第320話 不協和音


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











 他の競技と比べサッカーというのはスコアが動き難いスポーツだ。


 無論試合によっては激しい点の取り合いがあって目まぐるしくスコアが動いたりするが、この試合では0から1へと変わる気配が現時点では感じられない。


「あの2人まだ追いかけっこやってんの…!?」


 鞠奈の視線の先にいるのはフィールド上でボールに干渉していない弥一とユンジェイが走り回る姿。


 片方が追いかけ片方が逃げるように走るという展開が繰り返し行われていた。


 鞠奈からすれば40分よくそんな走れるなぁと思い彼らの走りを見ている。



 立見の攻撃は相変わらず辰羅川、福丸、高木、見里崎達によって防がれ続けており、氷神兄弟、明、半蔵のいずれも思うような働きをさせてもらっていない。


 相手は今までの高校生とは違うプロユース、それもトップクラス相手だ。これまでのような大量得点は望みにくいだろう。


 横浜の攻撃の方はユンジェイ無しで行っているが、宮下や水戸を中心とした攻撃は弥一無しの立見守備陣にことごとく阻まれている。


 直接プレーに干渉してないが弥一は走りながらもコーチングで指示を出していて、そのおかげもあり大きなピンチを此処まで迎えていなかった。



「(立見の攻撃は防げてるけど、うちの方もこれユンジェイ無しで得点はきついんじゃないか?)」


「(この練習試合でわざわざ0ー0の引き分けに行くってのは…)」


 膠着状態が続き、ユンジェイが弥一封じに徹底して走り攻撃を捨てる今の作戦が本当に正解なのかと徐々に横浜のチーム内で半信半疑が生まれ始めてくる。



 そして0−0で前半終了の笛が審判によって吹かれるとそれぞれがベンチへと引き上げて行った。







「っはぁ〜、横浜強いなぁー。中々隙を見せてくれないよ」


「こっちもだねー、流石プロユースのエリートは動き違うよ」


 共にマネージャーから貰ったドリンクを勢いよくゴクゴクと喉を鳴らしつつ飲んで、厳しい残暑で消耗した体力を回復しようと詩音も玲音も務めていた。


「当たり前だが1人1人のレベルが高くチームとしての総合力も高い、八重葉クラスの強敵といった所か…」


 半蔵は冷静に前半を振り返り分析、あの陣形をいかにして崩そうかと休みつつもそれを考えている。


「(辰羅川さんをどう躱すか…)」


 前半に辰羅川の徹底マークに遭っていた明、後半もそのマークが来る事はおそらく確定しているはず。いかにあのマークを躱そうか頭の中で繰り返しイメージトレーニングが行われていた。


 総体で活躍してきた1年の攻撃陣だがこの試合では此処まで横浜の鉄壁の守備陣を前に沈黙、決定的なチャンスを中々生み出せていない。





「暗い暗い暗いー」


「「わっ!?」」


「うお!?」


「!?」



 1年達が深刻な様子を見せている時、弥一がそれぞれの肩だったり背中だったりと軽く叩きちょっかいを出していた。


「全然攻撃出来てない、俺ちゃんと活躍出来てんのかな?って感じだねー。気にしなくても皆の見えない所で横浜さん苦しんでるからさ♪」


「そ、そうなんですか?」


 横浜は苦しんでいる、完璧に抑えられて思うように攻められず向こうのペースなのかと思っていた半蔵は明るく笑う弥一にどういう事だと困惑。


「だって考えてもごらんよ、相手はあのプロユースのトップクラスである横浜。守備陣は当然一級品、だったら攻撃も同じくらいのはずだよね?」


「横浜グランツって言えば攻守でハイレベルですからー」


「このチームもおそらくそのはずですよねー」


 横浜グランツがどのようなチームかは詩音や玲音のみならず皆がテレビでその試合を見てきたので知っている。


 攻撃力と守備力の両方が高くJ1という日本トップリーグの世界で屈指の強豪クラブであり、ユースチームも同じく攻守で高いレベルを誇る。


「そんなスーパーなチームだけど攻撃が全然上手く行ってない、何でだと思うー?」


「…守備の方を考え過ぎて攻撃が疎かになっているから、ですか?」


 明はこの試合で攻撃の要となるエースのユンジェイが弥一へと密着マークを続けているのを見ていた、更に辰羅川も守備に力を注いでいて前線へと上がりをあまり見せていない。


 本人達はそのつもりが無いだろうが、立見の攻撃を恐れている。


 なんとしても通さないと強く考えるあまり、攻撃の方が単調になって終わる事が前半の途中辺りから特に多くなってきていた。


「僕達は徐々にだけど確実にプロユースを追い詰めている、ペースを握っているのはこっちだから防がれ続けようがしつこく後半も行っちゃおう♪」


 何度も防がれてもそれで終わらず続けていこう、追い詰めてるのは立見だから自信を持てと弥一は何時もの笑顔を見せて後輩達へと伝えた。


 自分達もちゃんと横浜を追い詰めてるんだと1年達はそれぞれ頷き応えれば自信を持って後半戦に臨む。


 彼らの不安に関しては心で覗いて分かり、弥一はその不安を自信へと変える必要があって彼らへとちょっかいを出したり話しかけたりしていた。



「あの、神明寺君?」


「ん?今密着動画駄目だよー」


「そうじゃないから…!」


 もうすぐハーフタイムも終わるというタイミングで鞠奈が弥一へと話しかけて来た。


「足の方は大丈夫なの?あの韓国人と結構走り回ってたし…疲労とかも」


「 あ、それ全然平気だから」


「え!?」


 前半にユンジェイとかなり走り回っていた、にも関わらず弥一は疲労の気配が無い。


 どんな体力してんだと鞠奈がそう思う前に弥一はフィールドへと再び戦いに向かう。






「なあユン、もう神明寺のマーク放っておいて攻撃に専念しないか?」


 その頃横浜のベンチではユンジェイに対して攻撃にもっと加わってくれと水戸が声をかけていた。


「駄目だ、奴が健在な限り放置は出来ない」


 だがユンジェイは断固として弥一のマークは止めるつもりが無い、後半もそれを実行するつもりでいる。


「何もFWのお前がそんな徹底マークしなくていいだろ?そのせいで前線から引き剥がされてんだぞ」


「それと同時に要である神明寺も剥がされてるんだ、それによって立見の守備力は間違いなく下がっている」




「それとも、お前らを過大評価し過ぎたか?俺無しじゃ攻撃が成り立たない程に攻撃陣は貧弱で何も出来ない赤ん坊なのかってな」


「!ユン、てめぇ!」


「止めろって!」


 ユンジェイの見下すような発言に宮下がカチンと来て掴みかかりに行こうとするが、辰羅川が割って入り止める。



「言われて悔しかったら神明寺のいない立見守備陣相手にゴールを奪って俺を見返してみせろよ、奴は俺の相手で忙しいはずだからな。仮にもプロを目指すならそれぐらいやってみろ」


 そう言うと険悪な空気を残したまま先にユンジェイはフィールドへと戻って行く。



「なんなんだよあの野郎!本来のFWの仕事投げ出して勝手に神明寺の徹底マークやっといてあの態度はよぉ!!」


「監督、あいつ下げた方が良いんじゃないですか!?」


 ユンジェイの態度に対して腹が立ったり不満を持った選手達は富田へとベンチに下げる事を提案。


「下げん、後半もこのまま行く」


 だが富田は首を横に振り、ユンジェイをこのまま出し続ける判断へと踏み切る。


 横浜ユースチームには彼を上回る選手がおらず、キム・ユンジェイという韓国選手がチーム最強の実力者というのは揺るぎない事実。


 その彼が奇策を持ってして弥一を封じ込めようとしている、此処までユンジェイがボールに関わるプレーはほぼ皆無だがそれは弥一も同じだった。


 自らが封じられるリスクを覚悟に相手を封じ込めていく、こういう作戦は公式戦ならばまず許さないだろうが此処は練習試合だ。


 富田はユンジェイの奇策に水を差す事なく後半もこのままの布陣で向かわせる。



 これが果たして鉄壁を貫く武器となるか、それとも自ら取り返しのつかない崩壊を招く諸刃の刃となってしまうのかは誰にも分からない…。





 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 摩央「向こう何か揉めてないか?」


 武蔵「トラブルでもあったのかな…」


 鞠奈「(けど、ああいうのは後に互いに認め合ってより高い結束で向かうんだろうねぇ…ドラマの話だけど!)」

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