12/16(土) グラス

 クリスマスまで十日切ったのか……。

 そう思うと、なかなか今日の一箱を決められなかった。なにしろ開けるまで中身がわからないし、立派な箱にただの小石が入っていたりするのだ。慎重に選ばなければ。


「重い方がいいのかな……いや、でもリボンの前例があるし。あの呪物も妙に重たかったし」


 これとこれ、どっちにしよう。

 わたしは両手に持ったふたつをじっくり見比べた。


 片方は小さな木箱である。ちょっと紫っぽい変わった木材が使われていて、飾り彫りが入っているアンティークっぽい箱。重くも軽くもない。


 そしてもう一つは紙の箱だった。艶のある黒い厚紙に、銀の箔押しで複雑な装飾模様が入っている。中身はちょっと重め。


「ん〜、こっち!」


 悩んだ末、わたしは紙箱の方に決めた。この重さと大きさは食器系だと踏んだのだ。もちろん破片じゃない、完全体の可愛いカップとか、グラスとか。


「ほら、当たり!」


 思ったより小さい、けれど親指くらいの高さの小さなグラスが入っているのを見て、わたしは歓声を上げた。真っ黒だけど、たぶんガラスだと思う。


「え、可愛いじゃん」


 縁のところに細く銀色の模様が入っている。紙箱の模様とお揃いだ。


「ガラス、だよね……っ!?」


 何気なく持ち上げて光に透かしてみたわたしは、そこで絶句した。


「え、何これ?」

「ガラスですよ」


 店員がコーヒーカップを口から離して言った。最近、まともに接客する気がなくっってきている気がする。


「オパールとかじゃないの?」

「オパールをモチーフに作られたガラスですよ」


 アンティークガラスも素敵ですが、現代作家物だって負けていないでしょう。


 そう言って笑う店員にわたしは再度疑いの目を向けてから、グラスに目を戻す。


 光に透かした瞬間、青い色が炎のように燃え上がったのだ。

 青というか、瑠璃色だろうか。正倉院の瑠璃杯るりのつきとかそういう感じの、青紫に近い深い青色。それがオパールの遊色のように、角度を変える度に黒いガラスの中でチラチラと動き回る。


「これを、作ってる人がいるんだよね」

「ええ。本人はガラス作家を名乗ってますが、周囲には『錬金術師』と呼ばれていますね。彼女の作品はなかなか面白いのが多くて、探せばまだいくつかあると思いますよ」

「個展とかやらないの、その人?」

「おや。一箱しか買えないからって製造者から直接仕入れようとするなんて、ずるい人だ」

「そうじゃなくて、普通に作品いろいろ見たいじゃん」


 そう言ったわたしの目が本気なのをわかってくれたのか、店員はからかうような笑みを消して「そういう話は聞きませんね」と肩をすくめた。


「作る方ばかり一生懸命で、発表することに興味がないようで。そういうところも含めて錬金術師なのかもしれませんが」

「ええ? もったいない……」

「本人はそれで楽しそうなので、いいんじゃないですか?」


 買い手はいますしね。と自分の胸をトントンと叩く店員に「そういう問題じゃないでしょ」と呆れてしまうのは、わたしが画家を目指しているからだろうか。絶対素敵な展示になるのに、と隠れ家みたいなギャラリーで開かれる不思議なガラスの展覧会を夢想しながら、その日は店を後にした。

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