12/14(木) 磁器の破片

 その日の箱は、小さな桐箱だった。


 手のひらサイズで箱書きあり、というと例の呪物を思い出すが、こちらはそんなに古びていない箱だし、変なお札も貼られていないので大丈夫だろう。


 そう思って、わたしは紐に手をかけた。が、端をちょっと引っ張って気づいた。これ、蝶結びじゃない。


「あの」

「終わったらこちらにお持ちください」

「……ありがとうございます」


 持っていったら結び直してくれるらしい。頭を下げると、やる気のなさそうな会釈が返ってくる。私は薄紫色の平べったい紐をほどいて、小さな蓋を取った。おちょこ、にしては少し箱が小さい気がする。箸置きとかだろうか?


 中身は白いシルクの布に包まれていた。艶のあるそれをそうっと持ち上げる。軽い。布の包みを机に置いて、ゆっくり広げる。


「……ゴミじゃん」

「誰かにとって――」

「――はゴミでも、別の誰かにとっては価値があるかも。わかってる。そして、これは私にとってゴミよ」

「二億です」

「ん?」

「二億円です、それ」


 マジで?


 私はテキトーに素手でつまみ上げようとしてた手をそうっと引っ込め、まじまじとそれを見た。破片である。どう見ても、茶碗か何かの破片だ。


「……え、なんか、仁清にんせいとかの作品の破片、とか?」

「詳しいですね。お好きなんですか、陶芸」

「日本美術史の授業で習った」

「高校生で『日本美術史』……?」

「美術科だから」

「ああ、なるほど」


 店員が上げた眉を元に戻す。全く興味がなさそうな様子にわたしは少し拍子抜けして、そして少し安堵した。多いのだ。「へえ、じゃあ俺の似顔絵描いてよ」とかニヤニヤ顔で言ってくるおじさんとか。


「残念ながら、彼の作品はひとつも国宝にはなっていませんし、今までひとつも賞をとったことがありません。全部割ってしまうのです」

「割って……?」

「よく言うでしょう。陶芸家は気に入らない作品を地面に叩きつけて割ってしまう、みたいな。あれです。ひとつも完全な形で残っていないんですよ、彼の作品」

「そんなことある……?」

「けれど、彼は本物の天才ですよ。その証拠に、割ってしまった破片すら億の価値がつくのです」


 見てごらんなさい、この肌の美しさ。

 そう言われてよくよく見ると、確かにまあ、透き通るような青白い肌とか、そこに走るやわらかい金のすじ模様とかが美しいかもしれない。


「……でも、そうやって割っちゃう性格なのに、破片は世に出されてていいんだ」

「弟子が勝手に売り払っているんです」

「やば」


 思わず笑ってしまった。が、二億だろうがなんだろうが破片は破片だ。布に包み直して蓋を閉じる。


「せめてアクセサリーにするとかさ、もうちょっとなんかあるんじゃないの? 尖ってて危ないし」

「確かに、そうやって加工している人もいますがね。私、宝石は原石派なんです」

「原石て」


 箱と紐をカウンターに置くと、店員は慣れた様子で紐を掛け直し、手を伸ばして手近な棚にポンと置いた。とても二億の品を扱う手つきではなくて、わたしはまたもや笑ってしまった。

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