第315話 剥き出しの敵意


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











「ふう〜、マネージャーも大変だなぁ。色々動き回ったりと結構な体力勝負っていうか…立見はユニフォームをマネージャーが洗うんじゃなくて自分で持ち帰って洗うのにはちょっと驚いたかも…」


 夜に自宅の自室にて何時もの動画編集を行いマウスやキーボードを操る鞠奈。

 独り言を呟きつつ作業する音が部屋のBGMとなりながらもマネージャー業務について振り返っていた。


 ユニフォームを洗うのもマネージャーの務めと思って練習後に洗おうとすれば間宮から「練習着は自分でもって帰って自分で洗うもんだ」と、立見サッカー部のルールを教えてもらう。


 鞠奈としては仕事が1つ減ってラッキーだと思い、自宅の作業時間を減らさずに済んだ。


「( って私マネージャー業務に何打ち込み過ぎてんの!?本来の目的忘れてない!?神明寺君の密着動画を撮って動画上げてバズって再生回数やチャンネル登録に高評価の鰻登りでしょーが!)」


 そこに鞠奈の中にいるマリーが自らへと激しくツッコミを入れていた、本当にマネージャーになってどうする。目的はそうじゃないだろうと。


「目の前にあるでっかい大物は逃さないかんね…!見てなさいよー!」


 そう言いながら鞠奈は張り切って動画編集を終わらせようと作業を進めていく。





 土曜日を迎え、本来は学校休みの日であるが立見サッカー部はグラウンドに集まっていた。


「はあ〜、土日はお休みの日なのに何でこの日も集まるのか…」


「鞠奈ちゃん聞いてなかった〜?今日は練習試合ある日だからこうして皆集まってるんだよ〜」


 鞠奈の愚痴が聞こえたのか彩夏が何時ものマイペースな口調で今日について説明していく。


「あ、うん…そうだったね(今更だけどこのぽやぽやしたのんびり娘が黛のお嬢様なんてねぇ…神明寺君といい人は見かけによらないわぁ)」


 彩夏が黛財閥のお嬢様である事は鞠奈も知っている、初めて知った時は直にそういったお嬢様という存在に会うのは初なので驚いたものだ。


「(流石にこういう練習試合を無許可撮影で動画上げなんて問題になるだろうし、今日は大人しくマネージャー専念するしかないか…)」


 動画配信者だがそこはちゃんと弁えている、これを上げて炎上したりサイト内のアカウントが消えればマリーのチャンネルは一発で終わってしまう。


 そんな危ない橋は渡らない、今日はマネージャーの仕事しとこうと鞠奈は動く。





「今日あの横浜グランツと戦うんだよな、ちょっと緊張してきたぁ…!」


「そこの一軍とかじゃなくユースチームな」


 川田は若干の緊張ありながらストレッチをしていて、後ろから背中を押す武蔵と会話を交わす。


 横浜グランツはJ1のプロチームでリーグ戦では上位を争う日本の強豪クラブ、当然プロとしてレベルの高い選手は揃っていて何名かの日本代表選手や海外の代表選手を抱える程だ。


 今回立見の練習試合の相手となるユースチームはそこの下部組織だが彼らもプロを目指すエリート、その辺りの強豪校よりレベルは高い。



「あの横浜がよく練習試合OKしてくれましたよねー、やっぱり立見のネームバリューのおかげでしょうか?」


「それか神明寺先輩のおかげとかー」


「どうなんだろうなぁ…」


 会話に氷神兄弟の2人も加わって来て彼らは何故プロの横浜が練習試合を受けてくれたのか色々と推測。


 立見が冬夏と大会を制覇した影響か弥一の名が知れ渡った影響か、いくら考えても川田は答えを出せなかった。



「そういえば、弥一まだ来てないのか?」


「弥一?……言われてみれば今日姿見てないような」


 優也は準備運動しつつ弥一の姿を探すが馴染みの姿は何処にも無い。

 言われて摩央もスマホで弥一へ連絡を取ろうとする。



 するとグルチャの方に「ごめん電車遅れてたー!」とスタンプ付きで送られていた。


「マジかよ、って…1年前ぐらいもこういう事無かったか?」


「そういえば…あったな」


 練習試合で弥一が遅れる、これに優也と摩央の2人は共に去年の春が思い浮かんだ。


 立見と八重葉の初対戦の時だった。


「ま、あの時の寝坊と比べたら成長した方か」





「(はあ〜、なんでよりによって今日電車遅れちゃうんだろうねぇー)」


 既にグルチャにメッセージを入れたり薫にも遅れる事を伝えている、弥一は立見高校を目指しスマホで時計を確認しつつ移動していた。


 今日に限って電車のトラブルが時刻表に影響を及ぼし弥一は電車に乗るのが遅れてしまうが、不幸中の幸いでそんな大きな遅れにはならず試合時間には充分間に合う。


 立見の正門前まで到着すれば時間は9時前、なんだかんだで間に合ったと弥一は鼻歌交じりに正門へ近づこうとするとその後ろに1台の専用バスが止まる。


「ん…?」


 弥一がその存在に気付き振り向くとバスから1人の人物が降りて来て弥一へと向かって右手を軽く上げた。


「よ、久しぶり弥一」


「おータツさんじゃないですかー♪」


 姿を見せた相手は弥一にとって馴染みある者だ。


 辰羅川弥之助、弥一とはUー19日本代表で共にフランス国際大会を戦った仲であり彼は今日横浜グランツのユースチーム一員として来ていた。


「お前は疲れ知らずかよー!フランスの後に総体フル出場で優勝なんて何処にそんな体力あるんだよ?」


「そこはまあ初優勝に向けて頑張らさせてもらいましたって事で♪」


 辰羅川は弥一の活躍を見ていて立見の総体優勝も当然知っている、フランスでも全試合スタメンでフル出場したというのに彼の体力はどうなってるんだと驚かされるばかりだった。


「おー、タツー。そいつがあの神明寺か?」


「うわー、生で見るとこんな小さいのかー」


 そこに辰羅川と同じ横浜のユースチームの選手達が続々と降りて来て皆が弥一に注目。


 フランスでの活躍を皆が見ていたりその前の選手権での活躍を見ていたりとその注目度は高かった。



「騒ぎ過ぎだろお前ら」


 弥一を囲む集団へとそう言いながらバスから降りてくる1人の人物、短めの黒髪に整った顔はモデルを思わせる容姿だ。


 何処か他の横浜選手とは違う雰囲気を纏わせる男の存在が気になり弥一は側にいる辰羅川にこそっと訪ねた。


「あの人はー?」


「うちのエースのキム・ユンジェイ」


「キム…って事は日本人じゃないですよね」


「ああ、あいつは韓国人。そんでUー19の韓国代表でもあるよ」


 色々と教えてもらいおかげで彼が何者なのか弥一は理解した、このチームを支えるエースの韓国人である事が。

 先程連中へ発した流暢な日本語を思えば彼にはそれで問題無く話せるだろう。



「や、エースって事は強そうだよねー♪」


「…」


 弥一がユンジェイに対して明るく挨拶するのに対してユンジェの表情は険しい。


「神明寺弥一、その名前は韓国でも有名だ。来年のUー20アジア予選で照皇誠と共に俺達の前に立ち塞がる日本の要注意人物としてな」


「へぇー、僕韓国でも有名になっちゃったんだ?」


「…なるほど、噂通りのマイペースっぷりだ」


 表情を崩さない弥一に対してユンジェイはやがて口元に小さく笑みを浮かべる。


「それが試合後、自慢の無失点が崩壊しても保ってられるかどうか楽しみだな」




「(分かりやすいね、敵意剥き出しだよ。来年まで待ち切れないって感じかな?)」


 ユンジェイの心の中を見れば弥一を倒す、その気持ちでいっぱいだった。


 おそらく彼にとっては今回ただの練習試合のつもりは無いのだろう。



 来年のUー20ワールドカップのアジア予選で当たるであろう宿命の対決、日本VS韓国。


 日韓対決の前哨戦のつもりなんだと。





 ーーーーーーーーーーーーーーー



 弥一「最近何かと僕睨まれてる気がするよねぇ」


 フォルナ「ほあ〜」


 弥一「知らない間に嫌われちゃったりしたのかなぁ、ねぇフォルナ?」


 フォルナ「ほあ〜」


 弥一「あ、ご飯の時間だね。今用意するよー」

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