第365話 踏み台にする男


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











「くそっ!またあいつにやられた!」


 総体に続き、またしても狼騎に失点を許した佐助は悔しい表情を浮かべてフィールドに右拳を叩きつける。


 1ー0、こちらが先制するセットプレーのチャンスだったはずが逆に先制されてしまう。

 だが八重葉の方で大きく慌てはしない。


「すいません、俺がもっと上手くあのボールを弾いていれば…」


「いや…急にあんな位置から強烈な球を放り込んで来る事はあの状況では予測しづらかった」


 政宗は上手く弾けなかった自分に責任があると肩を落としていたが照皇がその肩を叩き励ます。


 責任が政宗にあるとは思っていない、責任があるとすれば今のシュートで得点出来なかった自分にあると照皇は考えていた。


「ハーフタイムは近い、このまま崩れず立て直し隙があればどんどん同点を狙って行くぞ」


 気持ちを新たにフィールドへそれぞれ散って行く。



「いやー、こんな上手く行ったのは狼騎と五郎が居てこそだな」


「ほんとあれ、何する気なんだと思ったぞ」


 牙裏の方で春樹と但馬が先程のやり取りについて話しており、但馬の頭の中でその場面が蘇る。




 時は遡り八重葉のセットプレー準備中。



「五郎、もしボールをキャッチしたらすぐ僕に投げてくれ。あの位置に居るからさ」


「あ、はい。キャッチ出来るか分かりませんけど…」


「だから取った時で良いよ、じゃあ頼んだぞ」




 それが但馬から見えた春樹と五郎のやり取りだった。


「本当だったらイメージとしては五郎のボールをそのまま蹴る、あそこからGKが飛び出すのが難しいギリギリの所へと出して狼騎に届けるつもりだったんだけどなぁ」


 今決めたゴール前は狙った形ではなく偶然、人々からすれば弾丸シュートに見えたが春樹は狼騎への弾丸スルーパスのつもりで蹴っていた。


 政宗に弾かれたのは想定外だったが、そこから決めてくれたのは狼騎の力だ。


「どんなゴールイメージだよそれ」


 入ったから良いけどな、と付け足した後で但馬は周囲のDF陣に集中するよう伝える。



「最高のイメージのつもりだけどね」


 小さく呟くように言ってから春樹は再び前へと見据えていた。



 八重葉は試合再開後、同点に追い付こうと攻めに出る。


 白い軍団の攻撃に対して牙裏は春樹や但馬を中心としたDF陣でチャンスを与えない。


『八重葉、石山が角度の無い所から強引にシュート!丸岡がブロックしてこぼれ…天宮拾った、クリアだ!』


『天宮君セカンドボールを結構拾えてますね、八重葉がこれによって追撃出来てませんし良いプレーです』


 牙裏DFが体を張って防ぎ、こぼれ球を春樹が拾ってキープしたりクリアしたりとボランチとして良い仕事が出来ていた。


 前半はこのまま1ー0、牙裏の1点リードでハーフタイムに入る。




「牙裏の1点リードか、まだ分からないな。照皇さんがこのまま終わるとは思えないし、良い選手が揃ってて八重葉は総合力に優れている」


「後は月城が何処まで持つのか、かな?かなり攻守で走ってるしフル出場であれはまず持ちそうにないよ」


 ハーフタイムへと入りスタンドにて共にお茶を飲んで話す優也と翔馬、牙裏が優勢だがまだ先の展開によっては八重葉が優勢になる可能性は充分だ。


 立見としてはどちらが決勝の相手になってもおかしくない、両者の動きはよく観察するに越したことは無いだろう。



「会場に美味しそうな饅頭あったから買ってきたよー」


 そこに弥一がハーフタイムの時間を利用し、土産売り場に饅頭を見かけて食べたいという欲求に抗う事無く買って戻って来ていた。

 薄皮の生地にこしあんがたっぷりと入った饅頭だ。


「う、美味しそう…!だけど甘い物まで食べたら確実に太る…くうう、弥一君なんて魅力的な物を持ってくるの…!」


 既に大盛りの弁当を平らげている鞠奈、饅頭も食べたいという欲望と頭の中で必死に争う。



「もう後半始まるタイミングだ…ギリギリ間に合ったー」


 弥一が席に戻る頃には選手達が再び出て来て後半キックオフを待つ所だった、我ながら良いタイミングと思いつつ弥一は食後のデザートとして饅頭を1個食べ始めている。





「月城、まだ走れるか?」


「大丈夫っすよ、このまま最後まで走っても良いぐらい調子良いですから」


 開始前、月城のスタミナは大丈夫かと照皇は聞くとまだまだ問題無いと本人は答える。


 出来る事なら月城が動けてる間に同点、または逆転と行きたい所だ。


 八重葉の守備陣もこれ以上の追加点は許さないと意気込み、勝利に向かって士気は高まっていた。



『両チーム出て来ました、八重葉と牙裏は共に選手の交代は無し、牙裏の方はまだこのタイミングで1年の風見を出さないようです』



「あっちは今負けている、同点ゴールは絶対欲しいだろうね。元王者のプライドもあるだろうし」


「まずは守備を固めていくか、後半連中は怒涛の攻めで来そうだし」



「いや…2点、3点取って向こうの息の根を止めに行く」


 牙裏陣営で佐竹、春樹が話し合い佐竹は後半一気に攻めてくる八重葉に対してまずは正面の守りを固めて行くかと提案するが春樹は違う。


 1点リードに満足せず更にリードを広げる攻撃的な姿勢、それが勝利への最短ルートだと揺るがなかった。




『八重葉、中盤で速いパス回し!そこから右へと展開…っと立石サイドチェンジ!大きく左へと出して月城だ!』


『素晴らしい連携です!牙裏立ち上がりマーク間に合ってないですよ!』


 後半が始まり八重葉が王者返り咲きを目指し負けられない、その想いが乗り移ったかのように連携してボールを繋いでいく。


「10、9落ち着いてしっかりマーク!」


 五郎はゴール前のFWをしっかり離さずマークと伝える。


 そこに月城が左足でボールを低く出して来た。


 合わせたのはFWの照皇や笠松ではない、中へと入り込んでいた中村がダイビングヘッドで合わせていく。


 ゴール左へと飛ぶ球にも五郎は反応、大きく跳躍すれば両腕を伸ばしてボールをキャッチ。

 意表を突いたつもりだったがこれもゴールならず、月城は反転して自軍ゴールへと走る。



『中村のダイビングヘッド!しかし此処もGK三好が立ちはだかる!牙裏の小さな守護神が躍動している!』



 キャッチした五郎は右足のパントキックで前へと送れば、中盤の佐竹が政宗と空中戦になり長身の佐竹がこれに競り勝ち、頭で落としたボールは岸川が拾う。


 岸川は再び佐竹へとパス、着地の時に芝生に足を取られたか政宗は立ち上がるのに若干手間取っていた。


 一瞬の隙が出来たおかげて佐竹に通り、前を向くとゴール前へと速いパスを高めのボールで出す。


「(こっちか!)」


 佐竹からのパスが出されると高いボールのターゲットはもう一人のFW高柳を狙ったと分かり、佐助は素早く落下地点へと移動。


 高く上がったボールを頭で弾き出す。


『佐竹のゴール前へのパス、仙道佐助がヘディングでクリア!』



 弾かれた球、これに猛然と春樹が走り込んで来ている。


 そして春樹は佐助がクリアしたボールをそのままダイレクトで右足のシュート。


 まるで前半の五郎から出されたボールを蹴ったシーンを再現したかのようだった。

 それとは違うのは距離がより近い、今度はハッキリと八重葉ゴールを捉えているという2点だ。


 距離にして30m以上ある位置からのロングボレーシュート。

 春樹の右足により放たれたボールは砲弾の如く勢いを持って、八重葉のゴール右へと飛ぶ。


 守備陣が誰も反応出来ないままボールは八重葉のゴールネットを激しく揺らしていた。



『ご、ゴール!全国最強クラスの軍団を棒立ちにさせる一撃!!天宮春樹のスーパーゴールが決まったぁ!なんというシュートだ!?』


『クリアボールを完璧にボレーで捉えましたね!あれは八重葉といえど止められるのは難しかったと思いますよ!』



 2点目を決めて牙裏は喜び、八重葉の方は険しい表情を浮かべるものがいれば項垂れる者も出て来る。


「何で6番上がって来るの気付けなかったんだ、畜生…!」


 八重葉に漂う重苦しい空気、ゴールを決めた輪の中で喜び合う春樹は見ていた。



「(あんたらは立見を倒す為の踏み台だ、このまま粉々に砕け散ってもらうよ元王者さん)」


 2ー0、春樹のゴールにより八重葉が一気に窮地へと追い込まれていく。





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