12/06(水) 指輪
「ムーンストーン……じゃない?」
前から気になっていた、小さなカメオの宝石箱を開けて、わたしは首を傾げていた。中には指輪がひとつ入っていたのだが、そこに嵌められている宝石が、なんともいえない不思議な色をしているのだ。
「似たような青いシラーは入りますが、これはアンティークガラスです」
「ガラス? マジで?」
「サフィレットって聞いたことありませんか? チェコで作られた、だいたい百三十年くらい前のものですかね。貴重品ですよ」
「ガラスってこんな色になるの?」
「聞いてませんね」
「青、茶色、ピンク……? え、ちょっと待って。これって本体は何色なの? 青?」
角度によって次々に色を変えるそれは、とてもガラスには見えない。ムーンストーンとかオパールとか、そういう不思議な光り方をする宝石の仲間だろう、どう考えても。
「ガラスってつまり、人工物ってことだよね? 誰が作ってんの? 魔法使い?」
「ガラス職人です」
「んー……」
もう一度、二度、と角度を変えて眺める。何がここまで不思議に見えるのだろうと考えて、思い至った。
「ああ……写真の加工で、アンティーク系のフィルターかけたみたいな色なんだ。それが目の前にあるのが変な感じ」
「こんなに情緒がない感想もなかなかないですよ」
「うるさいな。影の色が茶色くて、この世のものじゃないみたい」
くるっと箱を回して、カメオを観察する。まあ普通に女の人の横顔だが、もしかして、これを贈られた人の肖像画だったりするのだろうか?
「……綺麗な人」
そうつぶやいて、スマホを取り出して「サフィレット」と検索する。
「あ、ほんとにあった」
「嘘だと思ってたんですか」
「昨日のが『九尾の妖狐』だったしね」
画像欄にずらりと並ぶガラスの宝石はすごく綺麗だ。だが、目の前のそれとは何かが違う気がして、わたしはもう一度手元の指輪に視線を落とす。
「なんか……寂しそう」
儚げな青い光が、心もとない感じでゆらいで見える。不自然なミルクココア色の影を含んで、地に足つかず、その不安で涙をいっぱいにためているような。
「おや、多少は詩的な感想もおっしゃるんですね」
「うるさいな」
わたしはため息とともに蓋を閉じた。とても美しい品だったが、なんだか手元に置いておくとわたしまで不安になりそうな、そんな感じがしたのだ。
「じゃあ、また明日。絵画コンペの締切日だから、ちょい遅くなるかも」
「お待ちしております」
あたたかい声に、やっぱり昨日は待っててくれたんじゃないかと思ったが、ストレートにそう尋ねるのは流石に無理だったので、背を向けたまま「……ありがと」とぼそぼそ言ってドアを開けた。
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