第9話 ユンの両親との対話
考えてみれば、ユンのお家には来たことが無かった。
ずっとマンションにしか住んだことの無い私には豪華なお家に見えた。
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「ただいま。」
「おかえり。」
ユンがリビングの扉を開けて中に声をかけると父親が反応した。
ユンが私を見て、入るよう手招きした。
入るとあったかくて美味しそうな匂いがした。
「連れて来たよ。」
「あぁ、いらっしゃい!」
父親に明るく声をかけられた。
ユンの両親がキッチンの中にいて料理をしている様だった。
そこに母親も居たのに、まだ声が聞けない事に違和感を感じた。
「お邪魔します。お招きありがとうございます。あの、良かったらこれお召し上がり下さい。」
「わざわざありがとう。」
父親が受け取る。
「食べた事のない物なので美味しいかどうか分かりません。お口に合えば良いんですが。」
「あははは。素直な子だねぇ。(笑)僕、料理が好きでね。ローストビーフを焼いているんだがまだもう少し掛かるんだ。呼びに行くからユンの部屋ででも待ってなさい。」
「ここで待ってれば良いじゃないの。」
今日、初めて母親の声を聞いた。
「良いから。行っておいで。」
父親にリビングから追い出され、2階のユンの部屋へ向かった。
明るく歓迎してくれる父と、その真逆の母の温度差に
ユンの中にある二面性や影の様なモノの理由を見た気がした。
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小さい正方形のテーブルの前に座って紺色のダウンジャケットを脱いだ。
部屋は少しひんやりしていて、また羽織ろうか迷って膝にかけた。
エアコンを付けながらユンが言った。
「まぁ、あんな感じだから。ごめんな。」
「大丈夫だよ。」
「何だよ(笑)」
部屋を見渡しふふんっと笑う私に声をかけた。
「本もほとんど無いしシンプルな部屋だね(笑)」
「お前の部屋は物がありすぎ!本とかDVDとか。」
「そうだ。今日貰った物とか冷蔵庫に入れたりしないで大丈夫?」
「多分食べ物は入ってないよ。
「えっ、じゃあ、食べて貰えないかな…」
「作ったの?」
「うん…」
「作った過程がわかんない物は食べないよ。」
「……………。」
「ぷはぁ!(笑)バカだなぁ!(笑)分かりやすい顔しやがって!」
笑いながら私の所まで来て後ろから抱きしめてくれた。
今日はシャワーを浴びずに帰って来たから汗の匂いがする。
全然嫌じゃない。
ユンをもっと知る事が出来て嬉しかった。
「1日触れないだけでダメなんだけど、俺。」
「私もだよ…。」
振り返りキスをした。
「ねぇ、何くれるの?(笑)」
床に置いていた紙袋を渡した。
リボンを解いて箱を開け、
「お、美味そう。」
と言うと、迷いもなくピックで刺して口に入れた。
目を動かしながら味を探っている。
「これ、アミが作ったの?」
「そうだよ?」
「めちゃくちゃウマイよ!!」
「良かった(笑)」
「また作ってよ。」
「こんなので良かったらいつでも作るよ。初めて作ったんだけどな(笑)」
「ホントに?アミ素質あるんじゃない?」
もう一口自分の口に入れると、私の口にも入れた。
「うん、美味しいね(照)」
「うん、ウマイ(笑)」
紙袋からもう一つ箱を出し開けると少し驚いた顔をした。
「高そうに見えるよ?」
「今着けてる物よりはちょっとだけ良いモノだと思うよ。」
私の意図を知ってか知らずか、今着けているフープピアスを外してプレゼントのピアスを着けた。
「うん。ユンくんが高級に見える(笑)」
「じゃ、これ要らねー。」
ゴミ箱に捨てようとしたユンの腕を素早く掴んで阻止した。
「捨てるなら……私にちょうだい?」
「なん…その顔……可愛いぃ。」
自然と上目遣いになってしまっていて、それが良かったのか興奮気味に抱きしめられてキスをした。
そのまま始まってしまいそうだった…。
――トントン
「はーい!!?」
『ユン!もう少しかかりそうだからシャワー浴びておいで!』
父親がドアの前で声をかけた。
「わかった!」
「良いとこだったのに! 行ってくるわ。
はい。」
と、今まで着けていたピアスをくれた。
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シャワーから戻ってきたタイミングで
リビングに来るように言われた。
「お待たせ。お腹空いたでしょ?」
「空きました(笑)」
「本当に素直な子だね(笑)」
「嘘をついてもバレてしまうので(笑)」
「意味が無いんだね?」
「はい(笑)」
「さ、食べてみて。素直に感想言って良いからね(笑)」
「はい。いただきます。」
ナイフとフォークが用意されていて、チラッと隣を見るとユンは普通に使いこなしていた。
斜め前に座る母親が私の手元を見た。
一瞬緊張したが、普通に使えるのを確認すると目線を自分の皿に移した。
中学生の時に映画に出てくるナイフとフォークに憧れて一時期毎日使っていたため普通に使える。
その頃は親に呆れられたが、役に立つ日が来た。
(過去の私グッジョブ!)
「んんっ!」
父親が期待して私を見た。
「美味しいです!すごく美味しい。」
「そうか(笑)嘘を付かないアミさんが言うんだから自信持って良いね(笑)」
「本当に美味しいです(笑)」
母親と一切話す事なく食事は終わった。
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食後のコーヒーを4人で飲み始めた時だった。
母親が口を開いた。
「アミさん。」
「はい。」
「ユンはね、バスケットボールのプロ選手を目指しているの。」
「はい。」
ユンと、父親の顔が強張っている。
「プロになるまで品行方正で居ないとプロになってから過去を掘り出されて場合によってはプロ生命が直ぐに終わってしまうのよ。理性の効かない付き合い方をするなら、すぐに別れてちょうだい。ユンは毎日練習で疲れているのよ?そんな息子を毎日連れ回して…女の子が連日泊まり歩くなんて恥ずかしく無いの?」
「母さん!!」
父親がユンを制止した。
「こちらは男の子の親なんだよ?アミさんの親御さんに謝らないといけない位なのになんて事を言うんだ。」
「アミは!俺にちゃんとブレーキかけてくれてるよ!学校だって練習だって休んだって良いって思っているのに、俺を悪く言われたく無いからって…やる事ちゃんとやろうって。俺を正しい道に向かせてくれてるのに!!一緒に居たいと思って何が悪いんだよ!」
「どうしてあなたは我慢出来ないの?今はバスケにだけに集中してなさいって言ってるのよ!プロになったら結婚でも何だって出来るじゃないの!?」
「我慢すればプロになれるの?我慢したのにプロになれなかったら俺はどうしたら良いんだよ!」
「プロになれると思っているから言ってるのよ!絶対になれるから!我慢をしたら報われるのよ!お母さんを信じなさい!」
「もう、やめないか!」
温和な父親の怒鳴り声に心臓が止まりそうになった。
ユンも母親も驚いている。
「プロ選手になれなかった僕を責めたいんだろ? 悪かったよ。 君をプロの妻にしてあげられなくて。 ユンを通してでは無く僕を直接責めてくれよ。自分の代わりに子どもが辛い思いをするのは耐えられないよ…」
「そんな事…してないわよ!!」
そう言い放つと、母親はリビングを出て行った。
「アミさん、すまないね。」
「いえ。」
「ユンもすまない。」
「………。」
「僕が怪我をするまではあんな風では無かったんだよ。明るくてにこやかだったんだけどね。」
「母さんがこうなった理由を話さないといけないね…。」
「僕も昔、バスケのプロ選手になりたかったんだ。」
コーヒーを一口飲むと一息ついて続けた。
「大学を卒業して、プロになる夢が叶いそうな所まで来てた。企業からスカウトも来て入社もしてね。だから、結婚もスムーズだったよ。でも入社してから怪我をしてしまったんだ。事故だった。肩が使えなくなったんだ。会社は責任を感じてバスケットボール選手で無くなってもクビにはしなかった。」
聞いていて胸が痛かった。
「それはショックだったよ。それに捧げた人生だったのに。でも母さんは僕を責めなかったよ。責めずに殻に閉じ籠る様になった。」
「ユンが生まれて…自然とバスケをさせたよ。僕もユンに夢を託していたけど、キャプテンになったり僕より成績が良いから何も心配はしてなかったんだよ。母さんはその事で逆にのめり込んでしまったんだね。プロになれる可能性が高いから。ユンをプロにして…プロ選手の母になりたいんだ。」
「もし、ユンくんまでプロになれなかったら、お母さんはどうするんですか?」
2人が私の顔見た。
「ユンくんの夢だから応援してます。だけど正直プロ選手なんてどうでも良いです。言い方悪いですけど…。なってくれたら嬉しいです。一緒に喜びます…。でも怪我をしてバスケが出来なくなったとしても命があってそこに居てくれたらそれで良いです。」
話しながら涙がポロポロと落ちたが言葉を止められなかった。
ユンも隣で泣いているようだった。
「もし、本当に私が居ない方がプロになれるなら、それを望むなら別れます。でもそうじゃ無いなら別れたく無いです。プロになれなくて八つ当たりされても離れたくないです。私は… 何もしていない時の…ただ…私を見てくれているユンくんが1番好きなんです。」
「そうか…ありがとう。それほどまでにユンを…。本当に良い子だね。ユンと居てくれてありがとう。」
そう言ってくれた父親の目に涙が溜まっていた。
ユンは号泣していて全く言葉を交わせる状態では無かった。
・
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「さ、僕は妻のところへ行って慰めて来るよ。母さんは気にしなくていい。何とかするから。別れなくても外泊しても母さんが怒るだけで、逮捕される訳でも無ければ殺される訳では無いのだから自由にしなさい。」
「じゃあ、行ってくる。明日も帰らないから。」
「わかったよ。」
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――――――――――――――――――
《ユン父side》
「あの子たち、これから出かけるみたいだよ。」
ベッドに座る妻の横に座った。
「子どもは所有物でも無いし人格があるんだから縛り付けると離れるだけだよ。」
「…………」
「もし、ユンがプロにならなかったらどうするんだ?」
アミさんの言葉を借りた。
妻が驚いた顔をして私を見ている。
「ユンを捨てるのか?」
妻が泣き出してしまった。
「なれなかったらって考えて無かったのか?僕みたいに不可抗力で選手生命を絶たれる事だってあるかもしれないだろ? その時にサポート出来る親で居たいじゃないか。ユンに嫌われて無視されて生きて行けるのかい?」
「無理よ…。」
震えて泣く妻の背中を撫でながら言った。
「でも、このままだとユンに嫌われるよ?間違いなく。 アミさん、ユンがプロになれなくても命があってそこに居てくれたら良いってさ。そんな良い子に、この先出会うかな?」
「ユンは幸せ者だよ。信じて任せよう。大丈夫だよあの子なら。僕たちの時代とは違って今は寛容だし、少々羽目を外したって何だと言うんだ。」
「大学の時、僕たちも楽しかっただろ?(笑)もう、忘れちゃったのか?あの子達にも味わわせてあげないと、可哀想だよ。」
「ずっと一緒に居てくれてありがとう。プロになれなくてごめんよ。」
「ごめんなさい。あなたの事は責めたく無かったの。あなたのせいじゃ無いもの。なのにユンを使ってあなたを責めていたなんて…」
「使われていたユンはどうなる?可哀想だろ。たった1人の可愛い息子なのに。」
「もう、どうしたら良いのか…。何が正解なのか分からない(泣)」
「正解なんて無いんだよ。ユンと距離を取ってみたらどうだ? 少し、夫婦で楽しむ時間を作らないか?またバスケでも…始めるか?(笑)」
「ランニングから始めないと…」
妻は、力なく笑った。
しかし、目の中に微かな光を見た様な気がした。
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