第289話 ダークホースの狼
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
今年のサッカーインターハイはJヴィレッジで行うと暑さ対策の為に固定され、夏はサッカーの聖地を目指しそこで競う大会で夏の頂点に立つ。
全国から集う52の強豪校、八重葉は前回王者として参戦し立見は冬の選手権に続き夏の総体優勝と高校サッカーの2大大会制覇を狙っている。
八重葉の連覇か立見の冬夏制覇か、世間ではそうみている事だろう。
無論最神を筆頭に他の優勝候補がこの争いに割って入っての優勝も考えられる、高校サッカー界は八重葉や立見だけではないのだと。
「くっそ暑い!!」
福島に到着すると早々、今年も最神のキャプテンとしてチームを率いる想真は地元大阪で買った安物の扇子をパタパタと仰ぎながら感じる暑さに文句が出ていた。
「夏やから暑いのは当たり前やろ」
さらりとそう言えば想真の隣で冷えた麦茶を飲む光輝。
今年も大阪予選を安定の強さで制した最神は立見、八重葉に次ぐ優勝候補と言われており代表にもなった想真と光輝を主軸に控え組をバランスよく起用し試合経験を積ませると同時に主力の疲労を蓄積させないよう努めていた。
各自の実力アップと総合力のアップ、確実に去年より地力を付けて福島へと乗り込んで来ている。
「行くでー、はぐれんようにするんやぞー」
キャプテンの想真が先導し真っ直ぐJヴィレッジの施設を目指して進んで行く。
Jヴィレッジの前では大きな人物と早々の再会を果たす。
福井の琴峯、その集団で一際目立つ195cmの長身FW室の姿を見つけるのは簡単な事だ。
「おー、室。お前ら先やったんやな」
「ああ、光輝に想真か。いやー、ほとんど同時じゃないか?うちの方ついさっき来たしさ」
代表で共にプレーをして交流を深めてきた光輝は室の姿を見つければ我先にと声をかけていた。
琴峯は今年から巻鷹がキャプテンとなり室はチームのエースとして戦い、今回のインターハイ出場を勝ち取った。
選手権の時と同じく今大会も室が最長身の選手、彼を超える長身プレーヤーは日本ではそう簡単に現れないだろう。
「フランスから帰ってきてまだ時差ボケ治っとらんとかないやろな?」
「あれから何日経ったと思ってんだよ、流石に調整したから」
からかうように笑う想真に対して室は見下ろして笑い返す、選手権の時と比べて余裕がありフランスでの戦いを経て成長している事が伺えた。
「けどまあ今回は日程と暑さの戦いやな…ホンマしんどいでこれ」
「数試合を続けてやらないと1日空かないし、フランスも大変だったけどこれも過酷だよなぁ…」
どんなに暑さ対策をしてくれたり比較的涼しい場所で開催してくれても連日試合をしなければならない高校サッカー随一であろう厳しい日程は変わらなかった。
これに関して向こうは重い腰を上げず動かしてくれなかったようだ。
「ま、今回世間は立見か八重葉の優勝って声が多いし出来る事なら疲労溜まる前に当たっといて叩いときたいもんやな」
「そうだなあ、体力消耗する前に当たっておきたい…」
「おい、そこ邪魔だ。どけよチビにデカブツ」
想真と室が話していると2人に対してかなり乱暴な言葉が投げかけられる。
無礼な声が聞こえ、2人は振り返るとそこには不機嫌そうな顔をした高校生ぐらいの少年が立っていた。
Jヴィレッジに用があるという事は彼も参加選手の1人だろう。
金髪に黒いメッシュ入りの前髪が混じり、身長は175cmぐらいと平均的な体格。ジャージの上着を肩に引っ掛け黒いシャツ姿となっている。
「なんや、いきなり現れて失礼な奴やな!」
「邪魔だから邪魔っつったんだよ、文句あんのか男女のクソチビ?」
「なんやと…お前何様やねん」
「想真!とりあえず邪魔になってるみたいだから…どいておこう」
現れた相手の言葉に怒った様子の想真を止める光輝、想真は言われて仕方なく隅へと移動。
この時相手の男は光輝の顔を見てフン、とそっぽ向いてJヴィレッジの施設へと進んで行った。
「なんだろう今の…不良とか?」
「ジャージの文字ちょっと見えたけどあれ牙裏(きばうら)学園の奴やと思う」
「牙裏!?…て何処の高校やねん」
3人が話している間に男の姿はどんどん遠ざかって行く。
「牙裏学園ー?」
「そ、今大会のダークホースって言われてる岐阜代表校」
想真や室達よりも早めに福島へと到着くし、Jヴィレッジ内の施設を一回りした後に休憩していたのは弥一と摩央。
それぞれベンチに座って共に自販機で買ったジュースを飲んでいる、摩央はスマホを弄りながら喉を潤していた。
「岐阜の代表って言ったら選手権でも出てた昇泉が有名だったんだけど、牙裏が決勝で昇泉を4ー0の大差で下して注目を集めてる」
「あー、確か室のいる琴峯と戦ってた所か。それを押し退けて今回彼らが岐阜代表なったんだねー」
選手権の時に弥一は室の居る琴峯の試合を見ていた、その時の相手だったのが岐阜代表の昇泉だ。
彼らも岐阜代表で弱くなかったはずだが牙裏はその昇泉を4ー0と完勝、今回の総体へと出て来ていた。
「そこのエースがとんでもなくてさ、3年の酒井狼騎(さかい ろうき)って名で実力が高いんだけど…」
「高いんだけどー…何?」
「…問題児なんだとさ、朝練来なくて真面目に練習せずチームとの仲もそんな良くないみたいなんだよ。プレーも結構ラフプレーあったりと」
「へぇー、何か訳ありっぽいねー」
真実がそうだとは限らないが摩央がSNSで調べた限りでは狼騎という男に関してはあまり良い噂は聞かない。
今大会ダークホースで問題児を抱える牙裏学園、そして狼騎。
弥一は少し興味が出て来ていた。
「狼騎先輩ー!狼騎先輩ー!」
自分を呼ぶ声が後ろから聞こえてきて狼騎は鬱陶しそうに後ろを振り返る。
「るせぇよ五郎、てめえの女子供みてぇな甲高い声は聞こえてきてんだよ」
狼騎の目の前には彼よりも20cmぐらい小さい小柄な少年が立っていた、赤髪の短髪の上に白い帽子を被っており牙裏のジャージを着込んでいる。
年齢より幼い外見ながら彼も牙裏サッカー部の一員、狼騎の後輩で1年の三好五郎(みよし ごろう)だ。
「ミーティングで狼騎先輩いなかったから何処に行ったんだろうって探してたんですよー!」
「何時も言ってんだろうが、んなもん俺がいなくても出来る。それでいちいち俺を探すなんてご苦労な事だ」
「そんな事ありませんよ!先輩達は狼騎先輩頼りにしてますから、皆…」
五郎はそこまで言いかけたが狼騎にギロッと鋭く睨まれて思わず言葉を止めてしまう。
その眼光はまるで獰猛な狼を思わせる。
「ふん…利用し合ってるだけだ、あいつらも。俺もな」
そう言うと狼騎の頭に浮かんでくるのは代表に選ばれている室や光輝に想真といった先程会った面々。
「(気に入らねぇ…)」
代表に選ばれた彼らは人々からすればエリートのサッカープレーヤー、期待を受けて注目されている選手達に狼騎は苛立っていた。
「帰るぞ、五郎」
「あ、待ってくださいー!」
狼騎が歩き始めると慌てて五郎も後を追いかけて走る。
この時狼騎は密かに考えていた、代表選手をどう狩り取ってやろうかと。
彼らを引き立たせる滑稽なピエロを演じる気は無い、狼の牙は間違いなく代表選手の喉元を狙っていた。
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想真「なんやねんあの不良っぽい野郎は!?腹立つわー」
光輝「気持ちは分かるで?流石にあそこで揉め事は不味いやろ」
室「不良だったら逃げようかなって思った…」
想真「でっかい体して情けないわー!あいつ、インターハイで対戦なったら覚えとけよ!」
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