第342話 忘れられないもの


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 赤い車は東京都内の道路を走り、目的地へと目指し太一の運転で進んで行く。


 弥一は助手席へと乗っていた。


 合同練習終わりにラーメンを食べに行く事を話せば自分の知る場所へ行こうと太一に誘われ、こうしてドライブを楽しむ形となる。


「ああ、遅れたけど立見が冬の選手権2年連続出場を決めたそうだね。おめでとう」


「ありがとうございます♪と言っても世間じゃ絶対王者だとか言われていますから、予選でコケたら格好つかないですからねー」


 太一の言葉に弥一は明るく笑って返す。


「全国に出て来て当然、か。僅か1年で立見は随分と上に駆け上がって行ったもんだ」


 少し前は東京ベスト8で相当な快挙と言われた立見、それが弥一達によって全国、更にその先の頂点まで輝き立見は一気に高校サッカー界で知らぬ者はいない程その名が広まった。


 今年は総体のタイトルを既に取っており、今回の選手権で立見が優勝候補筆頭となって注目されるだろう。


「練習より取材とかの方が忙しいぐらいですよ、どんな事喋ろうか考えるの大変でー」


「高校生からトークの事はあまり考えなくていいって、それはプロになってからでも遅くないからさ」


 太一も取材経験があればスポーツ番組のゲストで呼ばれた経験がある、そこでユーモアを混ぜての話を覚えた口だ。


「お、見えて来た」


 車内で会話をしている間に目的地が見え、太一は近くの駐車場へと車を止めて弥一と共に降りる。


 そこは一軒のラーメン屋、人々から見れば特別珍しいという事は無い。


 だが弥一にとっては忘れられない場所だ。



「弥一君は久しぶりだよな、このラーメン屋」


「…うん、覚えてます」


 弥一が最後にこの店へ来たのは小学生の頃、そこまで時を遡らなければならない程に遠のいていた。


「お前塩ラーメン自慢なのに炒飯行くのかよ!ってよく言われてましたからねー」


 昔を振り返りつつ弥一は太一と共に店内へと入り食券を買う、あの時と同じ炒飯を買えば同時に彼が推していた塩ラーメンの食券も購入。



「勝也の奴、この店の塩ラーメンお気に入りだったからなぁ…」


 生前の弟が好んで注文し、美味しく味わっていた姿が鮮明に頭の中で蘇りながら太一は自分の分の食券を買ってから弥一と共にカウンター席へと座る。


 店内は昼のピークを越えてから若干席に空きがあった。


「あの頃練習終わりで太一さんによく連れてってもらってましたね、勝兄貴と一緒に」


 このラーメン屋は柳FC時代、勝也と共によく食べに来ていた場所だ。


 練習終わりでお腹を空かせた小学生にとっては最高のご馳走だった。



「あの時、弥一君が加わる前に勝也が挑んだ全国大会の事は覚えてるかな?」


「忘れませんよ、そこで負けて勝兄貴が人知れず悔し涙を流したって聞いたのも此処でしたから」


 弥一が柳FCで同じチームに上がる以前、一度全国大会に出ていた勝也だったが優勝まで届かず悔しい思いをしていた。


 それを太一から聞き、勝也の事を任されたのは覚えている。


「そこから優勝、更にその後で君が卒業するまで連覇したりと、あの時もとんでもないと思ったけど今はそれ以上だ」


 小学生時代から優れた成績を残し、そこから中学、高校と続けて輝き続けられる者はそう多くない。


 天才と呼ばれる類の中で更に弥一は飛び抜けていた。


 高校どころか世界の強豪と渡り合い勝利に導く程だ、彼に関しては超高校級、それをも超えてしまってプロに届いている。


 贔屓とか無しで太一の評価だ。



「立見はこれ以上無いぐらいに栄光を手に入れた、勝也も喜んでいるはずだ。弥一君…高校はこの辺りでもういいんじゃないか?」


「太一さん、それって…」


「俺はまだ君の事を諦めていない」


 弥一は太一の意図を把握する、此処に来たのは昔話をするだけじゃなく自分をプロへと誘いに口説く為。

 去年の夏に終わったつもりだったが太一の方は諦めていなかった。


「君と同じ大きな才能を持った工藤龍尾は高校在学の状態でプロ入りし、頭角を現してきている。八重葉の照皇誠も卒業後、東京とプロ契約する事は確定だ」


 一足先にプロJリーガーとなった龍尾、公式戦でゴールを守る機会が増えて活躍している。更に照皇が卒業後に東京とのプロ契約が決まったという記事も最近出始めていた。


 弥一と同じ天才と言われた者達が新たな道に向かい歩き始めている。


「それについては今考えている暇無いですねー、選手権の事もあるけど来年のUー20ワールドカップアジア予選とかもありますから」


「ワールドカップか…」


 プロになる、それよりも弥一はするべき事へも目を向けていた。

 選手権の連覇、更にその先にあるUー20ワールドカップアジア予選の突破をしようと。


 日本がワールドカップと名の付いた大会を制したのは女子の方、男子ではベスト16止まり、最も手に届いたのがUー20ワールドカップがワールドユースと呼ばれていた頃、黄金世代と言われた天才を中心とした日本が準優勝。


 男子で世界の頂点は未だ取れていない現状だ。


「…簡単じゃないぞ、ワールドカップは。世代別でも…その名が付いた大会は各国が死に物狂いで取りに来る。特にアジア予選は過酷になるはずだ」


「まあえっぐいラフプレーとかしてきそうですよねー、A代表とか散々喰らってましたし」


 国際大会で大きなタイトル、それがワールドカップ優勝。

 たった1つしかない栄光の為に彼らは必死になり、時には蛇や鬼と化す時もある。


「心置きなくアジア予選戦う為にまずは選手権勝って来ますよ、それでUー20の方も制して…プロについてはそれから決めたいと思います」


「あくまで今はそっち、と。変わらずブレないな」


 プロについては一切考えず選手権の連覇とUー20の制覇だけに目を向ける姿勢の弥一、それに対して太一は軽く息を吐いてから小さく笑う。


 どうやら今の彼をプロへと向けさせるのはやるべき事を全て終わらせない限り不可能のようだ。





 話してる間に注文の塩ラーメンや炒飯が到着し、弥一が美味しく炒飯を味わう中で太一がふと思い出す。


「ああ、そうだ。選手権といえば最近牙裏学園が注目されてるね」


「10ー0の派手なスコアで決勝制したのは太一さんも気になっちゃうんですねー」


「それもあるが、中心になってる天宮春樹君という子が居てね…覚えてるかな?彼も同じ柳FCで同じチームにいて勝也の一個下だった…」


「春樹さんなら覚えてますよー」


 ついこの前久々に会って話したばかりだし、と弥一は内心付け足しておく。


「彼に関しては俺も覚えてるよ、彼は勝也の葬式の時…酷く取り乱して悲しんでいた」


 当時の事を思い出すように太一はその時の事を話す、勝也が葬式の時に弥一はイタリアで参列は出来なかった。






「勝也さん!死んだなんて嘘だ!こんなの嘘だぁ!そんな事あるかぁぁーー!!」


 静寂を破り、周囲に取り抑えられながら泣き叫ぶ彼の姿は今も太一の記憶に強く残っている。


 自分自身も弟の亡骸を前に酷く取り乱していた。彼を見ているとその自分が重なって見えるようだった。






「…」


 弥一は彼の死について知らされたのみで実際に対面出来ていない、もし弥一も勝也を前にしたら正気を保っていられたかどうか分からなかった。


 同じようにひたすら泣き叫んでいたかもしれない。


「(強く勝兄貴を慕ってたんだ、昔も今も)」


 今も春樹が変わらず勝也を強く慕う事はこの前会って分かった。



 春樹が自分に対して強い敵意を向けている事も。


 その事を思い出しながら弥一は勝也の愛した塩ラーメンを味わうのだった。




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 此処まで見ていただきありがとうございます。


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 勝也「あ、塩ラーメン好きで食ってたけど炒飯も実は結構好きだから。弥一に影響されたかな…此処だけの話って事で!」



 フォルナ「ほあ〜!」


 弥一「んー?フォルナ、誰か居たのー?誰も居ないけど〜」

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