第337話 牙裏の覚醒


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











「牙裏は好調だな」


「ああ、酒井狼騎無しで今の所勝ってるし」


 会場でカメラマンや記者達がフィールドに注目、岐阜予選を順調に勝ち続ける牙裏は準々決勝の柿山桜(かきやまさくら)高校を高柳と佐竹のゴールにより2ー0で下し、準決勝で強豪空王(くうおう)工業高校と激突。


 前半に佐竹が味方とのワンツーで抜け出し、高柳へとスルーパスを出して決定機を演出。

 これを高柳が確実に決めて牙裏が先制する。


 この試合もこのまま行けるかと思われたが、昇泉とも岐阜代表を争い競い合える程の地力を持つ空王は甘くない。


 牙裏の選手が相手の単独突破を前にファールで止め、ゴール正面でFKのチャンスを与えてしまう。


 キッカーはファールを受けた空王のエース、長い黒髪が風を受けつつもしっかり前を見据える背番号6の石川正俊(いしかわ まさとし)がキッカーを務めるようだ。


 右足のFKで狙えば牙裏の壁を越えて行き、弧を描くように向かえば外れると思われたボールが右隅のゴールを捉え、GKの加納が懸命にダイブして左腕を伸ばすも指先を掠めつつゴールネットへとボールが入って行った。


 これが牙裏の今大会初失点となる。


「(同点ゴール…中々厳しくなってきたな準決勝)」


 相手の石川に決められ、春樹は準決勝で一気に相手が強くなったと感じた。


 前半はこのまま1ー1で終了、牙裏はこの大会で初めてリードを奪えないままハーフタイムを迎える。



「おっし、この逆境跳ね返すのは格好良いだろ。いっちょ行ってくるわ!」


「相手は空王だから気を付けてねショウー!」


 この試合も何時も通りベンチの五郎、後半から出場でチームが劣勢の状況を救ってやろうと張り切る正二に声援を送っていた。




「おいおい、牙裏が追いつかれてるってのにまだ酒井を出さないのか?」


「万全の状態じゃないのかな?お、最近活躍の1年が後半登場だ」


 1ー1と追いつかれてのスコア、これはダークホースとして総体で注目された牙裏が此処で敗退もあり得るのではと記者達は思いつつ後半の試合を見ていく。




 その後半でアクシデントが発生。



「ぐっ……うう…」


 GKの加納が相手と空中戦で激しく接触、共に地面へと倒れるが相手の下敷きとなってしまった分、加納の方がダメージは大きかった。


 立ち上がれないのを見れば、試合の続行は不可能だろう。



「三好、準備しなさい。君の出番だ」



「はい!」


 ベンチをずっと温めていた五郎、試合に出られない時がずっと続いていたがついに彼にも出番が巡って来る。


 改めて自らの白い帽子を被り直し、キーパーグローブを身に着けて向かう五郎は緊張よりもやっとフィールドに立てる、試合に出られるという喜びの方が勝っていた。



「ゴロちゃんの出番だ!ゴロちゃんいっちょぶちかましてやってー!」


 フィールドへと向かう五郎の姿、それがスタンドから見えた愛奈は五郎に向かって大声で応援する。



「おい、あんな小さいの大丈夫かよ…?」


「うーん…けど神明寺弥一もそれで活躍したしなぁ」


 観客達は周りと比べて一際小さいGKの姿にちゃんと守れるのか、それとも弥一のように実は凄いのかと不安がある中で期待の声もあった。



「あんな小さけりゃミドルでガンガン狙えるだろ、見ろよ。ゴールが急にデカく見えるぜ?」


「牙裏はよっぽどGK不足なんだろうなぁ、チビに任せるなんてよ。ミドルどころかロングでも行けそうだし!」


 相手の空王は五郎の姿を見て加納より大分落ちる、あの小ささなら高さもリーチも無い、普通のGKより遠めのシュートが効果あるはずだと見ていた。


 その上アクシデントで向こうのプランには無いであろう交代、試合に入り込むには難しいタイミングで急なシュートへの対応は困難だろうと。



「こっちこっちー!」


 エースの石川を中心に空王が牙裏陣内へと攻め込む。


 ショートパスで繋ぎ、牙裏選手のマークを振り切っていくと予定通りエリア外から早めに石川が右足のミドルを放つ。


 シュートはぐんぐん伸びて迫り、ゴールの上隅へと向かう。斜め隅ではないが身長の低い相手ならこれでも行ける、逆転のゴールだと石川はシュートの行方を見ていた。


 しかしボールがネットを揺らす事は無い。


 その前に五郎が地を蹴って飛び、両腕を伸ばしてシュートをガシッと掴み取っていたのだ。


「!?(あのチビ取りやがった…!)」


「いくらなんでも今の遠すぎたんだよ、次だ次!」


「お、おう!」


 今のは遠かった、だから向こうも備える余裕があったんだと自らに言い聞かせて石川は仲間達と守備へ戻る。



 再び攻勢の空王、今度は石川から左へとボールをはたき、そこにFWが合わせて今度はミドルレンジからシュートが撃たれる。


 そのまま勢いは衰える事無くシュートはゴール左隅へと飛んで牙裏ゴールを捉えていた。


 これに五郎は飛んで来た方向へと横っ飛びでダイブ、低い身長分まで飛ぶと相手のミドルをまたしても両手でキャッチ。


「(な、なんだあのチビは!?)」


 相手が驚いている間に五郎からスローイングで出されると受け取ったのは春樹。

 空王のお株を奪うようなショートパスの繋ぎをやり返し、今度は牙裏が空王ゴールへと迫っていた。



「こんの!」


 ボールを持つ春樹へと空王の選手が止めに向かう、これに春樹は右足で強引にシュートへ持ってく構えを見せれば相手はスライディングで滑り込み、シュートブロックに向かう。


「(かかったっと)」


 この動きが見えていた春樹、シュートに行くと見せかけて軽くスパイクの爪先でボールを浮かし、相手の体を超えると自らもスライディングに来た相手をジャンプで飛び越えて、そのまま宙に浮いたボールを右足のジャンピングボレーで合わせた。


 この春樹のプレーで会場が驚く声を上げる間もなく、矢のような勢いで向かうシュートにGKは一歩も動けずゴールネットを大きく揺らされる。


 ゴラッソ、そう言われるに相応しい春樹のゴールを目の当たりにした観客達から大きな歓声が沸き上がり春樹はその声に応えてみせていた。


「天宮先輩今のマジ半端ねえっす!」


「うぉっと、重いってお前!」


 後ろから正二にのしかかられて春樹は潰れそうになる。



「今の凄いゴールだな!牙裏の6番天宮君か!」


「確かテニスで2度高校日本一、その前は中学で石立の方で3連覇…再びサッカーに戻って此処にきて調子を上げてきたかな?」


「それに代わって入った小さなGK結構やるみたいだし、この牙裏相当面白いんじゃないか!?」


 これは記事が書けそうだと記者達は先程よりも試合を真剣に見つめ、カメラマンも集中してシャッターボタンを押す。


「というか酒井狼騎がいなくてこれなら、万全ならひょっとして立見と八重葉にも…?」



「五郎君が入った時は大丈夫かなと心配になったけど、しっかり守ってるね」


「当たり前だよ、ゴロちゃんならあれくらいやってくれると思ってたし!」


 共に試合を観戦する千尋へと愛奈は自分の事のように誇らしげに語り、五郎のプレーを見守っていた。


 彼ならやれる事は毎回居残りで先輩と練習を重ねて来た姿を見たから、その根拠があるからこそ愛奈は安心して五郎を見てられる。



「(ふん…攻められてるってのにニヤニヤと嬉しそうにゴールを守りやがって、あのガキめ)」


 ベンチに座る狼騎が見ている先にはシュートを止める五郎の姿。


「皆ー、大丈夫大丈夫!声出して行こうー!」


 攻められている時間帯ながら五郎はゴールを守りながらも笑みを浮かべていた、今こうしてプレー出来ているのが楽しくて仕方ないという感じは狼騎に伝わっている。



 タッチラインを割ってボールが転がるとそれは狼騎の足元にまで転がってきた、それを取りに来た春樹と狼騎の目が合う。


「そろそろ試合、恋しくなってきたんじゃないかな?」


「てめぇの足慣らしはもういいのかよ」




「ああ、次から存分に暴れていいよ」


 今回で勘や感覚は取り戻した、遊びは終わりだと言わんばかりにボールを足で拾い上げ、そのままリフティングで運ぶ春樹は笑っているがその目は獰猛な獣のような目でフィールドや相手を見ていた。



 そこからペースは完全に牙裏の物となり、春樹がパスや個人技で次々と得点を重ねて気付けば後半だけで5点を積み重ね、春樹はこの試合でハットトリックの大活躍。


 まるで一気に火が付いたようで誰も彼を止められず、岐阜の強豪で知られる空王はまさかの大差で敗れていた。



 牙裏6ー1空王


 高柳1  石川1

 佐竹1

 風見1

 天宮3





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 此処まで見ていただきありがとうございます!


 今日から10月、気付けばこの作品も1周年が近づいて来ました。

 1日もサボらず毎日更新出来ているのは見てくれている読者の皆様のおかげです。改めましてありがとうございます。


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 弥一「1年かぁ、長いような短かったような…どっちだろうねぇ?」


 摩央「どっちにしろ筆が折れずによく書き続けられたなって思うけどな、300話以上を…」


 大門「100万文字以上の量だから相当だよな…」


 優也「後は作者が1周年までサボらずにいられるかどうかだ」


 弥一「という訳でまだまだサイコフットボール続くのでよろしくお願いしますー♪」

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