第5話 ユンの知らないアミの過去

コンビニで食べ物を買って昨日と同じホテルに入った。



「私はバイトしてるからいいけどさ、毎日会っててお金、大丈夫なの?」


「うん。平気。」


「もしかしてお家、お金持ち?」


「全然。中の上くらいじゃない?バスケに関わる金は惜しまないで出せるくらい。」


「これ、バスケに関わらないよ?(苦笑)」


「俺、ずっとバスケしてたじゃん?」


「うん。」


「小学生の時からバスケで優勝したら、お祝いとか言って親も親戚も凄い金くれてさぁ。大学に入学した時も入学祝いが凄くて。それ全部くれたんだよね。」


「でもさ…、その、ほら、女の人との、あれ…でさ、お金使ったでしょ?」


「割り勘か、向こう持ちだから殆ど金使ってない。」


「クズだな?」


「すみません。」


「はぁ(苦笑)」




「ユンくん? 嫌じゃなかったらさ。今度お母さんに会ってよ。実物がどんなにカッコいいか見せたいんだよね。」


「ふん(笑)嫌なわけないだろ。親は大丈夫なのか?毎日、外泊してて…。」


「大丈夫だよ。お母さんはすごく喜んでる。一応お父さんも喜んでるってお母さんは言ってるよ(笑)本当の気持ちはまだわかんないけど(笑)」


「喜んでる???」


「うん…。」


「喜んでるって?」


「ユンくんに……話しておいた方がいいのかな…」




――私に何が、あったのかを…



・ 

――――――――――――――――


高校2年の冬…。


私の告白の返事を、ユンの幼馴染のソジンを経由して貰った。



『付き合いたく無い。』



好きだから付き合いたくない。

ずっと近くに居た時に戻りたい。



到底受け入れられるものではなかった。

意固地になり、ユンを無視し続けてしまった。


何かを伝えたいという事は分かっていたけれど

振られた恥ずかしさとショックで

向き合う事が出来ずにいた。



毎日のLINEと電話を無視し続けた。

毎日電話に出ようかどうしようか、迷っていたのは事実。

でも、嫌な自分が嫌な事を言いそうで怖かった。

ある日、心を決めて出たら切れてしまっていて、2度とかかって来なくなった。



新学期、新しいクラスにユンはいなかった。

いたら…もしかしたら元に戻れるかもしれない。

淡い期待は泡となり消えた。



何をしていても楽しく無くて…。

大好きな映画も見れなくなり、

不意に泣いてしまう事が増えた。

毎日、ため息をついている私に母親は気を使っている事に気付いていたけど、辛さの方が勝って優しくするなんて出来なかった。

単身赴任の父親に相談しているのも知っていた。



ある日、

あまり話さず笑わなくなった私に

母親は泣きながら懇願した。



「何があったの!?お願いだから教えて!見てられないのよ…。助けてあげたいの!アミィ!」



申し訳なくて、そして有り難かった。

だから私は、ユンとの事を全部話した。



ユンがキャプテンに選ばれたと、友達でありユンファンクラブ会員のテヨンが教えてくれて、本当に嬉しかった。

ほんのちょっとだけ笑う事の出来た私が嬉しかったのか、母親はショートケーキを買って来た。


「キャプテンになったお祝いしなきゃね?」


泣きながら食べた。



5月のある日

ユンが2年生の女の子と付き合い始めた。



私の世界が崩壊した。



友達の前では涙は出なかった。

怒りの方が強かった。

だけど、家に帰ると悲しみが押し寄せた。

部屋に着いてから泣きたかったのに、玄関を上り廊下で泣き崩れてしまった。



それから私は食べられなくなった。



私はプライドが高いのかもしれない。

学校は休みたく無かったし、友達の前では何も変わらない自分で居たかった。


友達と笑い、一緒にお弁当を食べて普通にしていた。


その反動か、家に居ると全く笑えない一口も食べられない。

後に、立ち直るまでに体重は8キロ減り、

生理も止まってしまっていた。



父親が単身赴任先から帰って来る事が増えた。

母親が話している事はわかっている。

しかし、父親が居た所で変わらない。

父親は、何も出来ない不甲斐なさに辛そうだった。



8月

男子バスケ部は大きな大会で優勝し4連覇を果たした。

ユンはキャプテンだったから取材を沢山受けて忙しそうだった。

おめでとう。を、言えない苦しみと誇らしい気持ち。

ため息はこの頃がピークだったかもしれない。


テヨンからユンが出る雑誌と新聞を聞いていて、見つからない様に買いに行った。


今年も情報番組に取り上げられて2週に渡り放映されるらしい。




母親と一緒に見た。


大会が終わる前、試合の途中から注目され追いかけられていて驚いた。


優勝を決めた後のヒーローインタビューで、ユンは涙を堪えながら感想を述べた。



「すごく…個人的に、苦しかった事が、あっ、あったんですけど、キャプテンとして、やるべき事があったんで。4連覇を、約束してたんでっ。は、果たせて良かったです。」



自分だけが苦しんでいたんじゃなかったと知った。

ユンも苦しんでいた。


私も母親も泣きながら見ていた。



「お母さん…わたし…」




「ユンくんみたいになりたい。」




ユンは苦しみから這い上がり、自分の進むべき道を進んでいる。

ユンが羨ましくて悔しかった。

私も立ち直らないと!


頑張っているユンに恥ずかしく無い自分で居たくて、読書感想文も頑張ったのに

今年は挑戦しなかった。


病んでいる場合ではない。

母親に病院に行く様に強く勧められたが拒否した。



――私の薬はユンくんだけだから。



少しずつ食べ、運動も始めた。

映画も見る様になった。

映画を見ている間はちょっとだけユンを忘れられた。


それでも悲しみは定期的に訪れ時々病んだ。



1月、ユンがソウル体育大学の推薦を貰ったと聞いた。

ただ嬉しかった。


私にも目標がある。

映画科のある大学に合格する事。


目標が出来てから病まなくなった。


そしてやっと、半年振りに生理が来た。




――――――――――――――――


「アミ…ごめんっ。ごめんな…」


「ユンくん苦しいよ(笑)」



ユンは泣きながら私を力いっぱい抱きしめていたが、私の言葉を聞いて少し緩めてくれた。



「私、ユンくんを責めたくて話したんじゃないんだよ?」


「責めていいんだよ…」


「ユンくんがきっかけで病んじゃったけど、立ち直ったのもユンくんのお陰だから。ユンくんも苦しかったでしょう?」


「俺はどうだって良いんだって…」


「ユンくんは私の誇りだから悲しまないで。」


「アミ…、明日家に行っていい?」


「え?明日?」


ユンから離れて顔を見た。


「急すぎるかな。」


「ううん。大丈夫だよ。うち泊まる?」


「いいの?」


「うん。だけど、うちの家ではエッチ禁止だからね?(笑)」




次の日

私は授業の後、撮影2日目を無事に終わらせる事が出来た。

家に帰るとお母さんは料理をたくさん作ってくれていて、少し緊張していた。


「こんなに作ってくれてありがとう。手伝えなくてごめんね。」


「お母さんは暇だし良いのよ。」


「てか何で緊張してんの?(笑)」


「だってさぁ。長身のイケメンでしょ?」


「イケメンじゃなきゃ緊張しないの?(笑)あ、ユンくん迎えに行って来るね。」


・ 


私が駅に辿り着くと、ユンもちょうど改札を出るところだった。

また髪が濡れていて乾かしてあげたかった。

手には白い箱が握られていた。



「お疲れ様!」


「お疲れ。」


「じゃあ、行こうっ。」




「お邪魔します。初めまして、ソン・ユンです。」


「わぁ!いらっしゃい!アミのお母さんです。やっぱり背高いのねー!」


「あは(笑)あの、これ、もし良かったら。」


「あらぁ。ありがとうございます。すぐご飯食べられるわよ。」


「ありがとうございます。」



「良い食べっぷりだねぇ。わんぱくだねぇ(笑)」


「わんぱく?(笑)アミのお母さん面白いですね(笑)」


「部活前は食べないの?」


「食べますよ。食堂で食べてから練習です。でも終わったらお腹空くんですよね。」


「やっぱり練習量が違うんだわねぇ。」


「そうですね。」


母親はよっぽど嬉しいのか、矢継ぎ早に質問をした。

ユンは嫌な顔もせず、上手く食べながら答えていた。



「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。」


「こんなので良かったらいつでも食べに来てね。」


「ありがとうございます。あの…」


「ん?」


「高3の時…アミが大変だった話し聞きました。」


「あぁ。元々明るい子だったからねぇ。ユンくんも想像つかないと思うわ。あの頃のアミは。」


「本当にすみませんでした。ごめんなさい。」


ユンは頭を下げて顔が上げられなくなった。


「ユンくん…。やだなぁ。」


泣き出すユンの腕をさすりながら私も泣いた。

もちろん母親も泣いている。


「今のアミを見てちょうだいよ。ユンくんと一緒にいられる様になって、こんなに幸せそうにしちゃってさ。今を一緒に楽しみなさい。タイミングってねあるものなのよ。過去は過去。これからが大事なのよ。」


ユンは深く息を吸って顔をあげ涙を拭った。


「もう、アミの事苦しめたりしません。」


「もちろん、そんな事わかっているわよ(笑)」


「プロの選手になって、アミを幸せにします。」


「そう?(笑)応援してるわね。」




「ただいまぁ。」


「あら、お帰りなさい。」


母親が涙を拭いながら立ち上がった。

ユンもすぐに立ち上がって自己紹介した。


「初めましてソン・ユンです。遅くにお邪魔してすみません。」


「いやいや、2人とも忙しいと聞いているからね…。」


父親がテーブルの上を見て続けた。


「そのぅ、ユンくん。」


「はい。」


「お酒は飲めるのかな?」


「飲めます。好きな方です。」


「ほほう。じゃあ少し晩酌に付き合って貰おうかな。」


「はい!ぜひ。」


「お母さん、お酒の準備頼むね。着替えて来るよ。」



そう言って部屋に向かう父親の後ろ姿が


嬉しそうだった。


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