12/12(火) 小石

 その日わたしが開けたのは、黒い漆塗りの箱だった。側面に蒔絵が入っていて、蓋の角がちょっと丸い、玉手箱のミニチュアといった感じの小箱である。


 だから綺麗な貝とか、珊瑚のブローチとか、そういうものを期待して開けたのだ。


「……何これ」


 指先でつまみ上げる。なんの変哲もない、灰色の石ころである。丸くて平べったい、川辺に山ほど落ちてそうなやつ。


「特に……絵とかも描いてないし」


 川の石に可愛い絵を描いてニスを塗ってペーパーウェイトに、とかそういう類のものでもなかった。本当にただの石だ。


「ああ、店に並べている私が言うのもなんですがね。それを買うのはおすすめしませんよ」

「でしょうね」

「持ち主が次々に亡くなってるんですよ」

「え?」


 また呪いの品かよ、とわたしは箱ごと放り出しそうになり、そこではたと動きを止めた。持ち主が……


「なんでこんなのに、そんなたくさんの持ち主がいるのよ?」


 もうちょっと綺麗なものならともかく。

 それこそ、あの魔法みたいなガラスの指輪とか。


 わたしが眉を寄せていると、店員がいつになく真面目な顔になった。真剣な顔がちょっと眼福かも……とかは思わない。


「見てわかりませんか? 最高の形なんですよ、水切りするのに」

「……は?」

「もしかしてご存知ないですか? 水切り」

「水切りって……あの、水面の上で石を跳ねさせるやつ?」

「そうです。思わず投げずにはいられないが、投げたら手元からなくなってしまう。だが拾いに行ったが最後……川に流されて溺死だっ!」

「ばからし」


 そうやってこの石は数多の男達の命を奪いながら川を下り、また岸辺に流れ着いては誰かに投げられ――といかにも怪談か何かのように語る店員に、わたしはフンと鼻を鳴らしてみせた。


「大丈夫だよ、ぜんっぜん、ほしくないから」

「おや、そうですか……?」

「心底不思議そうな顔すんな。ていうかさ。昨日の真珠と箱交換した方がいいよ、絶対」

「いや、ですから物の価値というのは人それぞれで」

「『人』それぞれだとしても、真珠をゴミだと思ってるのなんて流石に貝だけだから」


 そう言ってやったが、「わかってないなあ」という感じの顔をされて腹が立ったので、「あー、これだからおっさんは!」と言ってやった。が、二度目だからか飄々と笑って流されて、わたしは更に苛立つことになった。

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