第214話 正道を行く天才は否定しない


 ※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。












 遡る事ハーフタイム、立見のロッカールームで弥一は相手の月城から崩せると右サイドからの攻めを提案していた。


「けど八重葉の左SDF…月城を崩すってどうやってだ?」


「どうやっても何もシンプルだよ、彼に攻撃や守備で参加してもらってボールに触らせて動いてもらう。その為に後半田村先輩は積極的に攻撃参加で上がってもらってわざと立見の右をガラ空きにさせるんだ、八重葉ならそんなオープンスペース空いてたら狙わない訳がないからねー♪」


「おいおいおい、それヤバいだろ!あいつに自由に動かれて照皇のマーク緩んだりしたら…」


 弥一の提案した作戦、月城に動いてもらう為にまずは攻撃で右サイドを徹底して攻め、守備に参加させてその際に田村も攻撃参加させて立見の右を空いていると思わせる。


 だがスピードある月城にそこまで自由に動かれ、照皇も気をつけなければならないのにリスクが大きすぎると間宮は反対の声を上げようとしていた。


「あいつが照皇にパスは無いですよ、あの2人相当仲悪いみたいですし。むしろ月城がボール持ってる時は完全に無視して良いぐらいなんで」


「仲悪い?何でそんな事分かんだよ?」


「こっそり揉めてた所を目撃しましたからー、それはもう険悪な感じでしたよ?」


 半分程は本当だがもう半分は弥一が嘘を言ったり話を膨らませているだけだ、心で読んだからでは根拠にならず何より信じられないだろう。



「しかし、田村にも結構負担が大きくなってくるからな…月城が本当にそうしてくるとも限らないし」


「俺は大丈夫っスよ!」


 成海も弥一の作戦にはあまり前向きではなかった。


 いくらまともに攻めても隙が無い相手とはいえ奇策のリスクが大きすぎるように思える、何より月城に大きな負担を与える前に田村の負担が大きくなり先に力尽きるかもしれない。


 その田村は弥一の作戦に乗るつもりか勢いよく声を出して行けるとアピール。


「つまりあっちが音を上げるかこっちが音を上げるかの勝負、そういう事だろ弥一?」


「まあそうですけどー、田村先輩きついようなら他の作戦に…」


「面白ぇじゃんか、とことん月城とやり合えるならむしろ歓迎だよ!」


 元々月城に借りを返そうとしていた田村、その月城とサイドでの攻防による機会が増える弥一の作戦に田村は賛成だ。



「それで攻撃の方はもう外からでもガンガン撃っちゃいましょう、八重葉の中央はもう硬すぎてまともに行っても跳ね返されて拾われるだけですからね。ブロックで溢れた所を詰めるって方が優也のスピードも活きると思いますし、ブロックでコース逸れてオウンゴールとかもあるかもしれませんからー」


 更に弥一は攻撃の時はもっとミドルやロングシュートを多用した方が良いと皆へ伝える、前半に立見は何本かクロスを放り込んできたが高い低い関係無く八重葉DFに阻止されてきた。


 元々高さある八重葉DFだが低い球に対する対応も彼らは優れ、立見だけでなく他の強豪達の攻撃も跳ね返してきた猛者揃い。


 余程上手くフェイントをかけてDFの不意を突かない限り高確率で跳ね返されるだろう。


 後半は優也が出場する、彼の足を活かし誰よりも速くシュートのこぼれ球に詰めて近距離に持ち込めれば天才GK龍尾相手でも決まる確率はあるはずだ。



「って僕色々言っちゃいましたけど不採用、になっちゃいます?」


「いえ、採用。攻撃はどうしようかと考えていた所だしそれで行きましょう」


 弥一は京子の方を見るとこの作戦どうでしょう?という目を向けると京子も弥一の作戦に賛成だった。


 乗るかどうかは正直賭けではあるが、このまま戦い続けてもおそらく勝てない。何もせず負けるのであれば勝利の可能性が僅かでもある作戦を行う方が良い。


 立見の後半に向けての作戦はこれで決まる。











『またしても月城、左から空いているオープンスペースへと一直線だー!』


 スペースへのパスが出て月城がスピードを上げて走り、田村も追いかけて行くがスピードで勝っている月城の方が速くボールに追いつこうとしていた。


 しかし間宮も向かっており月城と間宮、どっちが先に追いつくかの勝負になっていく。



「(速さで俺が負ける訳ねーだろうが!)」


 月城が間宮より一瞬速くボールに追いつくと前へ蹴り出して間宮の右をボールが抜くと自らも球を追いかけるように突破していく。



 間宮が抜かれて立見が危ない、八重葉がチャンスだとそれぞれの応援席から後押しの歓声と悲鳴が聞こえて来る。



「(抜かせないっとー!)」


 これを間宮の後ろをカバーしていた弥一がボールを取った。


 後ろへ控えておいて味方のDFが相手のボールを奪いに行った時に素早くプレスをかけたり守備の対応をする、味方を助ける守備戦術の一つであるカバーリングだ。


 攻守はあっという間に入れ替わり弥一は八重葉の空いてる右のスペースへと素早くパスを出せば田村は既に反転し、走り出してボールへと向かっていた。



『息つく暇を与えぬサイドの攻防戦!あっという間に八重葉から立見の攻撃だ!』



「く…!」


 月城も田村の後を追って走り、先程からこの繰り返しが続く。守備に走り攻撃でも走ったりと月城の運動量は前半を超えてきている。




「(何か変だな立見、しつこく享の居る左ばっか攻めて来やがる。それに攻撃の時はマコをまるで無視するかのように放置して享やその周囲の守備に集中してるって感じだ)」


 八重葉のゴールから状況を見ていた龍尾、後半10分ぐらいが過ぎようとしており立見はやり方を変えず自軍の右サイドが空いてしまうのを覚悟で右から徹底して攻めている。


 そのおかげで何度も月城に走らされて数人で止めている、というのが続いていた。これだけ続くと何かおかしいと龍尾は思えてきた。





「(何回来んだよこっちに!)」


 防がれても執拗に何度も何度も立見は右サイドから攻める、これによりまたしても月城は守備に加わる事となって田村と再び争う中で月城の息は上がり始めてきた。


 スピードに優れる月城だが休まずに何度もサイドを行き来して攻守でほとんど絶え間なく動いている、いくら八重葉で厳しい練習を積んだとはいえ何度もあの速さで動き回っては普通にフィールドを動き回るよりもスタミナの消耗は速い。



「(こんの野郎!)」


「うわ!」


 月城は強引にボールを奪おうと足を出したが田村の足がそれに引っかかり田村は転倒、その瞬間に審判の笛は鳴った。



「っだよ!今この坊主野郎が勝手に…!」


「月城!!」


「っ!?」


 今の判定が納得行かず月城が判定に食い下がろうとした時、彼に対して一喝する声が飛ぶ。


 その声に月城の体がビクッと跳ねてそちらを見れば照皇が月城を見たまま真っ直ぐ彼の方へ向かって行く姿が見えた。




「お前は分かっているのか?次にカードを受けたら退場、そうなったら八重葉は10人で戦わなければならないんだ」


「わ…分かって、ますよ…そんな当たり前な事」


「当たり前な事が分かっているなら何故フリーの選手にパスを出さず全部自分でなんとかしようとする?」


「それは…」


 照皇の迫力ある眼力、その目で見下ろされて月城は尋ねられる事にハッキリと返事が出来ない。照皇より目立って勝ちたいから、照皇より自分が優れているんだと証明したいからと。



「今日のお前、らしくないぞ」


「え?」


「何時ものお前はもっとクレバーで底意地悪いプレーが持ち味だろ、今日は速さに頼るだけ。持ってるならもっと自分の武器を活用しろ」


 月城の良い所を照皇は彼の目を見て告げると月城は驚くような顔で見上げていた。


 自分の事など見ておらずお堅い風紀委員のように注意ばかりして鬱陶しいと思ったが、照皇は月城の長所をちゃんと把握しておりそれを否定していない。



「照皇…先輩、言わないんですか?あの、もっと正々堂々やれとかそういったあれは」


「お前のやるサッカーは俺には不得手で真似出来ないし、得意な事を何故奪わなきゃいけないんだ?それがお前のサッカーなら貫けば良いだろ。昨日のような煽るゴールパフォーマンスでイエロー貰ったりプレー外で走り回って体力を使われるのは困るが」


 前に照皇が月城にパフォーマンスで注意した事、あれはイエローカードを貰ったり無駄にスタミナ消耗しないよう注意しただけ。王者八重葉の品位どうこう等は関係無かった。



 照皇は月城をちゃんと見ており実力を認めている、それに対して月城は認められてなくて否定されてると思い込んで嫌っていたが思い込みだ。




「おーい、マコ!享!早く位置つけってー」


「あ、はい…!」


「すまん」


 2人が喋ってる間にセットプレーの準備は進み、立見のゴール右寄りのFK。八重葉は壁を作っており龍尾は長引く2人の話を終わらせて位置につくよう言えば照皇は立見のDFラインへと行ってカウンターに備えて月城も守備の位置につく。








 弥一は今回は上がろうとキッカーの位置まで歩み寄っていた。


 その時に照皇と月城のやり取りは見え、2人が何を話しているのかまでは聞こえない。ただ照皇との話が終わって月城の様子が先程と違う、苛立った態度が消えて何か決心したような顔。


 そして彼の心を覗けば弥一は理解する。



「(立ち直らせたのかな、多分照皇さん辺りが)」



 ハーフタイム時には無かった心境、月城の変化が彼を更に上へと引き上げただけではない。


 照皇との連携まで使い出す可能性が出て来て八重葉がより手強いチームとなる。



 だがどちらにしてもこの試合の勝利を譲る気は無い、弥一は月城の姿を見た後にDFラインへUターンして戻って行くのだった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 大門「此処まで話を見てくれてありがとうございます!」


 優也「見てくれて感謝する、この先が気になるとなったら応援してくれると次に向けての更なる力となり嬉しく思う」


 弥一「うーん、何か固いかな」


 優也「俺がお前みたいな感じに振舞う、それが出来ると思うか?」


 弥一「それはー…うん、無理だね♪」

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