12/13(水) 香水
制服のスカートのプリーツを指先で整える。お腹のところで折っているので、ちゃんとやらないと折り目が汚くなるのだ。わたしの場合は二回折で膝上三センチ。長すぎず短すぎず、綺麗なバランスになる。厳密に言えば校則違反だが、うちの高校はそこまで厳しくないので、先生に見つかっても特に何も言われない。
スカートは折っているが、メイクは一切していない。リップも無色の薬用のやつだ。それほどファッションに気を使う方ではないのだが、なんとなく全身のバランスが整っていないと気になってしまう。スカート丈、靴下の長さ、髪を結ぶ高さ。デッサンの構図がダサいとイライラするのと一緒だ。
「よし、黄金比」
駅ビルのガラスに映る自分を見てニヤリとする。本当に黄金比率になっているかどうかは知らないが、「バランス整った!」みたいなニュアンスでそう言うのがクラスで流行っている。
「どうも」
「いらっしゃい」
店主がちらっと顔を上げ、手元の書類に目を戻す。帳簿のように見えるが、いまだに紙なんだろうか。しかもあれ、羽ペンじゃない?
まあいい。気を取り直して、わたしは今日の箱を選びにかかった。黄金比のことを考えていたので、自然とそれに近い比率のものに目が行く。
鞄から朝読書用の文庫本を取り出して、その上に目をつけた箱を乗せてみる。思った通り、ちょうど半分のサイズ。本物の黄金比だ。
よし、黄金比。これにしよう。
そう心の中で呟いて、本を鞄に戻すとそっと蓋を開いた。
「……わぁ、黄金比」
黄金比、じゃない。実際には。中に入っていたのはもっとずっとほっそりした形の香水瓶だった。下の方がほんのり薄紅色、蓋の方に行くにつれて乳白色になってゆく、やわらかな磨りガラスの瓶だ。装飾的のついていないシンプルな形だが、本当にもう、えもいわれぬ美しいバランスなので、むしろそれが一番美しく感じる。ブランクーシの《空間の鳥》をちょっと丸っこくしたような、優美でかわいらしいフォルムである。
「綺麗……中身も入ってる」
瓶を揺らすと、中の透明な液体がちゃぷちゃぷと揺れた。
「これ、蓋開けていい?」
「かぐだけなら、どうぞ」
許可が出たので、そうっと蓋を外す。ふわっと香るのは――
「……ん?」
「いい香りでしょう」
「え、うん……ちょっと、雑草っぽい?」
「白詰草の香りです」
白詰草って、クローバー? 公園の端っことかに咲いてるやつ?
言われてみれば、そんな匂いかもしれない。どこかかぎ覚えのある、優しい草の匂い。うん、「香り」というより「匂い」だ。
「これって……もしかして、白詰草の花びら?」
「ご名答」
改めて見れば、瓶の形は白詰草の花びらを一枚引きちぎったような色と形をしていた。おしゃれといればおしゃれだが……なぜ白詰草?
わたしが微妙な顔をしていると、店員が「この良さがわからないとは、まだまだですね」と首を振って笑った。ちょっとイラッとしたが、やっぱりどう考えても雑草の匂いをさせながら歩いている人は変人だと思うので、相手にしないことにした。
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