12/19(火) 義眼

 ドアを開けたわたしの顔を見て、店員が以外そうな顔をした。「何?」と訊くと、「いえ、お元気そうでよかった」と返ってくる。


「……市展でさ、優秀賞だった」

「おや」

「そこの路地の絵だよ」

「おめでとうございます」


 ありがと、と言って手近な箱を手に取る。そういえば、昨日はパリュールの件で落ち込んでいたんだった。でも今は無敵の気分だ。きっと素敵な大家族が全部まとめて買ってくれるだろう。


「この店も描きたいんだけど、秘密なんだよなあ……家でこっそり描こっかな」


 カンヴァスだけ学校で張って、持って帰って描けばいい。画材屋も旅行から帰ってきたことだし、賞金でちょっといい絵の具を買ってもいい。


「うん、そうしよっと……ゔあっ!」


 すごい声が出た。先日迷って開けなかった、紫の木箱の蓋を取ったのだ。


「びっくりした……え、これ義眼?」


 箱の中に入っていたのは、目だった。


 といってもまんまるな目玉ではなく、むにゅっとしたなんともいえない形の……裏側から見たら中は空洞なんだろうか。ちょっと触るのは怖い。


「え、義眼って……こんなにリアルなの?」


 白目部分にはちゃんと毛細血管があって、虹彩は……ガラス工芸で、こんなにリアルな質感を出せるようなものなんだろうか。焦茶と金と、あわく緑みがかったような複雑な色が、ガラスの奥で繊細に光る。鏡の前でスマホのライト片手に見入ったそれと、寸分違わず同じに見える。


「本物、じゃないよね、まさかね」


 そうつぶやいて、わたしはそうっと、爪の先で白目の端の部分をつついてみた。ちゃんとガラスの質感でホッとする。


 ならば安心して鑑賞しようではないかと、わたしはスマホを取り出してライトをつけ、やたらリアルな虹彩に白い光を当て、顔を近づけて――


 そうっと、離した。


 蓋を閉じて箱を棚に戻す。元あった場所よりずっと奥へ。


「……動いた」

「はい?」

「光を当てたら、ど、瞳孔が、閉じたんだけど」

「理科の授業で習いませんでした? 瞳孔ってそういうものですよ」


 高校生でしょう、あなた……と呆れた顔をする店員を無視して、わたしは逃げるように店を飛び出した。

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