第332話 全国を目指す戦い、岐阜予選開幕


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 猛暑が去って過ごしやすい秋晴れの中で迎えた高校サッカー選手権岐阜県予選、今日が1回戦スタートの日だ。


 岐阜の方は全国へ行ける椅子はたった1つしか無く、皆がその椅子を狙って競い合う。


「なんだ、こういうのってテレビだと大勢の生徒とか応援団とか皆来るもんかと思ったら…えらく寂しいもんだねー」


 この日愛奈は1回戦の試合を見に来ていて、牙裏の応援席近くの席へと腰掛けて1回戦の会場となる場所を見渡してみれば、人は来ているものの満員とまでは行かない。

 互いの応援団も最低限の人数で多くは来ていなかった、


「そりゃまあ県予選の1回戦だから、テレビのあれと違ってそこまで人は来ないよ。むしろ牙裏が全国出る前とかもっと寂しいぐらいだったし」


 愛奈の右隣で話す牙裏の女子生徒、同じ2年のクラスメイトで赤く長い髪をポニーテールとなっているのが特徴で学舎千尋(まなびや ちひろ)だ。

 サッカー部を愛奈が何度も見に行ってる内に仲良しとなってサッカー好きで詳しい。


「それに相手の雅乃坂っていうのはサッカー部として活動し始めて間もないからねぇ、見るまでもなく牙裏の勝ちだと思って皆今回は来なかったんじゃないかな」


「へぇー、出来て間もない…そうなんだ?」


「だって見てよ、向こうのアップする姿」


 千尋に言われて指し示す方へと愛奈が目を向ける、フィールドの右側では雅乃坂のチームが試合に向けて動く姿があった。


 見れば何処か覇気がないように見えて、勝ちに行くという強い執念が感じられなかった。


「あれは同好会レベルだね、同じ出来て間もないチームでも東京の現王者立見高校とは大違い」


「東京の立見ってそんな強いの?」


「強いなんてもんじゃないよ!去年は公式戦で1度も失点しなかったし、守備が滅茶苦茶硬いかと思えば今年は攻撃まで凄くなってるんだから!」


 身を乗り出すような勢いで千尋が愛奈へと立見について語りだしていく、彼女のその姿で立見は凄く強いんだなと愛奈はなんとなく伝わった。


「総体もエースの照皇が怪我でいなかったけど、八重葉学園も点差付けられて負けてたし。今年の選手権で優勝するなら立見は絶対超えなきゃいけない壁ね」


「なるほどー…そりゃ此処で負けてる場合じゃないなぁ」


 千尋の話を聞きつつ愛奈の視線はフィールドの左側へと向く、牙裏の面々は雅乃坂とは違う軽快な動きを見せてアップを済ませていた。





「(久々、か。公式戦のフィールドってのは)」


 この試合スタメンに選ばれた春樹は背番号6を付けたユニフォームを纏い、雅乃坂戦のフィールドに立っていた。


 春樹にとっては久しぶりとなるサッカーの公式戦、中学時代の石立中、そして小学生時代の柳FCが思い出される。その中で春樹の頭の中に一人の男の存在が出て来ていた。


「(ま、多く試合が経験出来るってのはありがたい。早めに試合勘を取り戻しておかないとな、全国の為に)」


 1回戦から登場のおかげで牙裏はより多くの試合を重ねる事となるが、春樹はそれを歓迎する。この雅乃坂も含めて多くの試合でぶつかる相手を自分の糧に出来る、ありがたいと考えていたからだ。



 全国を目指す戦いへのキックオフは今鳴り響く。






「こいつは、圧勝かな?」


 牙裏と雅乃坂の試合会場へ見に来ていたのは、昨年の選手権に出場していた昇泉の選手達。


 それを率いる3年のキャプテンは光嶋裕太(こうじま ゆうた)、肩付近まで伸ばした黒髪、175cmの身長と体格は平均的だがテクニックに関しては岐阜で1、2を争う程に高いと評判だ。


 昇泉は2回戦からの登場となっており、この日はライバルとなる牙裏の偵察に来ていた。


「つか酒井の奴出てないし、偵察の意味ないわー」


「ぼやくなぼやくな、代わりに他の奴は居るから偵察続けるぞ」


 牙裏の要となる狼騎がこの試合に出てない、彼を偵察するつもりがこれでは意味が無いと1人が呟く。


「あいつ無しでも前半で4ー0なぁ」


「ま、相手さんは無名みたいだし酒井をわざわざ出すまでもなく他の選手に試合経験重ねようって狙いだろ」


「おい、牙裏の方は交代で何か新しい奴来たぞ」


 彼らの前では牙裏が雅乃坂を圧倒する試合が行われていて、スコアは前半が終わり既に4ー0と牙裏が4点のリードを奪っている。

 とはいえこれは驚くべき所ではない、相手は同好会レベルであり昇泉も試合をすればあれぐらいの差を付ける事は可能だ。



 後半から出て来た牙裏選手の中で、公式戦初登場となる正二の姿が見えれば光嶋や昇泉の面々は注目した。


 左サイドのハーフへと位置につき、背番号21を付ける正二はこれが高校サッカー公式戦デビューとなり張り切る。


「ショウー!落ち着いて行ってねー!」


「おー、任しとけ!」


 ベンチから五郎の声援が飛べばそれに対して応えてみせる正二、後半戦の笛が鳴ったにも関わらずだ。


「おい風見!ボール行ってるぞ!」


「え?あ…!」


 先輩からの声がけで正二は自分へとボールに行ってるのに気付く、だがそれも遅く既に味方から送られた球はタッチラインを割っていて相手ボールのスローインとなってしまう。



「ぷっ…!」


「くく、とんだお調子者のルーキー君が牙裏に居たもんだぜ」


 これを観客席で見ていた光嶋や昇泉の面々は噴き出しそうになっていた。

 此処でゲラゲラと他人を見て大笑いでもすれば流石にマナーが悪く、学校の名にも傷がつく恐れがあるのでそこは堪える。


「あ〜、おっかし…案外牙裏はあいつが穴だったりするかもなぁ」


 牙裏の弱点は左か、と思ってる間に再びボールは牙裏が持ち、左サイドの正二がスペースへと向かってダッシュを開始。


「お、あいつ速いぞ?」


「マジで?ああ速いわ!」


 相手のマークが甘かったせいか正二は左サイドの縦へと真っ直ぐ走れば、空いているスペースへ出した佐竹のパスに追い付き左足でトラップ。


 ちらっとゴール前を見た後に左足で低いクロスを正二が蹴る、そこに合わせたのはこの試合狼騎に代わりFWとして出場する3年の先輩。


 左足で合わせ、雅乃坂ゴールネットを揺らし後輩のお膳立てをきっちり決めれば牙裏に追加点をもたらした。

 正二は公式戦で初アシストだ。


「ナイスパスー!」


「先輩もナイスゴールー!」


 初アシストを決めた正二、ゴールを決めた先輩と喜び合っていた。



「ほうー…お調子者な所はあるけど足は結構速いか」


「後はドリブルどんなもんか見ておきたい所だなぁっと」


 一連の正二のプレーを見て光嶋達は彼のスピードは厄介だなと感じ、更に偵察しようと正二を見てるとボールが渡り目の前の相手に対してドリブルを仕掛けに行った。


 左足を使ったフェイントで相手を突破し、そのまま再び左サイドを正二は走る。



「さっきのクロスといい、あいつはレフティーか」


「そいつは良い1年が牙裏に居たもんだな、お調子者だけどよ」


「はは、よせって」


 先程の正二がやらかしたミスを振り返れば、昇泉のメンバーは思い出して再び笑いか出て来ていた。




「(この試合、このまま行けそうか」)


 後半に2点を追加して点差は6点、春樹は雅乃坂の選手達を観察すれば彼らは心が折れているようで攻めようという気迫が感じられない。


 この試合DMFとして出場した春樹、後ろの但馬を中心とした津川、丸岡、渡辺の4バックで相手の攻撃を弾き返して反撃の隙を与えなかった。


 元々守備に定評がある牙裏、このレベルの相手なら問題無く完封出来る。


 そして春樹は守備に余裕が出来てから1度攻め上がり、アシストは付かなかったものの春樹が起点となり追加点を前半で決めていた。


 後は主に動きながらコーチングだ。


「(試合勘が完全に戻るまではまだまだ、かな)」




「収穫はあのお調子者の左利き、か。まあ1回戦にしちや上出来かな」


「おし、引き上げるか。どっかで飯でも食おうぜー」


「賛成ー、腹減ったー」


 まだ試合は続いてるがこれ以上は収穫が無いと判断し、試合結果も見えたせいか昇泉は早々に会場を後にした。


 本命の狼騎はいなかったが新たな戦力は見れたので彼らの中では収穫ある偵察だった。



 その彼らから死角となっていた席で狼騎は興味無さそうに試合を見ている。


 1回戦の相手はわざわざ狼騎が出ずとも勝てる、ならぱ温存しようと松永は狼騎をこの試合では外していた。


 最も狼騎の方もこの試合に出る事に拘りは無い。


 この程度の相手では狼の獲物にすらなりはしなかった。


 彼が狙う獲物はもっと高い位置に居るのだから。



 牙裏6ー0雅乃坂


 髙栁2

 佐竹2

 丸岡1

 但馬1





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 此処まで見ていただきありがとうございます!


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 五郎「もうー、試合中はちゃんと集中しないと!」


 正二「わ、分かってるよ!あれは笛の方が鳴ったのに気付いてなかったっていうか…」


 春樹「うん、それは耳鼻科行った方が良いレベルだな。良い所紹介してあげようか?」


 正二「あ…い、いやいいっす!次は大丈夫ですから!」


 五郎「(大丈夫かなぁ…)」

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