12/10(日) 管

「あ」


 思わず声が出てしまった。相手が振り返って、やば、と思う。


「……すみません、なんでもないです」


 老紳士は目を細めて柔和に微笑み、帽子をちょっと持ち上げて会釈した。

 そう、一箱屋に先客がいたのだ。


 わたしは会釈を返してそうっと後ろ手にドアを閉め、隅っこの方で箱を眺めるフリをしながらチラチラその人を観察した。


 なんというか、実に絵になるおじいさんである。ちょっと鷲鼻ぎみの痩せた顔立ちに、切れ長の瞳。けれど目尻には優しそうな笑いじわ。そのギャップがいい。頼んだらモデルになってくれるだろうか。


「ふむ、これは……」


 と、おじいさんがひとつ箱を手に取って開けた。中を見て微笑んだ横顔を見て、ちょっとだけ首を伸ばして手元をチラ見する。と、気配を感じて振り返るおじいさん。


「……あ、すみません」

「どうぞ、いらっしゃい。一緒に見ましょう」

「いいんですか」

「もちろんですとも」


 手招きしているおじいさんの隣へ行って、箱を覗き込んだ。中には細い竹の筒が入っている。


「今日は運がいいな。お客さんがふたりいますとね、ふたつ開けられるんですよ」

「え、そういうのアリなんですか」

「少なくとも、叱られたことはありませんね」


 おじいさんがカウンターに向かってパチンとウインクし、店員が苦笑いを返した。ギリギリセーフといった感じだろうか。


「じゃあ、友達連れてきたら……ああ、うーん、でも」

「そうですよね。私もここは自分だけの秘密にしておきたい」

「わかります」

「ね」

「わかり合わないでくださいよ。ただでさえ売れてないんですから」


 店員がぼやいて、わたしはおじいさんと顔を見合わせてふふっと笑った。


「で、これは何かな?」


 おじいさんが尋ねると、店員は不満顔のまま「くだですよ。管狐くだぎつね専用の」と言った。


「管狐って、妖怪の? それ専用の管というのがあるんですか」

「そりゃありますよ。まあ、専用のものだからって中に入るかは個体によりますけどね」

「ほう、猫のベッドみたいだなあ。ほら、よく言うでしょう。せっかく買ったのに外箱の段ボールを気に入ってしまったとか」

「そういうものですよ、ペットなんて」


 管狐って、ペットなんだ……?


 私はそう思って眉を寄せ、桐箱の中の竹筒をじっと見た。この中に小さくて細長いキツネが住んでいたら……うん、可愛いかもしれない。なに食べるんだろう。


「でもそのメーカーのは、結構口コミいいですよ。陰陽師監修の『きつねさんだいしゅきモデル』だそうで」

「ほほう、それはそれは……いらないな」


 だよね。


 にっこり笑って、おじいさんが「欲しいならお譲りしますよ」と箱を手渡してきた。私は無言で首を振って蓋を閉じた。


「まあ、管狐なんて飼ってませんからねえ」

「ですね」

「お嬢さんは、今日はどれを開けるんです?」

「……ねえ、この箱って同じの二回開けてもいいの?」


 そう問うと、店員は「いいですよ、一日一箱までなのは変わりませんが」と言った。私は迷わず昨日のリボンの箱を手に取って、おじいさんに蓋を見せる。


「これ、開けたことあります?」

「いいや、はじめてですねえ」


 蓋を開けると、やっぱりリボンはうっとりするくらい綺麗だった。おじいさんは「それがお嬢さんのお気に入りですか。なかなか見る目がおありのようだ」とのんびり笑った。


 なんとなく、この人には一番のお気に入りを見せてあげたいと思ったが、それはそれ、これはこれ。その後、彼がリボンを買うと言い出さなくてちょっとほっとした。

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