第267話 偶然のスーパーゴール
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
コスタリカのフォーメーションは5ー2ー3、最終ラインを5人揃えて前線も3人とそれぞれ前、後ろに人数をかけている分中盤が2人と薄くなっている。
一方の日本は中盤に5人を置いて厚めの中盤となっておりボールを持つリュストに対して月城、想真の2人がかりで止めており中盤は日本が制してボール支配率が上昇、
「ボールは持ててるんですけどね、いかんせんコスタリカのDFが硬い…」
日本ベンチに座るコーチ富山の目に映るのは日本の攻撃をことごとく跳ね返すコスタリカDF陣の姿。
思うようにスペースを空けてもらえず月城自慢のスピードが発揮しづらい状況だ。
「ふむ、歳児にアップするよう言っておいてください」
「はい」
マッテオから伝令を頼まれた富山は優也の元へと向かえばアップするよう本人に伝え、ベンチから立ち上がった優也は軽くランニングを開始する。
「戻してー」
ボールを持つ光輝の前にはゴール前をがっちりと隙なく固めるDF、そこに後ろから弥一の声が聞こえると光輝はヒールでバックパス。
弥一がボールを持てばそこからは攻めず、相手がガチガチに固めて来るなら無理には攻めない。中途半端な攻めはむしろ相手にチャンスを与える恐れがある。
あえて一旦ビルドアップ(攻撃の組み立て)崩し、相手の様子を伺う。その時に攻めろと言わんばかりに観客からブーイングが飛ぶが弥一は全く気にする様子無し。
攻め急いでカウンターのピンチを喰らうのとブーイングを受けるなら後者の方が可愛いぐらいだ。
得点や勝ち点が欲しいのは向こうの方で日本は此処で引き分けたとしてもグループ首位に変動は無い、日本以外は皆1敗しており首位突破の可能性はまだ充分残されている。
こういった勝ち点、得失点差を意識しての戦い方もあって弥一は「此処無理に攻めないでおこうー」とボールを確実に回して攻めないようにと声をかけておく。
「(ま、ガチガチに固める相手に対して正攻法で行っても成功の確率は低い。此処は焦らしとくか、勝ち点が欲しいのは向こうの方だろうしな)」
白羽も弥一と同じく確実にボールをさばき、回して行き戦い方に乗っかる形となる。
「何だ日本は…」
「攻めて来ないのかよ…!」
日本は自軍のセンターサークル付近でボールを回したりキープをしており、時間はどんどんと消費されていく。
此処で勝ち点3が欲しいコスタリカはこのまま引き分けでは困る、日本より勝ち点を望む彼らとしては是が非でも1点が欲しい。その為には攻撃だがボールは今日本、おかげでほとんど攻められずにいた。
『これは日本、守備を固めるコスタリカを前に攻めなくなりましたよ』
『引き分けでも首位をキープ出来るというのもあってでしょうか、しかしブーイング大きくなってきましたね…』
特に大きな展開無く消極的な試合になりつつある中で前半終了、0-0のまま折り返して両チームはロッカールームへと引き上げる。
「流石にああいう時間稼ぎは時間帯としてまだ早いのでは…それにその、ブーイングが大きくなってきてますし」
「いやぁ彼ら中々ふてぶてしいですね。こういう国際舞台でああいう事をやれる、中々頼もしい心臓を持ってるじゃないですか」
富山の耳からブーイングの声が聞こえ、この作戦はいかがなものかと意見するがマッテオは作戦を躊躇無しで実行した彼らを愉快そうに笑った。
「このまま引き分けでも日本は首位、そしてこれをされて困り焦るのは勝ちが欲しいコスタリカ。まあ此処は彼らに任せてみせましょうよ、ああ。月城は歳児と交代です」
どちらに転ぼうが最悪の敗けでなければ自力での首位突破の可能性は充分、マッテオからはあまり何も言わずに日本の選手達に此処は委ねておこうと富山の肩を軽く叩いて落ち着かせる。
そして月城と優也の交代だけ指示を出す。
「あんま働いた気がしねぇなぁ今回」
「まあそんな日もあるって、お疲れ」
前半の出場のみとなった月城は交代してベンチへ戻り水を飲む、今日の試合は中々やりづらく得意の俊足を活かしたプレーも出せなかった。その為かまだ体力は有り余っており消耗は極めて少なく終えている。
大門がベンチへ帰って来た彼を労う中で月城の視線の先には交代で出場する優也の姿があった。
後半戦に入っても日本はゴール前を固めるコスタリカに対して攻めない、これに日本だけでなくコスタリカにも「前出てボール取りに行けー!日本に時間潰されたままで終わるな!」とブーイングと混ぜて文句を飛ばしていく。
「何時まで攻めないんだ日本は…!」
「おい、行くな!陣形が乱れるぞ!」
「っ…!」
次第に焦れてきた一部のコスタリカDF、飛び出して行こうとするドーンに対してDFを纏めるカザトが呼び止める。だがDFリーダーのカザトも焦りが全く無いという訳ではなかった。
このまま勝ち点が1になればコスタリカの首位の可能性が無くなって来る、まだ彼らは他試合の結果次第で首位を狙える順位であり諦めていない。
その為にも勝ち点3が欲しいがコスタリカにカウンターをさせない為か日本は攻めて来てくれず。
『この時間になっても日本は攻めません、スタンドからブーイングが飛び交うがお構いなしだ!』
『うーん、いくら相手がガチガチに守っているとはいえちょっと消極的過ぎませんか?もうちょっと攻めの姿勢を見せて欲しいですよ』
「いい加減にしろよ…!」
「シン!?待て!」
長くボールをキープされ何時までも攻めない日本にとうとう業を煮やしたか、優也へとボールを出されたタイミングでシンガードが飛び出して行く。
カザトが呼び止めるも彼の足は止まらない。
早くマイボールにしようと焦っていたのか、優也がボールを出したタイミングでシンガードが体をぶつけて行けば優也は倒されてしまい審判は近距離でこれを見て笛をすかさず吹き鳴らした。
コスタリカのファールと判定され、日本はFKのチャンスを獲得する。
「だから待てって言ったのに焦り過ぎだろ!」
「だってよぉ…!」
若干コスタリカの方は揉め始めており長く日本に時間を稼がされたのが効いているように思えて、弥一はこれを見て小さく笑うとFKのポイントへと近づいて行く。
「番ー、中入ってってー!」
「え?お、おお!」
自分も攻撃参加していいのかと番は弥一に呼ばれてビックリするような反応を見せれば自軍ゴール前から相手ゴールへ向かって走る。
「(攻撃せず焦らしまくったかと思えばセットプレーの時にはあいつも含めたDF2人を上げての超攻撃姿勢か)」
日本ゴール前で藤堂は弥一達の焦らし作戦をただ見守るのみだ。
「(ふん…俺と仙道兄弟だけで充分守れると期待されているなら出来ないと言うのは癪だ、万が一カウンターが飛んできてもしっかり守りきってやる)」
今藤堂と前にいる政宗と佐助の仙道兄弟の2人が守備に残ったまま、それでもこれで攻撃失敗し向こうの攻撃が来た時にはしっかり止める。その為の準備も覚悟も藤堂はとっくに出来ている。
後は彼らが攻撃を決めるかどうかだ。
『さあ日本はFKのチャンス、ゴールからは40m程で左サイド寄り神明寺がキッカーを務めるようだが彼でも直接は厳しい角度とコースでしょう』
『しかし神明寺君は色々有り得ない事をしていますからね、他なら有り得ないと言う所ですが彼だと可能性は無いと言い切れない所があります』
「(コスタリカにとって久々の守備のターン、けどあれだけ焦らしたし守りの良いリズムは忘れて崩れてる頃のはず)」
あのまま攻撃を続けてもコスタリカに守られて守備の良いリズムを作られ集中されるだけ、だからどんなに時間をかけてでもそれを崩す必要があった。
そろそろ頃合いだ。
弥一が見据えるコスタリカのゴール前には高さのある室、照皇、番の3人が居て外側のサイド側には左右に優也と白羽が構えている。
そして大きな選手達に隠れて分り難いが想真も長身の3人と共にエリア内へと入っていた。
「(本当に来るのかな…?)」
ゴール前から室は弥一の姿を見ており、セットプレーの際に彼は弥一から伝えられている。
「ちょっと曲げて遠回りはするけどちゃんと室の頭には行くようにするからね♪」
室の高さを使う事を選択、これなら分かっていても止められない確率の方が高い。そこに弥一は更にひと工夫するつもりで最終的には室の頭に合わせる、そのつもりで彼は蹴って来る。
なら室はそれが来る事に備え集中を高めるのみだ。
弥一の前には数人の壁、だがそれは関係ないと言ってるかのように何の迷いも無しに弥一は左足で擦り上げるようにボールを蹴り上げた。
ボールは壁の左上を通過し、コースはこのまま行けばゴール左上隅を捉える。
コスタリカのGKロッドはこのボールに対して反応、厳しいコースを止めに動き出していた。
その時にボールが此処で更に曲がって行き、ゴールの方ではなく室の頭上へとボールに生命が宿ったかのような曲がりを見せてロッドを驚かせる。
本当に宣言通り室の頭上に来ればそれに合わせ、室はフランスの星空へと目掛けて高くジャンプ。その高さは競り合うシャリクを超えていた。
そして再び室はこれを思いっきり額に当ててのヘディングをコスタリカゴールに向けて放つ、今ならGKは弥一のボールに釣られて手薄だ。
しかしコスタリカにはまだ守備の要カザトが居る、彼がまたしても室のヘディングを体で防ぐとボールは弾かれる。
その時これに飛び込む影があった。
どさくさに紛れ平均より小さいその体でゴール前へと侵入していた想真、このボールに飛び込んで頭に当てれば1点を狙えるチャンスだ。
想真の頭の中は体ごと飛び込むダイビングヘッド、そのイメージは頭の中で出来ている。
勢い良く飛び込む、その時だった。
「どわっ!?」
なんとかこれを止めようとコスタリカのDFシンガードにユニフォームの裾を掴まれ、想真はこれにバランスを崩してしまう。
ダイビングヘッドに行こうとしたがそのボールを前に倒れる。
だが次の瞬間。
前に倒れこむ想真、この時に彼の右の踵が偶然にもボールを捉えておりゴールへと向かっていた。
カザトもGKロッドもダイビングヘッドが来ると思っていたが前に倒れこんだ時に頭をスルーした形となり、タイミングをずらされてしまう。そして踵に当てたボールに対して2人とも反応する事が出来ない。
そのままゴールマウスへとボールは転がり込んで行き、想真が前のめりに倒れてしまい本人も知らぬ間のゴールが生まれていた。
「スコーピオンだー!想真やるねー♪」
前に倒れこみながら踵でシュートを放つ高難度の技、サッカーでは伝説のキックと言われているスコーピオンキックだ。
滅多に見れない凄技を見れて弥一は想真の元へと走り仲間と共に手荒く祝福する。
「な…なんや知らんけどやったったでー!」
立ち上がった想真は自ら決めたゴールをあまり理解出来ずにいたがゴールは嬉しいので喜んでおき、先程までブーイングが多かったスタンドもこのスーパーゴールが決まれば一気に歓声へと代わってスタジアムを包んでいた。
偶然のゴールだが1点に変わりは無い、日本は焦らした末にようやくコスタリカの守備から1点をもぎ取る事に成功したのだ。
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光輝「スコーピオン…かの有名なGKと同じ事をお前もするようになったんやなぁ」
想真「コケてたまたま出来ただけや!あの阿呆が俺のユニフォーム掴まんかったらそのまま頭からダイブやったし!」
室「まあまあ、結果としてそれでゴール出来たから良いじゃないか」
想真「そうやけど次から俺スコーピオン期待されるんやないか!?ホンマは無理やし!」
光輝「転んでもタダでは起きない、というかタダで転ばんかったな」
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