第318話 陰の日韓対決
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「んー、何か得点動かないなぁ〜」
マネージャーとして動きつつ試合をベンチから見ている鞠奈はスコアボードに変動が無い事を呟く。
前半の立ち上がりで間宮が下がり代わって立浪が入ってから立見は攻勢に出るが攻めあぐねていた。
横浜の選手達が立見の前線で厄介なのが誰かキチンと分かっており、各自が的確に動きマークする共通認識が出来ている事が大きい。
特に司令塔の明にはUー19を戦っている辰羅川が付いていて自由にさせていない。
個人技に優れ能力の高い明といえど骨の折れる相手と言えるだろう。
それによって立見が攻めるがはね返される、という光景が繰り返し続いているので鞠奈から見れば退屈な展開のように思えた。
「相手は今までと違うプロユースの選手達だ、向こうも簡単には攻撃を通さないだろ。プロの意地があるだろうし」
「そうだね〜、一人一人向こうも凄い選手いるから簡単じゃないね〜」
鞠奈の呟いた言葉が聞こえた摩央と彩夏の2人、彼らは分かっている。
立見の攻撃を封じ込められているのは要となる選手達が居てこそだと。
横浜の攻撃は主にユンジェイが引っ張り、そこに辰羅川が右サイドから積極的に上がり攻撃参加する。更に本業の守備も怠らない。
フォーメーションは3−5−2となっているが守備の時は両SHがDFの位置まで下がり5−3−2だ、それだけサイドに攻守で走る運動量が要求されるが辰羅川も千田もそれをクリアしていた。
「らぁっ!」
「 わあ!?」
詩音へとボールが来た所に激しく競り合い、体格で勝る相手が詩音を吹き飛ばし攻撃を阻止。
短髪黒髪の真ん中分けでヘアバンドを付けるDMFの背番号8、福丸太一(ふくまる たいち)は鍛え上げたフィジカルによるハートマークを武器としている。
中々何時ものサイドから攻められず、だったらと川田は前線で待つ半蔵をターゲットとしたロングボールを右足で蹴り、DFから中盤をすっ飛ばして高い球を送った。
落ちて来たボールに対し長身ストライカーの半蔵が空へと舞う、だがその瞬間彼にも劣らぬ大柄な選手が共に飛んでいた。
「うおっ!」
192cmの半蔵と空中戦で互角の競り合いを見せる背番号5のDF、ボールはこぼれてGKへの方と転がれば横浜の守護神、見里崎が素早く拾い上げて立見の攻撃を断ち切る。
193cmの長身で後ろを刈り上げた黒髪の男、高木優(たかぎ まさる)は冷静に半蔵の動きを読んで競り合っていた。身長による高さだけでなく冷静な読みが優れたCBだ。
「相手の勢いに引き過ぎんなよー!前出てけ前ー!」
更にその後ろを守る背番号1を背負う青髪のGKこと見里崎紅吉(みさとざき こうきち)が頻繁に声を張り上げて指示を送ったり味方を煩いぐらいに鼓舞し続ける。
近距離のシュートストップに優れたGKでプロユースの中でも屈指の実力を誇る横浜の守護神だ。
これに辰羅川も加えた4人が横浜の守備を支える要となっている。
ゴールを奪うのは立見といえど容易とはいかないだろう。
「うっわー、いかにも強豪な四天王って感じの強者っぷりを感じるなぁ」
横浜の要を一通り聞いた鞠奈、ユンジェイが頂点に立つ王で守備の彼らがそれを守る四天王という脳内イメージが出来上がっていた。
その際の格好はファンタジーに出て来るような武具を何故か身に付けているが。
「(けどこれは立見ヤバそうじゃないかなぁ?攻撃効かないんじゃあ向こうの攻撃にいずれやられそうだし)」
ユンジェイが優れたストライカーと聞いていて後ろに鉄壁の彼らが攻撃を阻むなら向こうに何時かは得点が入るのではないか、鞠奈はそう考えていた。
その頃弥一は攻撃参加が出来ずに最終ラインへと留まったままだった。
原因は近くに居る韓国人だ。
「こっちが攻めてる時めっちゃ僕に注目するねー」
弥一の姿、それをユンジェイがじぃっと見て来て目を逸らさない。
「前線で厄介なのは辰羅川達が抑えた、残りの厄介者は自ずと決まっている。神明寺弥一、お前以外の誰がいるんだ?」
ユンジェイはこの弥一という少年が攻撃でも力を発揮してくる、それを理解していて自ら弥一の徹底マークを買って出たのだ。
本来はDFだがリベロと自由にフィールドを動き回る弥一、ユンジェイは彼を自由にさせない事が勝利への近道だと考えていた。
「ふうん、じゃ…付いてこられるかなー!?」
「!」
そう言うと弥一はいきなり横浜ゴールへと向けて真っ直ぐ走り出す、それにユンジェイも後を追って走る。
すると弥一はそこから左サイドへ急な進路変更、これにユンジェイは惑わされる事なくついて行く。
「(小賢しい、走り疲れさせるつもりか?日本人にスタミナで負ける訳が無い!)」
体力勝負に持ち込んで自分をバテさせるつもりとユンジェイは弥一の狙いを読み、その上でしつこく弥一を追いかけて行った。
「(え?なに?なに?あの小さい子ボール無い所で韓国の人と追いかけっこ始めちゃったけど!?)」
味方が前線で攻撃に行っている時に弥一はユンジェイとまるで鬼ごっこでも始めたのかというような感じで走り、向こうだけ違う競技をしているように鞠奈には見えた。
フィールドでは弥一がその方向へ走ると見せかけて進行方向を変えたフェイントの走りをして動き回り、この辺りはインターバルトレーニングの時に行う走法でユンジェイを翻弄しに行く。
だがユンジェイは弥一のフェイントに体勢を崩されそうになるも、そこから持ち直して弥一から離れず追走を続けていた。
普通なら体勢が崩れて転倒するような場面でも倒れない辺りは幼い頃からサッカーと共に韓国の格闘技、テコンドーで鍛え上げた体幹がしっかりしているおかげなのだろう。
「(いくらフェイントを仕掛けようが無駄だ神明寺弥一、俺はお前を逃さないからな!)」
ユンジェイは決して弥一を逃さない、日本対韓国の日韓戦を思わせる気迫で迫っていた。
「思ったより付いてくるねー、流石テコンドーの韓国一は伊達じゃないようで!」
縦横無尽に動き回る弥一だがユンジェイのマークは健在、何度かフェイントを仕掛けるも振り切る事が出来ない。
軽口を叩いて来るがおそらく余裕は無い、強がっているだけで実際は苦しいはずだとユンジェイは弥一を見ていた。
そうなれば彼の体力は無くなり動きが鈍る、その隙に立見を切り崩しゴールだと結末を思い描く。
その時。
「ユンー!早く前行け前ー!下がり過ぎだ!」
「!?」
後ろを守る見里崎の声でユンジェイは今の自分の位置に気付く。
弥一を追走する事に集中して彼はセンターサークルを超えて自軍エリアの右サイドへと来てしまっていた、その隣には弥一も居る。
攻守は入れ代わっており横浜のカウンターチャンスだが攻撃の要であるユンジェイが下がり過ぎてしまっている、これでは彼を活かす事が横浜は出来ない。
これにユンジェイは弥一から離れ立見ゴールへと走り、弥一が今度は先程まで自分をマークしていた選手に付く番だ。
「(だが、お前もゴール前から離れてるぞ!それなら今の立見の守備は薄い!)」
自分をゴール前から引き離すつもりだったのかとユンジェイは今になって弥一の狙いに気付くが、自らも離れてしまったので墓穴を掘ったと思っている。
弥一のいない立見なら守備は薄いと。
「あんま立見の守備舐めないでくれるかな?」
その弥一は自分のいない立見の守備が薄いとは考えていない。
ユンジェイの立見の守備を軽視する心を読んで弥一はそう静かに返していた。
「(此処でユンを待ってられない!)」
呑気に待っていたら立見にボールを取られるか守備陣形が整えられてしまう、右サイドでボールを持つ辰羅川は今の状況を素早く判断するとユンジェイ無しで速攻を仕掛ける。
もう1人のFW宮下がボールを要求しているのが見えて辰羅川は得意の右足で低く速いパスを宮下へと送る。
今なら弥一はユンジェイと共にゴールから遠い位置に居る、それもあってグラウンダーのパスをこの場は解禁していた。
だがUー19代表の辰羅川をもってしても彼の気配に気付く事が出来なかった。
そこにいないと思ったら居る、シャドウボランチの存在に。
「(今回は早々退場した彼の分まで働かないといけないからね!)」
影山が辰羅川のスルーパスに対してパスコースへと忍び寄って飛び込み、インターセプトに成功していた。
「(全然気付かなかった!何時居たんだよ!?)」
全く影山に気付いていなかった辰羅川、弥一がいなければ大丈夫だろうと考え影山の存在を無意識に消してしまっていたのだ。
「さ、どうする?僕のマーク続けてくれるなら構わないよ?あんたのいない横浜の攻撃ならそんな怖くないからね」
弥一はユンジェイに対してニヤリと勝ち気な笑みを浮かべた上で言葉を重ねる、心理戦で惑わせに行くつもりだ。
「っ…!(この、日本人のチビが…!)」
これに対してユンジェイはギロッと弥一を睨む、苛立ちが隠しきれていなかった。
日本の弥一と韓国のユンジェイ、ボールの無い所で日韓の戦いが繰り広げられる。
ーーーーーーーーーーーーーーー
鞠奈「こういうのは片方がボール持って争うようなもんだけど…どっちも持ってないじゃん!?」
彩夏「あの二人はオフザボールの争い特に激しいなぁ〜」
鞠奈「オフザボール?あ、ボール持ってない時はそう言うんだ…(って何か私サッカーの勉強しちゃってるし!)」
摩央「 姉坂さん、ドリンクの用意ー」
鞠奈「あ、はいはーい!」
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