第203話 終止符を打つマリーシア
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
何時も通りの展開が目の前で繰り広げられていた。
常勝軍団を知り、応援する者達にとっては何時もの見慣れた光景だ。
なんとか1点を取ろうと走り、食らいつき、汗を流して必死に動き回る相手チーム。
「享、右来てる右ー!」
攻撃的に来る相手の攻撃をしっかりと受け止めて守りきる。後ろから龍尾の声が飛び、彼の指示もあって守りは磐石。
まさに横綱相撲のような八重葉のサッカー、それだけの守備や力を彼らは持っており実行を可能としている。
真島は3点差をつけられてもまだ諦めていない、諦めず勝利を目指し食らいつかんと何度も八重葉ゴールへと迫って行く。
だからこそ八重葉も手を緩めず声出しを怠らない、彼らの攻めを防ぎ再び攻撃へと繋ぐ。
そうして何時も通りの勝利へと辿り着く、勝利への道のゴールはもう近い。
「ぐっ!」
ゴール前の競り合いで鳥羽は懸命にボールへと向かってジャンプするが大城とぶつかり合い体格差によって弾き飛ばされ、地面へと背中から落下しフィールドへと倒れてしまう。
『3点差を追いかける真島はボールをエース鳥羽に集めますが中々チャンスに繋げられない、此処も大城が山の如く立ち塞がる!』
「っ!」
峰山がドリブルで切れ込むと政宗が体を寄せて来て懸命のディフェンス、相手に思うようなドリブルをさせない。
「いただきー!」
政宗に気を取られている間、死角から月城が迫って来て素早く峰山からボールをかっさらって行く。
『八重葉の1年2人で峰山君から上手くボールを奪いましたね、真島はこの2人を止められると辛いですよ』
「良くも悪くも真島って鳥羽、峰山の2人が攻撃の要だから2人とも止められて攻めあぐねてるな」
完全に八重葉のペース、真島の要である鳥羽と峰山が止められてこの点差となれば摩央は決勝の相手は八重葉で決まりかと真島との決勝を想定しなくなってきた。
他の立見の部員達も八重葉が決勝に来ると思う者が多数を占めている。
真島とはインターハイの東京予選準決勝で当たり強さを知っているが、その真島を八重葉は上回って来た。
これが高校サッカー絶対王者の力だとフィールドで真島相手に自分達の強さを証明し全国に見せつける、俺達がNo1だとサッカーで語っていた。
サッカーは何が起こるか分からない、だがこの点差と時間。そしてチーム力としての力の差を考えると此処から真島が連続ゴールで3、4点入れるという夢物語は声を出し続けて声援を送る真島応援団以外に描いてはいないだろう。
フィールドに居る真島の一部のプレーヤーも足が止まり息を切らしており、交代枠も使って手を打ったが流れをいずれも変える事は出来ない。
もう駄目だ。
真島の中でそう思い絶望する者も出始める。
「(くっそぉ!)」
そんな中でこのままでは終われない、終わりたくないと飛び出してボールを回す八重葉へ突っ込んで行く人物が居た。
「おい!?」
田之上が止めようとするが彼の足は止まらない。
真島の1年、真田がパスを回す八重葉へ猛然と走りボールを奪いに行く。
しかし八重葉は慌てず繋いで行き月城へと渡った。
「(こんの!早く奪って鳥羽先輩にパス…!)」
必死に迫る真田、その姿に月城はニヤリと笑うと真田の股の間をボールを通過させる股抜きに成功し突破。
これに諦めず真田は抜かれても追いかけ、後ろから月城に迫る。月城のスピードは速いがドリブルしている今ならボールを持っていない真田の方が速く追いつけていた。
その真田を後ろをチラっと振り返れば月城は彼の顔を見て言い放つ。
「ただ突っ込むぐらいしか出来ないのかよ、下手くその雑魚野郎」
真田に聞こえるように言い放つ月城の挑発、これが聞こえた真田はカッとなり怒りのボルテージは急上昇。
「んだとてめぇ!!」
侮辱され、怒って月城へと追いつけば思いっきり怒れるままに渾身のパワーを持ってショルダーチャージで月城へとぶつかる。
「痛ぇっ!」
激しくぶつかられた月城は前のめりにフィールドへと倒れ、その後に審判の笛が鳴った。
月城は背中を押さえてフィールドへとうずくまったままだ。
『おっと真田、ヒートアップし過ぎたか?月城を倒しファール…っと!?レッドカードが出された!真田一発退場です!』
『悪質で危険だと見なされたんですかね、後ろから背中にぶつかって行きましたからね』
真田に対して審判が掲げたカードは赤い、それはスポーツの試合において悪質な反則を行ったプレーヤーに対して審判員が退場処分を言い渡す時に提示するレッドカードだ。
つまり真田はこれ以上今日の試合を戦う事は許されずフィールドを出なければならない。
「そんな、俺…俺…」
怒りで我を忘れていた真田、事に気づくと顔は青ざめていく。DFの退場、3点追いかけなければならない時に1人少なくなってしまう。
それは自軍の息の根を止めかねない愚行と思った時にはもう既に遅すぎた。
今にも泣き出しそうな顔で真田はフィールドを出て行く、その背中は小さく寂しく映っていた。
「うっ…く…」
一方背中を抑えたまま立ち上がれない月城、相当強くやられたのかチームメイトの問いかけに月城は首を横に振ると村山はそれを確認し、八重葉ベンチへ向かって×印を両手で作って伝える。
『真田が退場し、月城もこの試合の続行は不可能。サッカーは何が起こるか分からないと言いますが、この両チーム1年が終盤でフィールドから去る展開に場内も騒然としております』
「へっ、ざまーみろ…舐めた真似ばっかするから神様から天罰下りやがったんだ」
「あれ演技ですよ」
「は?」
負傷して運ばれていく月城の姿に吐き捨てるように言葉を発した田村に対して弥一はさらりと月城の負傷は嘘だときっぱり言い切る。
これには田村だけでなく周囲の立見の者達も弥一の発言に注目して目を向けた。
「さっき倒れてる時、顔見えたんですけどねー。彼笑ってたんですよ、一瞬。だから本当に致命的負傷は受けてないと思いますよ」
「顔が?おい、摩央。お前見えたか?」
「え?いや、俺にはちょっと分かんなかった…」
一瞬月城が倒れてる時に笑った、弥一が言うと川田は弥一と同じ列の席に座る摩央へと見えたかと聞けば摩央は首を横に振る。
それもそのはず、月城が笑ったというのは弥一の嘘だ。
本当は月城の心を覗いて彼の演技が分かっただけ、だがそんな事誰も信じる訳が無いのであえて弥一は嘘を言った。フィールドでは月城に代わる左SDFの選手が試合に出場している。
「多分ですけど、月城は仕向けたんだと思いますよ。真田が自分へと矛先を向けさせて、でなきゃ急に真田があのファールに走った説明つかないですから」
「そうなのか?あれが、月城が仕向けた事って…」
「まあマリーシア、ですよねー」
ポルトガル語でずる賢さを意味するブラジル発祥の言葉、上手くファールを誘ったり相手と駆け引きを行い狡猾に試合を進めるのがマリーシアと言われている。
「じゃあ、演技かよあれ!?汚ぇ野郎だな!」
「演技で退場させられた真田が可哀想だよ!」
これに怒りを見せたのは月城と因縁がある田村、そして武蔵だ。まだ確定した訳ではないが故意にやったのだとしたら許せないと感じた。
だが彼らの怒りに対して冷静に言葉をかける人物がいる。
「落ち着きなさい、月城は上手く真田を誘い真田はその駆け引きに乗ってしまった。見えない所での駆け引きは海外で特によくある事」
京子は月城が全面的に悪いとは思っておらず、駆け引きで月城が勝って真田が負けた。それだけの事で月城が悪人という訳ではないのだと。
「それを月城が得意とするんなら実に珍しいですよねー、日本はマリーシアが苦手というか狡くて汚いってイメージあってさっきの田村先輩や武蔵みたいに嫌いと思うの結構いて受け入れられてない所ありますから」
海外では当たり前のようにあるマリーシア、日本サッカーではそういう卑怯な事は受け入れず正々堂々勝利を目指すフェアプレー精神が重視されている。
近年では同じアジア相手に試合を落としたりしており日本にはマリーシアが足りなくて正々堂々が足枷になってないかと指摘すれば、卑怯はせずに正々堂々勝利を目指すべきだとこのままのスタイルを推したりと、終わりの見えない論争は続いて時ばかりが過ぎていた。
何が正解なのか分からないが、確実に言えるのはそういうサッカーもあるという事。
そしてそれを高校1年の月城がやったのだ。
真田が退場し、1人少なくなった真島。その穴を八重葉は見逃さず此処で攻めに出て素早いパスワークで今度は真島陣内へ攻め込む。
政宗から何時の間にか右サイドへ展開し走っていた村山へとスルーパスが通り、村山がこのボールに追いつけば低く速いクロスをゴール前へと上げると照皇が頭から飛び込んだ。
全く恐れずボールへと飛び込むダイビングヘッド、これが田山の手を掻い潜りゴールへと突き刺さり照皇がこの日2点目となるゴールを決めてダメ押しの4-0としていた。
もう残り時間は少ない、それでも走る峰山と鳥羽。1点を目指そうと懸命に走る。
だが終了の笛は無情にも鳴ってしまう。
試合終了の笛が鳴ると峰山はがっくりと膝をついて呆然とし、鳥羽は腰に手を当てて空を見上げている。
3年生である彼らの高校サッカーは今日此処で終わりを迎えた。
そして八重葉は連勝記録をまた伸ばし決勝進出、立見と国立で決勝を戦う事が決まる。
八重葉4-0真島
照皇2
大城1
月城1
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