第393話 美しくないサッカー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
初戦のマレーシア戦を10ー0と大勝の日本、勝ち点を重ねただけでなく得失点差においてもかなり有利となって、翌日休みの朝を気分良く日本はドーハのホテルで迎えていた。
「目の前の飯見てると此処がカタールっていうの忘れそうだわ」
「ちゃんとカタールだぞー」
普段はパン派の月城、目の前に並ぶのは白米とワカメと豆腐の味噌汁、付け合わせに用意されたのは卵焼きと鮭の塩焼きにほうれん草のおひたしだ。
デザートにはフルーツゼリーが用意されている。
代表の栄養士が作る日本食で選手達の栄養面や体調を支え守っていく。
隣の席に座る佐助、政宗の仙道兄弟は揃って白米をかきこむように食べる。
1杯、2杯じゃ足りない大門は白米と味噌汁を揃って追加、その彼に続けとばかりに番も朝からご飯3杯目を行っている。
「あ、このゼリー美味しい〜♪もう1個余ってませんー?」
「それ1人1個だから無いよ」
食事を作った栄養士に弥一はフルーツゼリー余ってないかと聞くが、無いと言い切られて肩を落とす結果となってしまう。
1個を大事に美味しく味わい、最後の一口を名残惜しみながら食べていった。
「へぇー、ドーハはサルーナ(肉入りシチュー)やマチブース(肉を乗せた炊き込みご飯)なんだなぁ〜」
カタールの首都ドーハで弥一は何が美味しいかスマホで調べ、お勧めとされるグルメを見ていた。
忘れられない悲劇があった因縁の地でもマイペースなのは変わらない。
「フランスの時と違って今回はあまり出歩かない方が良いぞ、大事なワールドカップに行く戦いだ。アクシデント起きて怪我でもしたら皆困るだろうし」
「分かってるってー、アジアカップ終わった後にちょっとドーハ観光するだけだからー」
「終わった後は多分すぐ日本帰国だろ、暇は無いと思うぞ」
出歩くなら今回は止めとけと優也に言われ、弥一はドーハの観光は厳しそうと判断してアジアカップの試合の方を暇つぶしにチェックする。
「韓国も派手にやってるねー、8ー0だってさ」
弥一が目に止まったのは韓国がインドネシアを8ー0で下した記事。
韓国の虎が開幕からエンジン全開、4得点の荒稼ぎで得点ランキング単独首位という見出しや内容の記事だ。
「オーストラリアもしっかり勝ってるみたいだ、シリアに2ー0」
大門も自分のスマホでアジアカップの一戦目を調べ、結果を見ていた。
日本や韓国と比べて派手なスコアではないがオーストラリアもしっかりと勝っている。このホテルに宿泊する日本、韓国、オーストラリアの3チームが白星発進だ。
「同じ組のベトナムとヨルダンは…ヨルダンが3ー0か、ベトナムは力付けて来たけどあっちがそれを上回って来たな」
こちらはノートPCでアジアカップ情報を見ている藤堂、この先当たる2チーム同士の激突はヨルダンが制した。
「ヨルダンは過去にA代表の方で壮絶なPK戦ありましたよねぇ、芝生の状態が酷くてゴールを途中で変更したりとか」
白羽はA代表の方で日本とヨルダンが戦っていた事を聞いている、それはアジアの戦いで日本サッカーの歴史に刻まれる程だ。
今回は予選リーグ戦でPKの心配は無い。
「ん?この試合…前半でベトナムのヴァンが負傷で交代してるのか」
照皇が記事でベトナムのエースFW、ヴァンが負傷して途中交代しているという一文に気付く。
ヴァンは将来のA代表入りも確実と言われる程の優秀な選手、その彼がヨルダン戦で負傷してしまう。
エースの退場が大きかったのかベトナムはその後にヨルダンに対して3失点と完敗だった。
「試合動画は無いか…?お、あったあった」
藤堂の方でベトナムとヨルダンの試合動画を発見、具体的な内容を見てみる。
前半立ち上がりはベトナムがエースのヴァンを軸にヨルダンゴールへと攻め、ヨルダンは引いて守る防戦へと追い込まれて凌いでいた。
ヴァンは左利きの選手で左足を使ったドリブルやシュートを武器にするテクニカルFWだ。
止めに来るヨルダンの選手1人に対して速いフェイントで翻弄し振り回していく。
負傷退場という事だが何処か痛めている様子はこの時点では見られない。
ベトナム有利で試合は進むと前半にヨルダンのファールがあって左サイドの遠い位置からのFK、流石に直接狙うには厳しい距離だが放り込まれるかもしれないロングボールに備え、両チームの選手がヨルダンゴール前に密集する。
そして放り込まれたロングパス、密集地帯へとボールが向かい各選手が競り合う中でヴァンが苦悶の表情を浮かべてフィールドに倒れてしまう。
これには主審も一旦試合を止めてヴァンの様子を見に走る。
「絶対に密集で何かあったよな、藤堂さんリピートー」
「ああ」
白羽に急かされつつ藤堂はヴァンが倒れる前へと戻し、彼が倒れる前をよく見てみる。
「マークしているのは、8番のハサと10番のカシム…こいつら兄弟なんだな」
ヴァンをマークするのは前線の選手であるヨルダンのハサとカッシムの兄弟、ハサが兄でカッシムが弟だ。
それぞれ長身で体格が良くA代表のヨルダンに居てもおかしくない風貌だ。
その2人に挟み込まれる状態で密着されるヴァン、直後に彼はフィールドに倒れ伏している。
「上手くブラインドしていて見えないけど、これ…あの兄弟潰してるな」
「え?」
動画を見て光明はハサ、カッシムの兄弟がヴァンを潰したと見ている。
「たまにこういうのブラジルでも見るんだよ、上手く見えなくしてのラフプレーで選手を削ったり潰したりしてレッド回避っていうのは」
彼らがやったのは巧みで悪質なラフプレー、それによって相手のエースは潰されてチームが窮地に追い込まれ、そこへヨルダンは3発決めて勝利を手にする。
「なんて奴らだよ、汚いサッカーしやがって…!」
同じ組の下調べは終わり解散となり、弥一とホテルの廊下を歩いてると狙ってのラフプレーで潰したと聞いた番は怒りを見せていた。
「審判もあれで何でカード出さねぇんだか!」
「死角で見えなかったりしたし、何であれでカード出さないんだって納得いかない判定も結構あったりするからね」
「ああくそ…サッカーはそんなんじゃなくてもっと磨かれた力と技がぶつかり合っての、とかそういうもんだろ」
「それがワールドカップと名のつく戦いじゃないかな?」
怒る番に対して弥一は冷静だ。
「フランスの時とは違う、ワールドカップを目指した本当に負けられない真剣勝負になれば皆必死であれこれ勝利を目指して試行錯誤、その結果美しいサッカーがあれば美しくないサッカーも生まれちゃうもんだよ」
「…」
「なーんて、似たような事をイタリアで言われた事あったんだよねぇー」
真剣に言った後、弥一はおどけた感じで番へと振り返る。
「美しくないサッカー…か、A代表じゃ悪質なラフプレーあったのは何回か聞くけどまさかUー20でも…」
「ま、とりあえずベトナム戦をまずは勝ってこう♪一旦ヨルダンは忘れて忘れて」
「お、おお」
次戦はヨルダンに負けたベトナム、ひとまずそっちに集中しようと弥一はくるっと前を向いて再び歩き番も続く。
その中で弥一は動画で映っていたヨルダンの兄弟2人を思い出す。
心配して負傷のヴァンを見ていたが一瞬浮かべた2人の嫌な笑み、あの悪意が3戦目の日本に向けられるかもしれない。
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優也「世界だとこういうサッカーもあるもんだな」
大門「見ていて気分のいいものじゃないけど…!」
優也「フランスへ行く時の飛行機で弥一が言った殺し合い…こういうのも含まれてるのか」
明「悪質なラフプレーにもどう対処するか…ですね…」
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