第6話 両親の安堵

父親と、ユンはビールをお互いに注ぎ合い

軽く乾杯して飲み始めた。


母親と私はユンがお土産として持って来てくれたケーキを食べている。



「おいし♡ ふふんっ」



ユンが嬉しそうに私の顔を見た。

目が合い微笑み合う。



(幸せだ♡)




「で、ユンくんは、アミのどこが好きなんだい?」


「お父さん!最初に聞くのそこ?」


母親と笑った。


「正直に言って良いですか?」


「正直に言わないとダメだよ。」


「1番は、顔です。」



「顔!?」


3人で声をあげた。



「僕、一目惚れだったので。」


ふ〜ん。と父親が満足そうな顔をしている。

答えとして合格だったようだ。



「いつ?」


「球技大会。」


「球技大会?あ!バスケ!対戦相手に居たねぇ。」


「忘れてんのかよ。ショックだわ。」


そう言うとグラスのビールを飲み干した。


「あ、すみません。」


父親が透かさずビールを注いだ。



「ユンくんスリーポイント決めたよね?あれは確かにカッコよかった!」


ユンが嬉しそうに笑った。


「あの…。さっきお母さんには言ったんですけど、アミの事…本当にすみませんでした。」


頭を下げた。



「いやいや。詳しくは知らないけど、きっとアミも悪いところがあったんじゃないのかな。」


「悪かったんだよ。私が。」


「いや、俺だよ。」


「それで良いんじゃないのか? お互いにそう思っているなら。繰り返さなければ良い。私たちは応援してるよ。」


「ありがとうございます。」



「この子がその、苦しかった時、私は単身赴任中でね。何も出来なかった。それはきつかったよ。赴任先で一応業績を上げる事が出来たから希望を聞いてくれる事になって帰って来たんだけど、環境を変えた方が良いと思ってね。引っ越したんだ。」


「はい。」


「なのにだ! 最近、また業績が低迷しているらしくて。ボーナスを上げるから戻ってくれないかと打診されてしまって。」


「え、そうなの?」


「お母さんにはもう相談していたんだけどね。」


母親がうんうんと頷いている。



「それで、ユンくん。」


「はい。」


「アミをお願いしても良いかな? 私はアミの事だけが心配なんだ。任せられたら安心して行けるんだが…。」


「大丈夫です。任せて下さい。お母さんも。」


「あらま。ユンくんったらぁ…」


お母さんはまた泣き出し、

お父さんはホッとした顔をした。


「じゃ、もう一杯ずつ飲んでお開きにしよう。お互い明日も早い(笑)」


「はい。ありがとうございます(笑)」



シャワーを浴びて髪を乾かし部屋に戻ると、ユンは私のベッドですでに寝ていた。


母親は私の部屋に来客用の布団を敷かなかった。



(あ、写真撮ってやろ。)


スマホを開くと、ユンのインスタ投稿通知が入っていた。

たまにしか投稿の無かったアカウントが今のところ4日間動いている。

今日はどんな投稿だろうか…。



(何だこれ(笑))



机の上のペン立ての写真だった。

キャプションは無い。


マンボウのボールペンがそこにある。

ユンと付き合うようになってからそこに存在するマンボウのボールペン。



(可愛いなぁ。もう(笑))


寝ているユンを起こさない様に写真を撮った。



間接照明の淡い光でユンの白さはあまり分からない。

自分もユンの真似して投稿する。

ユンの髪と耳の写真。

キャプションは思いつかなかった。


友達が見ても、まさかの茶髪とフープピアスでユンとは気付かないはず。

絶対に。



ベッドに入ると、目を瞑ったまま抱きしめてくれた。

あったかくて、あっという間に眠りに落ちた。


――――――――――――――――


撮影3日目。


ただいま、22時10分。

規制線の向こうにユンの姿があるが、構っている暇が無かった。


女優の口が回らず噛みまくり、

いま21テイク目もNGにした。


2月の野外、しかも夜。

イチョウ並木に風が吹き抜け演者もスタッフも震えていた。


「ちょっと待ってて!」


「アミ先輩!!!どこ行くんですかぁ!!?」


全力疾走した。

1番近い自販機で温かいお茶を2本買って戻る。



「ストローとカイロ2つ出して!」


「はい!」


1番仲良くしている2年の女子が走って来ると

ウエストポーチからストローを取り出し、お茶に刺して女優に渡した。

もう一本のお茶をそのまま俳優に渡す。




「アミ先輩、こんなの言ってくれたら私、買いに行ったのにぃ。」


「はぁ、はぁ、言うより走る方が、はぁ、早かったからさ。」


カイロを袋から出し素早く振って、女優の頬に当てた。


「監督…わたし…すみません(泣)」


「良いから良いから。お茶で温めて。飲んでも温めてね。大丈夫、泣かないよぉ?」


両手で女優の頬にカイロをあてながら、優しく優しく声をかけた。


どうしても野外の夜のシーンを今日で終わらせたい。

明日で撮影を終わらせなければならないのに時間がない。

明日は屋内シーンの撮影になっていて、屋外のシーンを撮るのは不可能に近い。


「ごめんね。どうしても今日中に外のシーンを終わらせなきゃいけないんだぁ。もう少しやってくれるかな?」


「はい。やり切りたいです。」


「よし、落ち着いたら行こう!」



「カット!」


「チェック入ります!」


映像の取り込まれるノートPCを覗き込んだ。


(お願い!お願い!)



「良い様な気がする…」


「良くないですか?」


「良いよね?」


「良いと思います。」


助手達が皆んなうんうんと頷いていた。



「よし、これで終わろう…。」


その言葉を聞いて2年の男子が声を上げた。


「本日の撮影終わります!!」



――パチパチパチパチ




「はぁ…良かった…」



撮影中はアドレナリンが出ている様で

自分の体に起こっている異変に気付かないらしい。

ホッとした瞬間に身体が冷え切りガタガタと震えている事に気が付いた。

片付け作業で私は役に立たなかった。



「お風呂溜まったよ。」


「ありがとう…。」


「服、脱がそうか?」


「結構です。」



浴室に入るとシャワーを出して室内を温めてくれていた。


「座れ。」


浴室の椅子に座るとシャワーをかけられた。

冷えた体には熱くて痛かった。



「お湯が痛いー!」


「慣れるから!」


「えぇ〜ん、痛いぃ」


丸まって耐えた。



ユンは私の髪も体も洗ってくれた。

メイク落としだけは自分で。



ジャグジーの淵に首をひっかけてプカプカ浮きながら目を瞑った。



「危ないから寝るなよ。」


「寝ないよ。」



足先と指先からジンジンと温かくなって行く。


(スエット薄すぎか?分厚いの買うかなぁ。)



目を開けると身体を洗うユンと目が合った。


「心配し過ぎだって(笑)」


「お前ならやりかねないから。」



ユンはジャグジーに入ると後ろから抱きしめてくれた。


「あったかいねぇ。」


「あの戦闘服やめろよ。弱々じゃん(笑)」


「確かに、鎧になってないね(笑)」



ユンの胸の中はどうしてこんなに安心するのだろう。

ユンの胸にもたれかかり、目を瞑ってみる。

力が抜けて行くのを感じた。

今の方が眠ってしまいそうだ……。




「! んっ。」






ユンの指が…



眠らせてはくれなかった。

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