第215話 涙の負傷交代


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












『立見のFK、蹴るのは成海!此処は直接か?っと八重葉の白い壁に当たってしまったー!』



 セットプレーのチャンスで立見は成海がFK、得意の左足で蹴ったボールは壁となり立っていた八重葉の坂上に当たって弾かれると素早くセカンドボールを拾ったのは政宗。


 月城は立見の空いている左サイドのスペースへと目指して再び走り政宗は左へと大きくスルーパスを出した。


『またしても月城が左を独走だー!速い速い、まさに韋駄天!』



 田村も間宮も月城を追い続け、照皇は無視している。仲が悪いからパスは無いだろうと。


 照皇は今フリーの状態、ボールを持った月城はそれが今見えていた。目立つ活躍ばかり考えていた時と違う、試合に勝つ事、八重葉の優勝が最優先。


 それを思えば取るべき選択は1秒の迷いもない。



「!?」


 月城は間宮が詰めて来る前にドリブルではなくパスを選択、左足で高いボールがゴール前へと上がるとそこに待っているのは照皇。


 無いだろうと思われた照皇へのパス、田村と間宮はこれに揃って驚いてしまう。



「(良いパスだ月城!)」


 弥一対策として読まれてもインターセプト出来ない高さ、ようやく回ってきたチャンスに対して照皇はジャンプの体勢へと入る。




 そしてタイミングを合わせて飛ぶ瞬間。



「!」


 右から照皇はガツンと強くぶつかってくる衝撃が体に伝わって来た、見れば弥一が照皇の死角からジャンプのタイミングを狙って小指を外側に向けるように左腕を回し広げて強度を上げ、更に下半身を沈み込ませると下からガツンと思いっきり照皇へとぶつかりに行く。


 大会最長身FW室を封じ込めた弥一得意の合気道ディフェンス、高いボールへと目が行きジャンプに集中する最も無防備な所を弥一は狙っていた。



 これに照皇もジャンプのタイミングを狂わされて飛べず、ボールはそのままタッチラインを割って行く。




「おい弥一、あいつ照皇にパスしてきたぞ!?」


 プレーが一旦途切れると間宮は作戦を考えた弥一へと詰め寄った、月城に照皇へのパスは無いと言ったのは弥一だ。しかし無いはずの可能性が今目の前で起こっていた、こうなると照皇を無視は出来なくなる。


「何か途中で仲直りしちゃったみたいですねー、試合中の仲直りとかまさに漫画かドラマだなぁ」


「呑気な事言ってる場合か!守備の作戦変えないと…」


「変えませんよ」


「え?」


 月城が来た時に照皇に来る事は無いという守備を考え直す必要が出て来たと思った間宮、だが弥一は変える必要は無いとハッキリ言い切る。


「今まで通り月城や村山さん達の方だけ見て照皇さんは無視で、あっちは僕がなんとかしますから」


「…」


 あの天才ストライカーと言われる照皇誠をこの小さいDFが1人でなんとかすると自分の事を見上げて真っ直ぐ言う、その目にも迷いが無い事が間宮にも伝わってきていた。


 思えば最初から型破りなDFだ。


 最初はいけ好かない生意気な後輩と思っていたが今じゃ立見に欠かせない存在、本人は誰が守備の要とか拘りは無いと言っていたが間違いなく立見の守備の要は弥一だろう。

 この1年近くで数々の試合をしてきたが弥一無しでは失点していた試合、勝てなかった試合が何試合もあった。


 立見が此処まで来れたのは弥一のおかげ、その彼がなんとかすると言うなら間宮の取る選択は一つだけだ。



「分かったよ、月城や村山達は俺らでなんとかする。照皇に負けんじゃねぇぞ」


「勿論♪」


 今は試合中というのもあって口でその感謝を言える程にまだ間宮は素直になれない、だからサッカーでそれを語る。


 弥一が照皇をなんとかするなら自分達も他の攻撃陣を全力で止める、それが天才の後輩に今してやれる事だ。








『八重葉、再び立見ゴールへと向かって攻めに出る!流れがこれは傾いたか?』


『ボール支配率を見れば八重葉の方が高いですね、立見は少し防戦気味になっていますよ』


 クリアされたボールを八重葉に拾われて立見は中々攻撃に行けず守備の時間が長くなっていた。


 川田が高いボールに対して相手と空中戦で競り合い、こぼれ球を影山が拾って素早く優也へとパスを出すもコースを佐助に読まれてインターセプトされ、再び八重葉の攻撃ターンとなってしまう。


 此処は前線から豪山や優也も守備に参加し、守りを固めてチャンスを待つ。



「此処踏ん張り所だ!ぜってぇ守りきるぞ!!」


 守備に追われて立見の辛い時間帯、その中で間宮は声を張り上げて味方を鼓舞する。


 こういう時は心が折れたらあっという間に負ける、その事を経験として知っており相手が絶対王者だろうが圧倒的に攻められようが折れずに守って守って守り通す。

 これが出来なければ立見は八重葉に勝つ事が出来ない。



 間宮だけでなく成海も、大門も、そして弥一もそれぞれ声を出し合い攻め込んで来る相手の攻撃を凌ぎ続けていく。





「あああ、ヤバいヤバいヤバい!八重葉が押してる、これかなりヤバいよー!」


「先生、ヤバいを連呼し過ぎてます」


 立見のベンチでこの状況を見ていた幸は立見が攻め込まれる度にハラハラしている、一方京子の目は10分程前にアップを命じて軽く走っている武蔵に目を向けていた。



 今流れとしては八重葉のペース、優也を出しているが彼も守備に回っており攻撃がこのままでは機能しない。


 この流れを変えるならば右サイドハーフの岡本に代わって武蔵を投入が現時点ではベストだろう、そのチャンスを京子は待っており視線は再び選手達が戦うフィールドへと向く。




 此処も立見は必死に守り、村山から錦へとパスが通って右からのクロスを防ごうと翔馬が食らいつき錦が強引に低いクロスを照皇へと送るがこれを弥一が左足で蹴り出していた。


『此処も立見守った!神明寺のクリアボール、成海と品川が競り合う!』


 高いボールとなって空中戦、成海と品川が共にジャンプ。その際に2人は激しく接触しぶつかっていった。



「っ!」


 両者体勢が崩れると成海の上に品川が覆い被さるように倒れると成海の右足に強い痛みが走り、その痛みが伝わると表情が歪んでくる。


『溢れたボール、これは大城が取った…が、立見の成海と八重葉の品川が起き上がりません。両者地面に倒れたままだ』


『何処か痛めたのか…成海君は右足を抑えてますね、品川君も右肩を痛そうにしてます』



 両者の負傷、これを見た大城はボールをすぐにタッチラインへと蹴り出して試合を止める。


「おい蹴一!大丈夫か!?」


「ぐ…う…」


 真っ先に成海へ駆け寄る豪山、しかし成海の苦悶の表情は変わらない。右足を抑えており相当痛そうにしていた。



 八重葉は品川に代わる交代選手をすぐに準備、品川は続行不可能だ。



「成海君に代わり、上村君。そのままトップ下に入って」


「え!?」


 京子から交代は告げられていたが成海に代わり、それもそのままトップ下に入るというのは聞いていない。武蔵は京子の言葉に驚いていた。


 サッカーのトップ下はFWのすぐ後方、日本では攻撃的MFで馴染みのポジションで攻撃だけでなく守備でもチームに貢献する中心的な役割だ。


 味方の選手と協力するか自力で場面を打開するのかを瞬時に判断し、攻撃を組み立てる。それだけでなく時にはシュートを自ら撃ったり相手にボールを奪われた後は素早く切り替えて相手の攻撃を出来るだけ早く止める。

 今まで成海がその役割を担ってきたが足の状態を見る限り試合続行は難しい。


 その成海の代わりを今努められそうのは立見では武蔵しかいない。




『ドクターがチェックしていますがXマークが出ました、成海も試合続行は不可能。立見、八重葉共に負傷者が1人出て決勝戦まさかのアクシデントが起こりました!』


『立見はこれ辛いですね、司令塔の役割は主に成海君が担ってきましたしキャプテンの彼が抜けるとなると影響はかなり大きくなると思いますよ』



「…悪い、俺は此処までみたいだ。智春、後は頼むな…」


「………おう」


 担架に乗せられると成海は右腕のキャプテンマークを外し豪山へと託す。


 この試合が決勝戦、勝つも負けるもこれが3年生にとって最後の試合。成海の交代が認められればその瞬間彼の高校サッカーは此処で終わり、もう高校のフィールドには立てない。


 怪我をしてもキャプテンとして振る舞い弱気な所を見せない成海、だが長い付き合いになる豪山には彼がいかに辛いのか分かっていた。


 思えば勝也がいなくなってから部の纏め役となり勝也の作ったサッカー部を廃れさせず更に強くさせようと動き続けてきた、その高校最後の大会がこんな形で終わってしまう。


 その無念は計り知れない。





「(と、トップ下…僕がそんなポジション務まるのか…?)」


 途中交代は初めてではない、これまで何度もあった。この選手権でもそれで何度か出ている。


 だが選手権の決勝という大舞台、それも負傷した成海の代役としての出場。緊張するなという方が無理だろう。自分に務まるのかと不安に思っていると交代を待つ武蔵の方へと成海を運ぶ担架が向かっているのが武蔵の目から見えた。



 担架で運ばれる成海、表情が俯いているが武蔵はその時彼の頬に伝う物が見えた。



「(…!)」


 この形で途中交代、彼の高校最後のプレーが此処で終了となり誰よりも無念で悔しいと思うのは成海本人。

 皆の前では涙を見せなかったがフィールドから去る時に堪えきれなくなってしまう。


 最後までフィールドに立っていたい、だが負傷してしまった足がそれを許さない。悔やまれる負傷交代だ。



 恐れている場合ではなかった、上手く出来るのかと不安になっている時じゃなかった。



 このまま負けたらそれこそ成海はもっと深く悔いが残ってしまう。悔いを残さない方法は勝利して優勝、それ以外の道は無かった。



 悔し涙を流させたまま卒業させたくない。


 その想いと共に武蔵はキッとフィールドを見据えて力強く一歩を踏み出す。








 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 武蔵「えー、此処まで見てくれてありがとうございます!次に向けてまた張り切って行くので応援してもらえると嬉しいです」


 翔馬「「サイコフットボール~天才サッカー少年は心が読めるサイキッカーだった!~」をこれからもよろしくお願いします!」


 弥一「うーん、大丈夫かなぁ?結構地味な締め方になっちゃったけど漫才でもやっとくー?」


 武蔵&翔馬「無理!!」

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