矯めるなら若木のうち

三鹿ショート

矯めるなら若木のうち

 子どもゆえに、自分勝手に振る舞うことは、仕方のないことである。

 だが、成長してからもそのような言動が続けば、厄介な人間だといわざるをえない。

「何故、自分を押し殺す必要があるのですか。自分の人生なのですから、自分の好きなように生きるべきではないのですか」

 その言葉には一理があるが、全ての人間がそのように行動していれば、平穏に生活することなど出来るわけがない。

 誰もが彼女のように身勝手に振る舞うことなく、我慢をしているからこそ、余計な問題に遭遇することなく生きることができているのだ。

 しかし、それを言ったところで、彼女が聞き入れるわけがない。

 今日もまた、彼女は我儘に生き、私はその尻拭いをするのだった。


***


「きみは、甘い人間だ。彼女の暴走を止められるのはきみだけだというにも関わらず、何故きつい言葉を吐かないのか」

 友人のその言葉を、私は何度耳にしたことだろうか。

 そして、私は同じ返事をするのである。

「馬耳東風だ。無駄だと分かっている行為に時間をかける人間など、愚か者である」

 常ならば、友人は此処で諦めているのだが、今日は酒が入っているためか、食い下がってきた。

「百の言葉を重ねて意味が無かったとしても、百一回目がどのような結果であるのかは、行動してみなければ分からないだろう」

「それならば、きみが行動すれば良い」

 私の言葉に、友人は首を横に振った。

「彼女は、きみ以外の人間とは言葉を交わそうとはしないのだ。此方の意識を奪うまで殴り続け、気が付けば姿を消しているということが常ではないか」

「行動してみなければ結果は分からないと言ったのは、何処の誰だったか」

 私がそう告げると同時に、友人は洋盃に入っていた酒を私に打っ掛けた。

 そして、呂律が回っていない状態で、私に対して罵詈雑言のようなものを浴びせてきた。

 私は顔面の液体を手巾で拭いてから、食事を再開した。

 酔漢など、相手にする必要はない。


***


 今日もまた彼女の尻拭いをすることになるのだろうと思いながら自宅の前に立っていたものの、どれほど待ったとしても彼女が姿を見せることはなかった。

 体調でも悪いのだろうかと案じながら呼び鈴を鳴らすと、彼女が姿を現した。

 彼女に声をかけようとした瞬間、何かが私の顔面に投げられた。

 それは、彼女が使用している枕だった。

 枕を汚さないように掴みながら、その行動にどのような意味が存在しているのかと彼女に目を向けると、彼女は神妙な面持ちで、

「今後、私に近付くことは止めてください」

 突然の言葉に、私は意識を失いそうになった。

 だが、舌を噛んで意識を取り戻すと、

「何か、気に障ることでもしたかい」

 私の言葉に、彼女は首肯を返した。

「私が身勝手なまま成長してしまったのは、私を庇うあなたが原因なのです。人間的に成長するためには、あなたとの接触を避けなければならないのです」

 責任転嫁以外の何物でもない言葉だが、彼女がそのようなことを告げてくるのは珍しかった。

 まるで、自分が厄介者だと気が付いたかのようである。

 その事実を彼女は永遠に認めることはないと思っていたが、何があったのだろうか。

「何故、急にそのようなことを考えたのか」

 そのように問うたが、彼女は答えることなく、無言で扉を閉めた。

 何度も呼び鈴を鳴らしたが、彼女が姿を見せることはなかった。


***


「これで、世界に平和が訪れたというわけだ」

 友人は笑みを浮かべながら、酒を飲んだ。

 しかし、私の気分は良好なものではない。

 彼女と接触することが出来ないことにこれほど苦しめられるとは、想像もしていなかった。

 落ち込んでいる私の肩を、友人が軽く叩いた。

「これからは、彼女に縛られることがなくなったのだ。私に感謝をしながら、新たな人生を愉しむが良い」

 その言葉に、私は引っかかりを覚えた。

 私は友人を見据えながら、

「どういう意味だ」

 私が問うと、友人は得意げに語り始めた。


***


 彼女が私以外の人間と接触することがないのならば、私のことを話題にすれば、彼女は興味を引かれると考えたらしい。

 その考えは間違いではなく、初めて彼女が暴力を振るうことがなかったために、千載一遇の機会を逃さぬように、友人は彼女に伝えた。

 いわく、彼女の尻拭いを続ける限り、私もまた同類と見なされてしまい、同じように他者から厄介な人間として扱われてしまうということを告げたらしい。

 何が問題かと首を傾げる彼女に、友人は続けた。

 このまま同じような行動を続ければ、何時しか二人仲良く報復されてしまうことになってしまうのではないか。

 多くの人間の恨みを買っている彼女はともかく、共に悪事を働いているわけではない私までもが巻き添えを食ったとしても良いのか。

 友人のその言葉に、彼女は衝撃を受けている様子だった。

 それから彼女は口を動かすことなくなり、家の中に戻っていったらしい。


***


 彼女の行動の意味を知った私は、手にしていた洋盃で眼前の友人を殴った。

 意識を失い、倒れた友人の頭部を何度も踏みつけた後、私は彼女の自宅に走って向かった。

 彼女から貰っていた合鍵を使用して自宅の中に入ると、居間で酒を飲んでいた彼女を目にした。

 驚きを隠すことができない彼女の肩を掴むと、私は彼女に対する想いを吐露した。

「きみの尻拭いをすることで、私の評判もまた悪くなることは、理解している。それでも私がきみのために行動していたのは、ひとえにきみのことを想っているからである。ゆえに、きみが私のことをどのように考えていたとしても、私がきみのことを想い続けている限りは、きみに関わり続ける。文句は幾らでも聞くが、それを受け入れるかどうかは別の話だ。理解したか」

 私が捲し立てると、彼女は目を丸くしながら首肯を返した。

 やがて、彼女は口元を緩めると、私に抱きついてきた。

 これほど幸福を感じた瞬間は、存在していなかった。

 どうやら、私もまた彼女と同じく、厄介な人間だったらしい。

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