12/04(月) ガラス片
カラン、と乾いた音が一回。
普通はもうちょっと、カランカランカランと三回か四回くらい、にぎやかに鳴るものな気がするが、一回きりである。見上げてみたが、まあ普通のドアベルだ。木製なのがちょっと変わっているといえば変わっているが、そのせいで鳴らない、という風にも見えない。
まあいいか。わたしは「いらっしゃい」と声をかけてくる店員に会釈し、まっすぐ昨日の紙箱に歩み寄った。白くてツルッとしたボール紙の、軽い紙の小箱だ。
「よかった、売れてなかった」
「私としては売れて欲しかったですけどね、あれもこれも。どうも屋根裏に閑古鳥が家族で棲みついてるもので……」
「え、何これ。石?」
「ちょっとは反応してくださいよ」
「ガラス?」
「どっちでもありますかね。天然ガラスです」
「ガラスって自然にできるものなんですか?」
小指の先ほどの小さなかけらは、溶けて丸まったような形をしている。
黄色とも緑ともつかない。かといって黄緑でもない、不思議な色。
「綺麗」
「リビアングラス、という言い方もします。砂漠に隕石が落ちると、その熱で砂が溶けて作られるんです」
「隕石なの? これ」
「違います。溶けた砂漠の砂です……と言いたいところですが、それだけじゃ説明がつかないんですよね、色々と。特にその標本は……ちょっと明るいところで見てみてください」
そう言われたので、指先でそっとつまみ上げ、色とりどりの窓ガラスの中で透明のが嵌まっている場所に移動すると、光に透かす。
「何これ、泡が……」
「不思議でしょう」
「え、どうなってるの、これ?」
無数の小さな泡が、しゅわしゅわと昇っていた。
ガラスの中に泡があるのは普通のことだが、その泡が動いているのだ。上へ上へと。まるでグラスに注いだ炭酸飲料のように次々に生まれ、上がっては消えてゆく。
「シャンメリーみたい」
色といい泡の具合といい、まさにクリスマスに飲むあれである。同意を求めて店員を見ると、彼は「私ならシャンパンのようだと言いますね。大人なもので」と言った。上から目線なのが微妙に気に障る。
「……おっさん」
「おっさんって言うな」
「ふっ」
実際には、結構イケメンな部類のお兄さんである。でもそんなこと言ってやらない。女子高生というのは日本一バカにするのが難しい種族なのだと思い知らせてやる。
「そう言われても、おっさんはおっさんだしな〜」
「ちょっと君。あまり大人を」
「閑古鳥のギャグもスベってたし」
「くっ……」
悔しがる大人を堪能したところで、わたしはそうっとガラス片を箱に戻した。昨日の腕に比べたらそりゃあもう、ずっとずっと欲しかったが、なにせ一生に一箱しか買えないのだ。せめてクリスマスまではじっくり選びたい。
「……この店って、取り置きしてくれるの?」
「いいえ。人間というのはまあ業の深い生きものですから。取り置きなんてしたら欲をかいてもう一箱、もう一箱と開け続けて一生買ってもらえないので」
「よし、明日閑古鳥に餌買ってくるわ」
「やめてください」
名残惜しくもう一瞥だけして、蓋を閉じる。こうしてみれば、簡易なボール紙の箱は鉱物標本っぽいかもしれない。産地なんかのラベルはなかったが。
「じゃ、また明日」
「おや、そうですか」
「クリスマスプレゼント、ここで買うことにするから。イブまでじっくり選ぶ。あ、もちろん自分へのプレゼントね」
「それはそれは」
いいですね、とほほえんだ店員の顔がやたら良くて調子が狂ったが、わたしは「じゃあ、鳥の世話よろしくね」とひらひら手を振って店を出た。
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