第290話 知らない間に狼を怒らせる


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。










 高校総体開催の日を迎え、開会式は気温の高くなっている外では行わず屋内の体育館で行われる。


 今の外は猛暑となっていてそんな状況で行えば出席する人々の健康面に影響を及ぼす危険性があるかもしれないと、運営側は外での開会式を行わず涼しい建物の中で大会の開催を宣言していた。


 サッカーはこれから厳しい日程との戦いを迎える、何しろ10日に満たない期間で全試合が行われるのだ。


 1回戦から戦う高校は2日で2試合を戦わなければ合間の休みが取れない。

 休みがある時は2日だけ、いずれも2試合を戦った後だ。



「俺ら2回戦からで良かったなー」


「去年は1回戦だったからね、今年は恵まれてるよ」


 開会式を終えて宿泊するホテルへと引き上げる立見、その中で話している田村と影山の2人、去年の総体を経験する彼らは今年は恵まれているとそれぞれ話していた。


 抽選は既に終わっており立見は2回戦からの登場、前回優勝の八重葉は立見と逆のブロックでそこが激戦だった。


 八重葉の所には最神、琴峯の名前も入っておりUー19代表選手の居る高校がそのブロックに固まる抽選結果となったのだ。


「じゃ、開会式も終わったし昼飯の時間まで練習するぞー」


 間宮は立見の面々へと大会前の最後の練習に行くと伝え、それぞれ返事を返すと立見は練習場のフィールドへと向かう。





 やはり注目のチームに人は集まるというもの、立見が練習している所を取材班や各チームの関係者が見に来ていた。


 この中に何人か偵察で何か弱点はないかと探る者も居るだろう。


「今年の立見は石田や氷神兄弟が入って攻撃力も増してるな」


「それだけじゃない、中盤で活躍する緑山明の存在も大きい」


「立見は優秀な1年が沢山入っただけでなくもう戦えるレベルに仕上げて来たのか…」


 取材班がそれぞれ今の立見の優秀選手について話しており注目していた。



「大門ー、ゴール前立ってー。背の高い人は壁作ってねー」


 フィールドでは弥一が大門へと声をかけた後に何人か立見の長身選手を集めてゴール前に立つよう指示。


 190cmを超える半蔵を筆頭にゴール前で実に大きな人の壁が出来てその後ろで大門がゴールマウスを守る。



 偵察する者も含め大勢が見ている、だが弥一にそれは関係無い。


 まるで見せつけるかのようにセットされたボールへ向かって思い切り左足で蹴ると壁の頭と頭の間、僅かな隙間をボールは掠めながらすり抜けて行く。


 曲がりを見せず真っ直ぐスピードある球でGKの取りづらい右上隅のコースを狙う。


 大門は曲げて来ると思っていたようで反応が遅れていた、それでもボールに飛びつき指先に触れるが弾ききれない。


 そのままゴールネットに突き刺さり弥一のFKが決まれば周囲からは「おおー」という驚きの声が上がる。


 見られているにも関わらずこのキックを蹴った弥一だが本番ではこれを繰り出すとは限らない、弥一はこれだけでなく鋭く曲がるカーブや無回転も撃てるのだ。


 更に言えばもう一人明という優秀なキッカーも居る。


 心の読める弥一は偵察する相手を逆に惑わせて来ていた。




「神明寺君、フランスから戻って体調はどうですか?」


「今すぐ試合しても良いぐらいに好調ですねー」


 練習の合間に弥一はインタビューを受けていて自身よ調子について話せば場の笑いを誘って和ませていた。


「さっき見せたFKは本番の試合でお披露目でしょうか?」


「どうですかねー、蹴らせてもらえるなら蹴ろうかなって思ってますけど良い位置で貰えるかどうか分かりませんからねー」


 別に今見せたのを蹴る予定は特に無いがその可能性もあるとアピールさせる為に弥一はチャンスあれば蹴ると答えておく。


「前回立見は八重葉にPKで負けてますが今回はそのリベンジ、意気込みはどうでしょうか?」


「意気込みですか?勿論」




「無失点で冬と夏の高校大会制覇を狙いますよ♪」


 弥一のこの大胆発言に取材陣がざわつく。


 立見は此処で止まる気は更々無い、さらなる記録更新に向けて進んで行くと。



 そしてそれは同時に他のチーム関係者への挑戦状でもあった。


 総体の何処のチームにも立見のゴールは割らせない、弥一の言葉をそう受け取った者達は多い。


 取材陣としてはこういう発言を記事にしやすい、見出しについて既に頭で考えたりメモを取っていた。



 この時他の者は勿論、弥一も知らない。


 今の発言で激しい怒りを買った者がいる事を。







「見たかこれ?」


「おお見た見た、こんな事実力あっても中々言えねぇって」


 その夜、Jヴィレッジの施設内の廊下を歩く高校サッカー参加校の選手達2人がスマホである記事を見ていた。


 そこには弥一の顔が出ていて「天才DFインターハイで無失点V宣言」という見出しの記事だ。


「1失点でもしたら格好つかないってのに、流石に何処かで失点する…はずだよな?」


「あー…普通ならそうかもだけど、フランスでも日本の無失点に貢献してるからなぁ。だからハッタリって訳でも…」


 そう話していると向こうから来た人物と肩がぶつかる、この時に相手の目を見た瞬間に彼の顔は凍り付く。


 その人物は牙裏の狼騎だった。


「ひっ!?ご、ごめんなさいー!」


 同じくらいの高校生だったが彼に睨まれて余程恐ろしかったのか2人とも慌ててその場から逃げるように立ち去って行った。


 狼騎は今の2人が立見について話していた事を思い出し、壁の方に背を預けるとスマホを取り出し先程彼らが見ていた弥一の記事を見つける。


「(神明寺弥一…無失点で勝つだと?)」


 無敵と言われた八重葉を下し選手権を制した原動力となって今や高校サッカー界のスター、その彼の記事にインターハイを無失点で制するという発言をした記事が載っていた。


 フランスでも活躍したりと彼への注目度は高い。


 狼騎からしたら気に入らなかった、自分達を無傷で蹴散らすつもりだと明るい顔で答える彼の事を。



「(このチビ…ブッ殺してやる…!)」


 狼騎は殺気を纏いつつスマホを仕舞って廊下を歩き去って行く。


 弥一の言葉は確実に獰猛な狼の怒りを買っていた。





 ーーーーーーーーーーーーーーー



 月城「あいつまたこういう事言ってやがる、うちも居るにも関わらず…」


 照皇「だが奴はそれだけの力を持っている、そして今の立見はそれを可能とする総合力が備わってる、煽りには乗らず冷静に対応する事だ」


 月城「分かってますよ、心理戦は奴の得意分野っすからね」


 佐助「前は煽られたからなお前」


 政宗「案外またやられそうじゃないか?」


 月城「同じ手は食わねーよ!」

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