第321話 思い付いた悪巧み


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。










「さあさあ後半戦も行くよー♪立見GOー!」


「「イエー!!」」


 途中からキャプテンが弥一に代わってからの彼による掛け声が後半開始前の円陣で行われていた。


 気合いで盛り立てる間宮と違い弥一は明るい感じだ。



 一方の横浜ユースは何処か雰囲気が良くない。


 ユンジェイの言動や揉めた事が関わっている確率は高いだろう。


「(あっちはチームワーク最悪みたいだねー)」


 彼らの心を読み取った弥一は横浜というチームが静かな崩壊に向かっている事を確信。


 後の問題はユンジェイという韓国の虎だけだ。



 実際彼に徹底マークされて弥一は自由に攻撃参加が出来ず、動きがこの試合では限られている。


 思ったよりもユンジェイはしつこく執念深く、弥一から決して一瞬も目を離さず逃さない。


 マークのしつこさで言えば照皇を上回る程だった、おそらくこの後半も自分を狙って来る。



「(ん?一瞬も目を離さない…か)」


 その時に弥一はふと思った、その状況をうまく活用出来るかもしれない方法。それが頭の中で浮かんで来ていた。



「(本領発揮される前にコリア・タイガーは機能停止してもらおっかなー♪)」


 内心ニヤリと笑い、弥一は自分の思い付いた悪巧みを他の誰にも言わず自らの胸の中に秘めたまま後半戦へと臨む。




 後半戦が始まり、横浜の方が攻勢に出て来て弥一はユンジェイのマークに付いている。


 宮下はちらっとユンジェイの方を見ればその目はまるで睨んでいるようだった。


「(そんなにそいつをマークするのが好きなら勝手にしやがれ!お前の力なんか借りるかよ!)」


 横浜がショートパスで短く繋ぐ、その中でユンジェイの事は完全無視してるかのようで水戸とのワンツーによって宮下は攻め込む。


 しかしこのワンツーを影山が読んでいたようで、宮下からのパスをカットする。

 今回影山が活躍を見せていた。


「カウンター!」


 影山がそう叫べば守備から攻撃へと瞬時に意識を切り替えた立見の選手達が一斉に横浜ゴールへと目指し走り出す。


「ディレイディレイー!!」


 後ろからGKの見里崎が大声で攻撃を遅らせろと指示を出し、福丸や高木に辰羅川といった選手達を中心にそれぞれが立見の要注意選手達を抑えに動く。



 この時弥一は再び左サイドへ向かってダッシュ、これにユンジェイが追いかけて走る。

 やはり後半戦も変わらず弥一徹底マークの姿勢は曲げなかった。


「(やっぱ付いてきたね、そうじゃなきゃ困るけど…そんじゃ作戦開始と行きますか♪)」


 そして弥一の悪巧みは此処からスタートされる、前半と同じくゴールから自分と共にユンジェイを引き離せば弥一はそこで動かずピタッと足を止める。


「(なんだ、後半は引き剥がすだけで動き回らないのか?早くも疲れが足に来たか…!?)」


 その時、弥一はユンジェイの目の前で右へと素早くサイドステップの要領で移動し始める。


 距離を取って引き剥がす訳ではない、横へと移動しているだけでユンジェイは走らずそこで止まり体力の消費を抑え、目で弥一の動きを追っていた。


 右へ右へと素早く動きユンジェイの背後を取る勢いで移動を続ける弥一、だが死角は作らせんと体の向きを変えて姿を逃さないようにする。


「(何をする気だ?奇策でこの俺を惑わせるつもりなら無駄な事を、その程度で動じると思ってるならなら甘いぞ!)」


 前半から突然動きを変えて困惑させるつもりならその手には引っかからない、ユンジェイは冷静に弥一の動きを追い続ける。


 心理戦に持ち込んだつもりなら当てが外れたなと弥一に対して思いつつ、弥一は一向に動きを止めようとしない。





「え、えーと…何やってんの今度は?」


「分かんな〜い」


「ぐるぐる回ってる、としか見えないよな…?」


 鞠奈は呆然とベンチから弥一の動きを見ていた、彼女からすれば今弥一はユンジェイの周りを時計回りでぐるぐる走り回っているようにしか見えない。


 あんなのサッカーであるのかと鞠奈は摩央や彩夏へと視線を向けるが彼らも弥一が何をしようとしているのか、理解が追いついていなかった。







「っ…!」


 ボールを持った明が辰羅川と中盤で激しく競り合う、辰羅川の方は強く体を当てに行くが明もぶつけ返してて負けてはいない。


 ドイツ留学で鍛えたフィジカルは伊達ではなかった。


「(上手かったり速かったり強かったりとホント万能だなこいつ!)」


 マークに勤めていた辰羅川はこの短時間で緑山明がいかに厄介な1年というのが充分に分かり、抑えるのが難しい相手だと理解していた。


 だからこそ此処は抜かれる訳にはいかない。


 相手が天才1年だからと言って負けられない、こっちもプロを目指す者としての意地がある。


 そこに明がくるりとターンで辰羅川から離れると共に一気にボールを前方へと蹴ってダッシュをかけ、引き離しにかかる。


「(!?しま…!)」


 やってしまった、と辰羅川が思った時に明より早くボールに追いつき蹴り出す者が居た。


 高木が大胆にも前へと出て来て明から一瞬離れたボールをクリアしていたのだ。


「ナイスフォロー!マジ助かった優!」


「ああ、けど…」


 スローインに逃れ、辰羅川は高木へと礼を言うとその彼はこの試合で孤立している2人の方へと目を向けていた。



「あれ、何やってんだ…?」


 見てみれば弥一がユンジェイの周囲をひたすら走り回りぐるぐる回っている光景、それを見て高木だけでなく辰羅川も何がしたいのかと理解出来てなかった。





「ね、1つ大サービスしてあげるよ」


「何…?」


 相変わらず弥一はユンジェイの周りを走っており、足を止めないまま会話をする。


 ユンジェイの方は決して弥一を見逃さず目で追い続けていた。


「ある程度時間が経ったら僕はあんたのマークはしない、ノーマークにしとくよ♪」


「!?」


 エースである相手のマークをしない、常識外れな弥一の発言にユンジェイも驚きの反応を見せている。


「正気か…?自分からオウンゴールしに行くにも等しいぞそれは」


「だろうねー、でも折角韓国の虎とまで言われてるエースだからそれらしい見せ場全く無しで終わるのも寂しいかなって思ってさ♪」


「…」


 常識的に考えればDFがわざとエースを放置して見過ごすなどあり得ない、ユンジェイはこの弥一の発言はフェイクだと判断。これもまた自分を惑わす為の心理戦だろうと。


「(此処まで小細工を仕掛けて来るか、そんな子供騙し以下の嘘に引っかかる馬鹿はいない!)」


 引っかかる訳が無い、弥一の言葉を無視してその姿を目で追いかける事に集中する。




「(そろそろいいかな?)」


 後半が始まってから長い時間ユンジェイの周りをひたすら走り続けた弥一、そろそろ此処で終わらせていいかとなった時に向こうの福丸から「カウンター!」という叫び声が聞こえた。


 横浜のカウンターが始まる、弥一はその時ユンジェイを放置して走り出す。


「!?」


 ある程度時間が経過したらノーマークにする、まさか本当にやってくるとは思わずユンジェイは目を見開く。


 そしてこの動きはベンチの富田からもしっかり見えていた。



「ユンジェイがフリーだ!チャンスだぞ!」



 ボールを持ったのは辰羅川、彼はユンジェイの力を必要としており無視はしない。


 エースがフリーなら使わない選択肢など無いだろう。



 辰羅川から出されたパスをユンジェイは正確に足元へとトラップ、久しぶりのボールの感覚だ。


 やっと此処から自分のサッカーが開始出来る、立見の守備を今こそ破壊する時がやってきた。



 前を向いてドリブルを開始して走り出した時だった。



「う…!?」


 ユンジェイの見える光景が急に歪み、足元がふらついてしまう。


 この時に自分の左足がボールへと当たり自らタッチラインに出してしまい、そこから正確な歩行が出来ずユンジェイはフィールドに倒れこむ。


「お、おいユン!どうした!?」


 これには何事かと辰羅川や横浜の選手達がユンジェイの元へと駆け寄って行く。



「う…うう…」


 酷く目の前の視界が歪み気分が悪い、突然なんでこうなったのかユンジェイは倒れ込んだまま考えた。


 そして辿り着く、弥一が何故執拗なまでに自分の周りをぐるぐる回っていたのか。


「(神明寺…弥一…!あの、あのクソガキがぁぁ!!)」


 弥一に対して、そしてこんな幼稚な策にはまってしまった自分にも苛立ってしまい内心で激しい怒りが生まれる。


 弥一はひたすらユンジェイを目で追わせてその目を回させていたのだ。


 あまりに馬鹿げた作戦だが、なにかとしつこく追いかけ回す彼に対してなら効くかもしれない。練習試合だしどうせだから試してみようと迷わず実行へと移す所が弥一の強みだった。



「(噓は言ってないよ、此処からは好きにプレーしていいからね。出来るもんなら、だけど)」


 目を回して苦しむユンジェイの姿に弥一はニヤリと笑っていた。





 ーーーーーーーーーーーーーーー


 川田「あんな作戦…サッカーであったか?」


 翔馬「聞いた事無いよ!見た事も無いし、というか弥一そういうのもやっちゃうんだ」


 大門「サッカー界広しといえどいないよな、人の周りをぐるぐる回って目を回させるっていうのは…」


 川田「つかユンジェイに効果抜群だった事に今すげぇ驚いてるからな!」

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