は無かった。



2階から降りると、私を覚えてくれている選手達が会釈をしてくれた。


ユンは私に気付くと満面の笑みを浮かべた。


(カワイ過ぎるうぅぅ(泣))


マネージャーからスポーツドリンクの入った水筒を受け取ると飲みながら近付いてきた。



「思ったより早かったね。」


「それは、どうゆう意味よ?(笑)」


「ふっ(笑)」


2人で見つめ合い笑っていると、

ヒョヨンが


「もう。見てらんない。見てるこっちが恥ずかしい。」


とシオンに嫌な顔を見せた。



「アミちゃん久しぶりだね。」


「お久しぶりです。その節はどうも、色々すみませんでした。」


「あの彼怖かったなぁ。別れられて良かったね。」


「そうですね(苦笑)」


「別れてから大丈夫なの?」


「サークルで顔合わせる位なので何も無いですよ?」


「そ、ならいっか。あそこ座ろう。」



「そう言えばヒョヨン先輩は今何をしてるんですか?」


「理学療法士目指して医大に居るよ。」


「えーっ!?すごい!」


「ずーっともう、この先も、この人と一緒に居るんだろうからさ。身体のメンテナンスが出来る人になろうと思ってね(笑)」


「いま、ものすごく感動してます。素敵だなぁ。」


「もう後何日かで国家試験なんだ。だから試験が終わるまでは会う予定無かったんだけど今日位は会っとかないとね(笑)それにアミちゃんが来るって聞いたし(笑)」


と言うとユンを見た。

ユンは目を逸らしていた。


1回目の30分休憩は近況報告で終わった。



18時までの間に30分休憩がもう一度あり、シオン、ヒョヨンと連絡先を交換をして

ヒョヨンの試験が終わったら近い内に4人でご飯を食べに行こうという話しになった。



聞く所によると今日はいつもよりたくさんの人が来ていたようだ。

バレンタインだから皆んなプレゼントを渡したいらしい。


練習が終わってから“選ばれし者”は観覧席に残り、ファン達が降りて選手達を囲んだ。


キャプテン、副キャプテン、ユン、2年の1人の選手の4人は特にファンが多くて2ショット写真を撮る為の列が長く続いていた。



ユンが両手に沢山のプレゼントを抱えて門の近くで待つ私の所へやって来た。



「ごめんね。時間かかったな。」


「もう帰れるの?」


「うん。」


このやり取りも、ファンの人達はまじまじと見ながら通り過ぎて行った。



「ファンにちゃんとにこやかにファンサしてて良かったよ。高校の時とは全然違うね。良いもの見たわ(笑)」



「あ、アミちゃんまたね!」


「連絡しますね!」


プレゼントを沢山抱えて歩き辛そうなシオンを気に留めもせず、ヒョヨンは私達に手を振って2人で帰って行った。




「あの中にも、もしかして居るの…?」


「何?」


「だから、あれ。」


「やった事あるかって事?」


「うん。」


「ファンには手出さないって。」


「なんかウザい。」


「はぁ?(笑)じゃあ、帰るか。」


「うん。」




覚悟を決めて、ユンの家へ向かった。

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