第4話 嫉妬の矛先

私の知らない空白の過去がどんな物でも構わない。

想い出だけで生きてきた私にはユンを手放せない。



もしも浮気したら?




許してしまう自信がある。




「あぁ、すごいっ、気持ちいいぃぃ」


「可愛い…アミ…」



目も開けられず波打つ身体に戸惑う私を、優しく愛おしそうに抱きしめてくれた。



「アミ…誰にも渡したく無い…」


「浮気したら…許さないから…。」


「アミだけいてくれたらいい。」





経験の賜物たまものなのか、天性の才能なのか。



ユンとの行為に溺れてしまっている今

過去の女性達に感謝してしまう。




『この人を本気にさせないでいてくれてありがとうございます。この人に経験を積ませてくれてありがとうございます。お陰でわたし……』





――ピピッ、ピピッ、ピピッ

――ピピピピピッ、ピピピピピッ



ユンに『とめて』と言われる前に2つのスマホのアラームを止めた。


自分のスマホのロック画面に、ユンのインスタの更新通知が入っていた。



(何でインスタ?)



開いて見てみると


“寝ている私“


の写真だった。

キャプションは無い。

投稿は3時間前になっていた。



“寝ている私”とは言っても、顔のパーツは写ってはいない。

自分だから“自分”だと分かって

撮られた記憶がないから“寝ている”と分かるだけ。



右に顔を傾けている私を、少し左から撮った様だった。

左耳と首筋、左肩が写っている。

肩には何もなく、明らかに裸だと分かる。


真っ白なシーツに真っ白な枕。

枕に乗る髪の流れで寝ている事も分かるだろう。


明らかに非現実の空間に居る写真を載せて大丈夫なのだろうか。

未だファンは多くてインスタのフォロワー数も多い。



ふと気になってユンのスマホを取った。



(ごめんね。ちょっと見るよ。)



写真フォルダを見ると私の写真が沢山あった。

ちゃんと顔のパーツもある。



(寝ないで何してるの(笑))



スクロールして遡ると、バイト中の私が居た。


返却している私。

レンタルの接客をしている私。



更に遡ると体育館やキャプテンやチームメイトの写真。



更にその先…



(えっ??)



去年の12月、私たちのサークルがユンの所属する男子バスケ部を撮影した。

その時の写真が数枚入っていた。


ハナと笑っている私。

撮影してる私。

片付けている私…。

 


(全然、気付かなかった…。)




寝ているユンを見ながら幸せを噛み締めた。




(あ?私…寝落ちしてアラームセットしてない…)



「今日の午後練、監督居ないしキャプテンにアミの事話してるから練習休めるけど、どう?」


「私、今日から忙しいんだよね。」


「何があるの?」




私が所属する、元映画監督イ・ヒョヌ教授が顧問をする撮影サークルは私たち3年生から以下の学年で部員がいる。

教授は来年度の部長を選ぶにあたり、私たち4人に課題を課した。


「4人一緒にでは無く、1人で撮影を行ない提出すること。」


部長になる事はどうでも良かったが、

部長になると教授の撮影の助手が出来るという


厳しいで有名な教授のサークルにはずっと部員が居なかった。

私たちが入る事によって活性化されたサークルで教授は逆に刺激を受け、撮影意欲が湧き自らも撮影を行う様になった。

中には仕事として行う撮影もあった。

私たち4人は助手をやりたい。

挑戦する事にした。



・撮影期間は4日以内。

・提出期限は3月末日。

・助手はサークルの後輩メンバーを使う。

・俳優は教授が選んだ俳優科の1年生を使う。

・撮影場所は大学構内のみ。

・脚本はオリジナル、既存作品どちらでも良い。

・動画の長さは10分以内。

・他メンバーの撮影の見学は禁止。




「でね、今日から私の撮影が始まるんだ。来週の水曜日までバイトを休ませて貰ってるから撮影が終わったら暇だよ。あ、…撮影の見学は自由なんだけど…見に来る?」


「え。見たい!」



お昼休み、ユンとLINEで会話をした後

ユンの携帯に自分の写真が沢山ある事を思い出した。


(私も隠し撮り頑張れば良かったな。いやウソクに見つかって速攻消されてたわ…。)


何気なく自分の写真フォルダを開いてみた。


(んん?)


フォルダの1番右下に見覚えの無い写真を見つけた。


タップして大きくした瞬間、誰も見ていないのに慌てて伏せてしまった。


そっともう一度見てみる。


寝ている私の顔に自分の顔を近づけて目を閉じている写真だった。


ユンは私のスマホを見た痕跡を残していた。


(幸せ過ぎる!!)


お気に入りの♡を付けてスマホをしまった。


・ 

――――――――――――――――

サークルの後輩は2年が5人、1年が3人の計8人。

全員が4人の撮影助手を引き受けてくれるという。

情熱があり良い子ばかりだ。


私は午後の授業が無いため15時から準備をし始めた。

8人中4人が手伝ってくれている。


イチョウ並木にレールを敷きレール用の台車を乗せる。

そこに三脚を立てカメラを備え付けた。

丸椅子を固定して座ってみる。

太ももで三脚を抱える様に足を開いて座り、ファインダーを覗き込みながら丸椅子の高さを確認している時に後輩が声をかけた。


「アミ先輩」


「はい?」


「スライドのスピード確認したいんで動かしていいですか?」


「あ、お願い。」


「はい!」


「もっとゆっくり。もうちょっと。うん、それくらい。ありがと。」




椅子から立ち上がり台車を降りて振り返ると、50センチ程の植え込みのレンガに足を組み座ってこちらを見ているユンを見つけた。


(はぁ!(笑))


驚いて笑うと、ユンも笑ってくれた。

ユンの所に駆け寄る。



「来てるの気付かなかった(笑)」


「10分くらいは見てたかも。」


「え?ごめん。」


「相変わらず戦闘服ダサいな(笑)」


「1番楽なんだもん。これ(笑)」


ダブッとしたグレーのスエット上下に、養生テープと腕時計を通したウエストポーチ、紺のダウンを羽織っている私を上から下まで見て笑っている。


それに比べてユンはかっこ良すぎる。

黒のタートルネックのセーターに黒のストレートパンツ、深いグレーのロングコートを着ていた。



「よーーい!」


――カチンッ





「カット!」


丸椅子から降りて俳優と女優に駆け寄った。


「歩き方がね、なんて言うか硬過ぎて不自然なの。こんなふうに歩く人っていないじゃん?」


2人の歩き方を真似して見せた。


「あ、はい…」


「カメラを意識するな。は、無理なのはわかるけど、普通に歩いて。」


「はい。わかりました。」


俳優科の3、4年生であれば演技力も身に付いていて歩き方など指示すること無くスムーズに撮影できる。

教授はあえて1年生を起用していた。



「よーーい!」


――カチンッ





「カット!」


また、2人に駆け寄る。


「さっきよりだいぶん良いよ。」


「はぁ。ありがとうございます(笑)」


「次は、その歩き方に感情を入れようか?お互いに好きだから、早く別れたくなくてゆっくり歩いてるの。お互いの気持ちを探る様に歩いてる。って恋する感情をそこに乗せてくれる?」


「はい。わかりました。」


21時、イチョウ並木での撮影は終わった。


「ありがとうございました!明日も宜しくね!」


「はい!お疲れ様でした。」


俳優科の2人を帰し片付けに入った。

ユンも片付けに加わってくれた。

サークルの後輩8人が戸惑っている。


ユンと離れた所で後輩の中で1番仲良くしている2年の女子に声をかけられた。


「あの方って?もしかして彼氏さんですか?」


「うん。そう。」


「早過ぎません?(笑)次出来るの。」


「昔、好き同士だったからさ(笑)」


「アミ先輩カッコ良過ぎます(笑)」


「え?(笑)」


「やっぱ憧れますよぉ♡」


「ありがと(笑)」



「機材片付けて着替えたらすぐ出るから待ってて。暖かいとこにいてね。」


「うん。」



着替えが終わり更衣室から出ると、あちらこちらにサークル活動を終えて談笑をしている生徒がまだ沢山いた。



「アミちゃーん!」


振り返るとユナだった。


「あ、ユナちゃん。お疲れー!」


「アミちゃん、ユンくんと付き合ってんだね。」


「え?」


「ユンくんのインスタにアミちゃん出てたじゃん!さっきも上げてたね。」


「さっき?」


「うん。上げてたよ…。何であんなの上げるんだろね…。今まであんな事、1度もした事無かったのにさ…」


そう言いながらユナがイライラしている様に見えた。


「私さ。ユンくんと3ヶ月と3日付き合ってたんだ。歴代彼女で1番長いんだって!アミちゃん位続くかね(笑)じゃあね!バイバイ!」



(短期間で終わる前提かよ…。)



今までのユナの雰囲気とは全く違っていて

戸惑いながらしばらく後ろ姿を見ていた。


我に返りスマホを見ると、ユンのインスタの更新通知が入っていた。


速攻で開いてみる。



撮影中の私だった…。



丸椅子に座ってファインダーを覗く後ろ姿と

もう一枚、俳優2人に演技指導をしている私の後ろ姿だった。


「ダッサ…」


ブカブカのスエットのお尻のポケットに丸めた台本を刺していたため余計に垂れ下がりダサさをより強調していた。


(こんな風に見えてるのか。)


客観的に見た自分があまりに酷く、恥ずかしくなった。


(これ、消して欲しいな…)



でもキャプションを見て、心が軽くなった。


キャプションには一言




『戦士』




と書いてあった。




ユナは明らかに嫉妬していた。



過去にユンがアミを好きだったとしても、付き合った事が無い。

付き合って肉体関係を持っている私の方が上。



とでも思っていたのだろう。



(女って怖すぎる…)



幸福と恐怖を同時に味わいながらユンの元へ急いだ。

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