第281話 悪い子達による悪巧み


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。











『ベルギー右サイド、トーラスからクロス上がったー!』


 アドルフが起点となりポストで繋ぎ右へと送ればトーラスがサイドからドリブルで突き進み、アドルフをターゲットに日本ゴール前へと高いボールを上げる。


「任せろ!」


 これに味方へと声をかけた後に藤堂がゴール前から飛び出し、ハイボールを掴み取る。


 アドルフとしてはもう少し低く速いクロスが欲しかった所だったが、しつこくトーラスに寄せていた番のプレッシャーが効いていたようで思うように蹴らせてもらえなかったようだ。


「番、良いプレッシャー!もっともっとやっちゃってー♪」


 すかさず弥一は番のプレーを褒めて乗らせていく、動いていない分ひたすら声の方を多めに出していた。


「(CBと比べて慣れないボランチだけど、俺案外やれてんだな!よし!)」


 この盛り立てが効果あって番は急遽任されたポジションで不安を持っていたが貢献出来ている事に自信を持つようになる。


 言葉による背中の後押しが良い影響を与えていく。


「(頻繁にコーチングする所は変わらないなあいつ、本当1番ヤイチがあの時声出していたし)」


 弥一が声を出している所をアドルフはFWの位置で聞いていた。


 ミランに居た時から彼はよく声を出していてチームを盛り上げるのが上手かった、そこに冗談も混じらせ笑いを誘ったりもして弥一のコーチングは不思議と力を与えてくれる。


 こうして敵味方に離れていかに力を与えるコーチングが厄介なのか、改めてアドルフはそれが分かった。


「攻撃は出来てんだ!1本駄目なら2本でも3本でもどんどんやってやろう!」


 アドルフも負けじと声を出してチームをネガティブな方向に向かせず励ましていく。


 ルイが不調で守備陣が粘る今自分しか支える者はいない、ベルギー勝利の為なら声ぐらい何度でも出す。


『日本良い流れの間にベルギーから1点でも取っておきたい所ですが、中々ゴールにまでは行けませんね』


『室君の高さが封じられてるのも大きいですしポスト直撃のシュート以降は良い形にさせてませんからね』



 何度かベルギーゴールに日本が攻めるもアキレス、ドンメルを中心とした守備陣を崩すまでは出来ていない。


 攻める、止められるというパターンが繰り返し行われ続けていると後半の時間もあっという間に経過していった。


「ダインー!釣られるな!そのまま8番マーク!」


 その中でルイが再び声を出すようになってきておりアドルフの発破が効いたのか、フィールドに怒号のような声が再び響き渡る。


 打ち崩せないままルイの調子が戻れば日本にとっては嫌な流れとなり前半のような展開にまたなりかねない。


 番がボールを持つと彼の後ろから声が飛ぶ。


「番、後ろ戻してー!」


 声をかけたのは上がってきた弥一、これが聞こえた番は右の踵でバックヒールパス。


 弥一の前には何時もの左サイドから中央寄りに居る月城の姿、その間にトーラスが居て弥一はそのままドリブルで上がろうとしていた。


 パスではなくドリブルで来た弥一にトーラスは猛然と向かって走る、その姿を見て弥一は冷静に左足で軽く浮かせて蹴った。

 ボールはトーラスの頭上を超えて行きループ気味のパスとなって弧を描くように月城の元へと向かう。


「(こいつに好き勝手これ以上走らされてたまるか!)」


 そこに向かうのはルイ、自ら向かうと月城がボールを取った瞬間を狙っていた。


 そして右足をボールへと出す、刹那だった。






 月城はすかさずサッと自分の左足を出していき、ルイの出した右足を自らの左足で受けたのだ。



「ぎゃぁ!!」


 左足にルイの右足が当たり月城はフィールドへと倒れ、左足を抑えて顔が苦痛で歪む。



 ピィーーー


 これに主審が笛で一旦止めればベルギーにファールの判定。



『あーっとファール!ルイが月城に対してこのタックルでベルギーがファールを取られた!』



「何だよ!?今のはあいつ自分から勝手に足出しただけだろ!俺のタックルはボール行ってるからな!」


 ルイは主審に対して猛抗議、だが覆らないどころかイエローカードがルイに出されていた。


「よせって!2枚目食らってお前退場なったらマジで勝ち目無いだろ!」


 食い下がろうとするルイをアキレスが間に割って入り、2枚目のイエローを貰いかねない状況をなんとか止めようとしていた。


「小賢しい猿が…!」


 倒れて痛がっている月城にルイは睨むような目を向けた後に下がって行く。



「担架ー!担架ー!」


 月城の元に真っ先に駆け寄った弥一、状態を確認すればベンチへ向かって担架に来るよう要求。


 ただならぬ気配にトレーナーがベンチを飛び出して駆け寄り月城の足の状態を見る。


「ぎゃあああ!」


「オー…」


 月城の悲鳴を聞いて思わずざわつくスタンド。


 トレーナーとしてはそんな強く触ったつもりは無いのだがそんな痛いのかと少し疑問に思った。


 そしてこのタイミングでベンチはすかさずアップしていた優也を呼び、負傷したらしい月城とそのまま交代する事になる。


 月城は担架に乗せられ、運ばれて行くと優也が変わってフィールドへと入る。



「(最後の最後、良い仕事してくれたねー)」


 頭の中で弥一は先程の事を振り返っていた。







 遡る事10分ほど前。



「月城、あの時やったさ…八重葉と真島の試合で真田を退場させたあんなプレー再び出来ない?」


「は?」


「あ、バレてるけど今更それに関してとやかく言う気無いよ♪今はそんな場合じゃないしそれより同じ手で罠かけられないかなって」


 冬の高校サッカー選手権であった八重葉と真島の試合、あの時に月城は真田のタックルを喰らうと演技で痛がり、真田にレッドカードが下され退場されていた。


 それがマリーシアであり日本人にはあまり好かれない褒められたプレーではないが、弥一にそんなのは知った事ではない。


 今回あのプレーを再び出来ないかと月城に訪ねていた。


「レッドカードじゃなくていい、出来る限りゴールに近い所でファール貰えない?」


「あー、セットプレー狙いか…確かにこのまま普通に攻めてもきりがないよな。けど今回上手く行くかは知らねぇぞ?」


 選手権とは違う代表戦の舞台、それも決勝戦で相手は世界の中でも強豪国のベルギー。真島の時とはわけが違うだろう。


「いーよ、どっちにしろ月城もうすぐ交代だよね?だったら最後まで働いてよ♪」


「人使いの荒いチビめ…」


 そして月城は得意とするマリーシアへと走りルイを罠へと落としたのだった。






「良い悪い子ですねぇ…」


「監督、何か?」


「いえ、何も」


 月城のあのプレーが演技であると分かったマッテオ、思わず呟いた言葉が富山に聞かれるがマッテオは咳払いで誤魔化していた。





『さあ日本、左寄りでゴールからは35m程といったところか?やや遠い位置ではありますが…おっと、キッカーは神明寺が務めるようです!』


 ボールを持つのは弥一、目の前にはベルギーの人の壁が作られて行きベルギーゴール前には両チームの選手達が入っていた。


「ドンメル、気をつけろ。ヤイチなら直接狙って来るぞ」


「…分かった」


「そんなら送られてくるかもしれないパスは俺らDFで阻止するからドンメルにはあのちっこい奴のシュートに集中してもらおうぜ」


 弥一がキッカーとしてもレベルが高い事を知るアドルフはドンメルに直接ある可能性を伝え、アキレスはシュートに集中してもらおうとパスの方はDFで止めると短い時間で打ち合わせを進めていた。



「弥一、決めちまー…」


「今あいつに話しかけんな」


 キッカーを務める弥一、番は応援しようと弥一に声をかけようとしていたがそれは想真に片手で制された。



 見れば弥一は一言も発せず黙ってゴールを見据えている。


 あの姿を想真は見覚えがあった事を思い出す、以前に最神のゴールを奪ったあの頃だ。


 だったら今弥一に話しかけるべきではない、想真は集中させる為に誰も弥一に話しかけないよう努めた。



 並大抵じゃない集中力、頬からは汗が滴りフィールドへと落ちて消えていく。


 ドンメルは弥一の姿を見据えて構える、数々のシュートを止めて波に乗っているベルギーの守護神。

 このシュートも止めて流れを一気に引き戻す事を密かに狙っている。



 そして始まる弥一のFK。


 短い助走から左足のインステップキックでボールを捉えれば壁の間へと一直線で飛ぶ。


 このまま当たるかと思われたが壁の間をスレスレで通過し、壁を越えるとゴールへ目指しボールは勢い良く向かっていた。


 シュートだ、ドンメルはこれに反応し飛んでくるコースへと移動。


「!?(回転してない…!?)」


 その時ドンメルは気付く、弥一の蹴ったボールが一切回転がかかっていない事に。


 するとボールは目の前で不規則な揺れを見せて構えていたドンメルを困惑させる。


 どこに来るんだとこれには迷いが生じてしまう、そして揺れていたかと思えば右下へと落ちて行った。



 だが無回転のシュートはドンメルの左足に当たって弾かれゴールに入らず。


「クリアー!」


 誰でもいいからクリア、というルイの声が飛び弾かれたボールに向かうが転がっていった先には1人の選手が居た。


 交代したばかりの優也だ。


 自分の前にまるで導かれるように転がってきたボール、不思議とそれはスローモーションのように見えた。


 目の前には空いているゴール、優也はボールに向かって右足を振り抜く。


 シュートは伸びてきたアキレスの足も届かず、ベルギーのゴールネットを揺らす。


 大事な決勝でのゴール、大きな1点が決まった瞬間フランスのスタジアムは大きな歓声で揺れ動いていたのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーー



 月城「タダで交代させねぇんだな、たっぷりとこき使いやがって」


 弥一「此処らで得意のマリーシアかませば立派な不意打ちになるかなって思ったんだよー、月城いなくなる前に大仕事出来て結果オーライってね♪」


 月城「先制出来なかった時の為に文句用意してたけど、フン…無駄になってくれて何よりだぜ」


 弥一「とりあえずナイス演技、サッカーのアカデミー賞とかあったら月城の物だねー」

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